夏の思い出
◇
「ロ、ロータリスさん! す、好きです! ずっと前にから好きでした!!」
ライネ・ロータリスの前に立つ少年が、顔を赤くさせなが精一杯の勇気を持って想いを伝えてくる。相手は同じクラスに通う同級生の少年だが、会話らしい会話をしたことは一度もない。告白されたからといって、ライネの感情が揺さぶられることはなかった。
ライネはなるべく穏やかな心で、丁寧に頭を下げる。
「ごめんなさい」
気丈に振舞ったまま走り去っていった少年の背中をライネは黙って見送る。
想いを断った瞬間に見せる、相手の傷ついた顔。自分を「好きだ」と言ってくれた相手に辛い思いをさせて良い気分にはなれはしない。とは言え、好きでもない相手の告白を受け入れるわけにもいかず、どうしたってお互いに嫌な思いをしなければならないという現実にライネは軽い溜息をこぼす。
「相変わらずモテるわね、ライネは。これで告白してきた相手は十人目よ」
「……そういうのはいいから。行きましょう」
告白の場所から少し離れた位置で待っていた友達と合流し、剣道場に向かってライネは歩き出す。
「ライネってどんな人がタイプなの?」
「え?」
「いつも告白を断ってるけど、だからと言って好きな人いるわけでもなさそうだし、じゃあ一体どんな人なら付き合いたいって思うのかなーって」
「うーん……」
告白されるからといって自分の恋愛事に深い興味があるわけではない。急にどんな人がタイプかと聞かれてもすぐに思いつかなかった。
「そっちは? どんな人がタイプ?」
「私? 私はやっぱり頼りになる人が好みだなー。自分よりも強くて安心出来る人!」
友達の言葉にライネは「なるほど」と深く頷く。
確かに相手が「頼りになる」かどうかは重要だ。「頼りない」男よりは「頼りになる」男の方が断然魅力的だろう。「頼りになる」から一緒に居て安心する。「頼りになる」からいざとなったら守ってくれる。「頼りになるから」どんな状況でも信頼出来る。
とりあえずは、これを言っておけば間違いない万能な言葉だとライネは感心しながら思った。
「あとはやっぱり外見よね。一緒に居ても恥ずかしくないレベルの容姿は欲しいわ」
ライネは再度深く頷いた。
いくら頼れる相手であっても、外見があまりに醜ければ異性として見ることは難しいだろう。「良い人」でも、そこに恋愛感情がなければ意味はない。
「で、ライネは?」
「えぇと、私も同じかなぁ」
「もう、せっかくの機会なんだしちゃんと考えてみてよ」
さっきから考えてはいるのだが、これといったのが思い浮かぶことはない。「頼りになる」という言葉を聞いた後ではなお更。
「なんでもいいからさ!」
ライネは唸る。
自分の好きなタイプを考えるからダメなのかもしれない。そもそも、誰かを好きになったことがないのに、自分の好きなタイプなど「その時」がくるまで分かりようがないのだ。ならばと考え方を変え、ライネは自分が最低限、相手に何を求めるかを考える。すると驚くほど簡単に思いついた。
「あっ、ずっと剣ばかり振ってる人じゃなければ、とりあえずは良いかな」
「なにそれ、ライネ自身の話?」
「どうしてよ違うわよ」
「いやだって、ライネって基本、暇さえあれば剣を振って鍛錬してるでしょ?」
「それ以外のこともしてるでしょ!? この前だって一緒に買い物に行ったじゃない」
「一ヵ月以上も前の話でしょ、それ。ライネ以上に鍛錬してる人、私は知らないよ。私だけじゃなくて他の皆も凄いって褒めてるんだから」
「それはありがとう。でも、そうじゃなくて、私より努力してる人は他にも沢山いるし、そもそも私が言いたいのは、あり得ないほどず~~っと素振りばかりしてる人のことよ!」
「何それ、ずっとってどのくらい?」
「言葉通りよ。私なんか目じゃないぐらい、もう息をするように剣ばかり振ってるの!」
「なるほどねぇ……。で、誰なの、その人は?」
「ほえっ?」
冷や水を浴びたかのようにぽかんとした顔のライネに、ニヤニヤとした意地の悪い顔が向けられていた。
「ライネにそこまで言わせる人が居るんでしょ? 誰のことなのよ?」
「いや、ええと……、例えばの話だから? ずっと剣ばかり振ってるような人とは付き合いたくないなーって言う」
「いやいや、あそこまで実感が込められてて無理があるでしょ。さあ、素直に教えなさいよ!」
「ち、近いわよ」
ほぼ無意識だったとはいえ、迂闊なことを口走ったとライネは後悔する。しかしもう発した言葉を取り消すことは出来ず、好奇心に輝く目を見ながらライネは諦めたように口を開く。
「……私の兄さんのことよ」
「兄さん? あれ、ライネの兄さんって……」
「ええ、『欠児』よ」
『有名人の子供』というだけで、常人よりも注目を集めることは避けられない。それが女神ティロフィーナから祝福を受けなかったという、とある教会の言葉を借りるなら『悪』であるならなおのこと。『紅蓮の剣聖』の子供、ロータリス家の長男が魔力なしの欠児というのは多くの人々が知る有名な話なのである。
「確か、そのせいで、ライネの家は王都から引っ越したんだよね?」
「
ライネがまだ生まれてくる前。父レオナルドと母ランシリーの二人は王都で結婚し生活していた。それ今、王都から遠く離れたトゥーリ村に家があるのは、欠児というだけで晒される、多くの差別の目から遠ざかる為だ。確かにレアムが理由であるのは間違いないだろう。
ただし、それはあくまで「理由」であって「原因」がレアムにあるわけではないと、「悪く」はないのだとライネは強く思っている。とある教会のように、欠児だからと「悪」と決めつける思想の方がどうかしているとも。
「ご、ごめんなさい、ライネ」
「……いえ、私の方こそごめん。悪気がないっていうのは分かってるわ」
高ぶった感情と魔力を落ち着かせる。
肉親として最も近しい存在だるライネと、その他の一般的とではどうしたって
◇
「それじゃあね。練習、頑張って」
「うん、ライネも。またね」
「ええ、また」
剣術道場に着き、ライネは友達と別れ扉の前に立つ。
「失礼します、オルファン師範。ライネです」
ライネが部屋に入ると、青い癖毛の三十代の男性が書類が積まれた机から顔を上げる。
「時間もないのにわざわざ来てもらってすまないね、ライネちゃん」
「いえ、それは別に。ただ、ちゃん付けはやめてください」
ライネの言葉にオルファンは穏やかに笑う。
オルファンは父レオナルドと旧知の仲であり、ライネを赤子の頃から知っているライナイト流剣術道場の師範代である。
「これをレオナルドに渡してくれないか」
「『武闘剣舞祭』の手紙ですね。しっかりと父に渡しておきます」
オルファンから受け取った手紙をライネは丁寧に鞄にしまい込んだ。
「お願いするよ、ライネちゃん。それじゃあ、良い夏休みを」
「はい」
用事を済ませたライネは、そのままバス停へと足を運ぶ。
明日から始まる夏休み。実家に帰省するため、ライネは魔導バスに乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
夕方。トゥーリ村に帰って来たライネを、レオナルド、ランシリー、レアムの三人が出迎える。
「初めまして、キミカです」
そしてもう一人、ライネと顔の似た銀髪の少女がライネに挨拶をした。
「レ、レアム兄さんの他にも姉妹が居たの!?」
「落ち着いてライネ。私はレアムとライネの二人しか産んでないわ」
「因みに半分血が繋がってるだとかの不義の子でもないからな」
ライネは自分と似た顔の少女、キミカについて何があったかの説明を受ける。
「わ、私が王都に行ってすぐにそんなことがあったんだ……。しかも、記憶喪失……」
「すいません。お世話になっています」
自分より年上で、自分と似た顔の少女に頭を下げられる。そのことに強い違和感と微妙な居心地の悪さを感じながらライネは「いえいえ」と出来るだけ穏やかな顔を浮かべた。
「レアム兄さん、その剣どうしたの?」
逃げるように視線を逸らし、レアムの腰に下げられた剣。前にはなかった白と黒の鞘に目を向ける。
「キミカさんから貰った。一応、持ってみる?」
そう言ってレアムはライネの前に鞘に納まったままの剣を持ってくる。「一応?」と付け加えられたその言葉に疑問を抱きながら、目の前に差し出された剣に手を伸ばす。
「っ、重っ!?」
落としそうになった剣を、最初から分かっていたかのようにレアムが下から持ち上げる。剣はそのままレアムの手に戻された。
「あ、ありがと、レアム兄さん。重たくないの、その剣?」
レアムは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「実はコレ、魔剣らしくてオレにしか使えないみたいなんだ」
「え、魔剣!?」
「うん、喋る魔剣。オレにしか聞こえないみたいだけど、さっきから喋ってる」
喋ってるかはともかくとして、実際に持ち上げることが出来なかったので普通の剣ではないことは分かった。それが魔剣と言うなら魔剣で間違いないのだろう。
「で、大丈夫なの、その魔剣は?」
「大丈夫って?」
「ほら、魔剣の中には力の代償として呪いがあったり、精神を蝕む危険なものもあるって言うでしょ?」
「そうなんだ。あぁ、いや『そういうのはない安全な魔剣』って言ってるけど」
「……本当に大丈夫? 信用出来るの?」
「まあ、呪われてるって感じはしないし今のところは大丈夫」
楽観的にも思えたが、何か今のところは本当に何もなさそうなので納得しておく。レアムが魔剣を持ってから一ヵ月と数週間。実際にその間何も起きていないなら危険な魔剣ではないのだろう。何かおかしなところがあったのなら、レアムの近くに居た両親、レオナルドとランシリーが黙っているはずがない。
「それにしても魔剣かぁ。レアム兄さん、その魔剣にはどんな力が宿ってるの?」
「頑丈で良く斬れるらしい」
「他には?」
「頑丈で、良く斬れるらしい……」
「そうなんだ……」
武器の耐久力と切れ味。どっちも重要な要素で、その二つが優れている分だけ高価で取引されている。他に特別な力がないなら、逆にシンプルで良い武器なんだとライネは思った。思うことにした。
夕飯を食べ終わると、レアムは魔剣を持って修練場へと向かって行く。
家に新しい住民が増えようと変わらないレアムの行動に変な安心感を抱きながらも、その後ろに続く人影を見てライネは目を丸くする。
「え、キミカさんも剣を振るの!?」
「いや、彼女は見てるだけだぞ」
「見てるだけって、レアム兄さんのことを……?」
「ああ。結構あの二人は仲良くやってるぞ」
レオナルドはどこか嬉しそうにそう言う。
「へ、へぇ」
常に剣ばかり振り続けて十数年と友達の居ないレアム。そんな兄が年上の少女と仲良くしているということに驚く。同時に、その相手の顔が自分と似ていることに対して微妙な気恥ずかしさを覚えた。
「数時間も他人が剣振ってる姿なんか見て楽しいのかな?」
「そこは人それぞれだろ……。ただまあ、今のレアムは凄いぞ」
見れば分かると、レオナルドの言葉にライネは修練場に向かう。そしてその言葉の意味をすぐに理解することが出来た。
魔剣を振るうレアム。
これまでは上から下へと振り下ろすだけの単純な素振りだったが、今ではあらゆる方向へと縦横無尽に剣が駆け巡っている。
力強く流麗で、何より速い。まるで限界などないと言わんばかりに、今まで以上に全てのキレが増していた。
「戦っている……?」
自由で規則性のない剣筋。
一見好き勝手に魔剣を振っているようにも見えるが、レアムの前に『何か』があるのだとライネは感じた。
右から左の切り払い、左下から右上の逆袈裟斬り、そして上段からの振り下ろし。
そうしてレアムは剣舞を止め、一歩後ろに下がり自然な動作で魔剣を鞘に納める。
「ふー」
長い息を数回吐き、レアムは顔を横に向けるキミカを見る。ただそれだけで何かを喋るわけでもなく、それでも微かに笑ってから、レアムは腰を落として再び剣に手をかける。
と思ったらレアムは「んっ」顔を上げ、後ろを振り返った。
「あ、丁度良かった、ライネ」
「忘れるところだった」とレアムは呟きながらライネに近付く。
「オレと勝負しないか?」
「へ? 勝負? べ、別に良いけど、どうしたの突然?」
過去に勝負したのは一度だけ。一体どういう心境の変化なのかとライネは尋ねる。
「まあ、ちょっと強くなりたいって思って」
「え、強く……?」
軽い口調だが、冗談を言っているようには見えない。強くなりたいと何故そう思い始めたのか、また新しい疑問と困惑がライネを襲った。
「魔法ありの実戦形式でやろう。父さん、一応審判を頼んでいい?」
「おう、任せとけ」
ライネの後ろに居たレオナルドが頷く。こうなることが予想出来ていたのか、手には二本の木剣が握られていた。
「ちょっと待って、魔法ありで良いの?」
魔法がありなら身体強化によってレアムの攻撃でダメージを受けることはなくなる。つまりは戦いに負けないということだ。
「勿論。実戦を想定しないと」
「まあ、レアム兄さんがそう言うなら……」
魔剣を使うなら、魔力がなくとも身体強化の防御力を突破出来るのではないかとライネは思ったが、レアムは木剣を手に取った。
ライネも木剣を受け取ろうとレオナルドに近付く。
「ライネ。全力で挑んだ方が良いぞ」
木剣を受け取る際にレオナルドはそう言ってライネから離れて行った。
木剣を構え、ライネとレアムは対峙する。
肌を刺すようなピリピリとした感覚。レアムの顔はどこまでも真剣で、その雰囲気に引っ張られるようにライネも意識を集中させる。
「始め!!」
開始の合図と共にライネは身体強化の魔法を発動し、足を踏み出す。同時にレアムも地面を蹴って木剣を振り上げた。
二本の木剣がかち合い、甲高い音を奏でる。
「っ!?」
身体強化の魔法を使っている以上、ライネの身体能力はレアムを軽く上回る。勿論それが筋力であろうと決して負けることはない。にも関わらず、木剣から全身に強い衝撃が伝わってくる。
(力負けしているわけでもないのに、なんて重たい一撃なの!? それに、速――!!)
息をつく間もない連続攻撃。先ほど見ていた素振りの光景よりも明らかに速い。一撃一撃の攻撃を防ぐので精一杯であり、開始早々ライネは防戦一方に追い込まれていた。
(このままじゃっ!!)
身体能力の魔法を使っていても、レアムの攻撃を防ぐのがやっとのこと。それなのに、レアムの攻撃速度はまだ上昇の兆しを見せる。剣技の差は歴然としていた。
レアムが木剣を振るい前に出るたびに、ライネは押され徐々に後退していく。レアムからの攻撃を受けるのはもう時間の問題だった。
(私は身体強化の魔法を使っている! なのにどうして!? どうなってるの!?)
身体能力では勝っているはずなのに、レアムの剣速を上回れない。力で拮抗、ライネにやや分があるが、速さと技の前に反撃する隙を見い出せない。
(それにこの感じはっ!)
だがそれでも、本来であれば大きく焦る必要もなかった。
身体強化の魔法使っているライネには物理攻撃は通じない。魔力のない木剣の一撃などライネには通らない。木剣でレアムの攻撃をわざわざ防ぐ必要などはなく、体のどこかで受け止めれば済む話なのだ。多少の痛みはあるかもしれないが、我慢すればいいだけのこと。そうすれば反撃するチャンスなど幾らでもある。
「くッ!!?」
そう頭では考えながらも、ライネはそれを実行に移せず追い込まれていた。
怖いと、恐れを感じていたからだ。
それを行ってしまえば「ただでは済まない」と、剣士としての直感が告げている。そんなことはないと自分に強く言い聞かせ、勇気を出して意思を固めれば固めた分だけ、背筋に冷たいもの流れていく。
「――ッ、セヤァア!!」
「!!」
お互いの剣が重なる瞬間を狙ってライネは全身からありったけの魔力を噴出させる。
単純なエネルギーによる衝撃波。魔法ではないので大した威力もなく攻撃とすら呼べないが、タイミングは完璧だった。接触と同時に跳ね上がった魔力に後押しされたライネの木剣は、レアムの木剣を弾き返し、レアムを数歩後ろへと後退させた。
(ここしかない!)
決して隙を作り出せたわけじゃない。ただほんの僅か、呼吸を整えるだけの時間。
最初で最後の、ここが勝負所だとライネは魔力を練り上げる。
剣に纏う魔力が陽炎のように揺らぎ、光った。
(ライナイト流――第五魔法剣)
木剣とはいえ、魔力を宿した時点で武器の威力は増している。しかもそれが魔法剣であり、魔力のないレアムが攻撃を受ければ大怪我は避けられない。当たり所によっては最悪死ぬ可能性すらもある。そんな危険性すら忘れて――否、忘れてしまうぐらいライネは本気だった。
目の前の剣士に打ち勝つために、全身全霊で剣を振るう。
「『月爪斬』――!!」
まず最初に、二つの斬撃が
魔法剣の対処法は基本二つだと言われている。
同じく魔法剣で打ち返すか、回避するかである。間違っても、ただの剣技だけで防ごうとしてはならない。魔法の力もなしに、物理法則を歪めて起こる斬撃を防ぎ切ることは不可能だからだ。
だからこそライネは勝ちを確信する。全く同時に放たれる二つ以上の斬撃による攻撃を、魔力すらないレアムには防ぎようはないと。
そして次の瞬間に、とても当たり前のことを思い知らされる。
あくまでそれらの話は、お互いの実力に大きな差がない場合の話なのだと。
「ハア!!」
横一文字の斬撃が、左右から襲い掛かる二つの斬撃を切り落とした。
続けて二連撃目は右肩、左胴、右腰を狙って同時に放たれる三つの斬撃。
まず最初に、剣先を右肩に向けられた斬撃に当てて剣筋をずらし、そして斜めに振り下ろして左胴への斬撃を叩き落す。そのまま木剣は滑らかな弧を描いて右腰に迫る斬撃を切り払った。
計五つの斬撃。
ライネが放った渾身の魔法剣は、レアムの『連撃』によって完璧に防がれる。
天才少女と周囲で持て囃されようと、ライネはまだ11歳の少女。魔法剣が使えても練度はまだまだ低く改善の余地は多い。本人も自覚はあるし、諸々修行中の身だ。
対してレアムは、洗練され過ぎていた。
何もかもが自分とは比べ物にならない、隔絶とした剣技にライネは戦慄する。
「っ!!?」
さらには魔法剣が終わったライネと違い、レアムの『連撃』はまだ続けていた。
既に振るわれていた木剣はライネの目から逃れ、風を切る音を残していく。
「ッあ!!?」
瞬間、ライネが握る木剣の手元から大きな衝撃が襲ってくる。そして攻撃を受けたと気付いた時にはもう、レアムは次の動作に移り、木剣を振り上げていた。
これまでの連撃よりもほんの少しだけ大きな動作。
横からカンッと何かが落ちる音が響く。
手にあるはずの木剣がなかったことでその理由を察し、ライネは自身の敗北を悟った。
振り下ろされる木剣。
何故かスローモーションで映る木剣を見つめながら、ライネはふと思う。
(あれ、これ死――)
「――そこまで!!」
ライネの頭上。右肩に接触する僅か数センチ手前で木剣が止まり、ブワっと風が舞う。その風に押されるかのようにライネは尻餅をついて呆けた声を漏らした。
「勝負はレアムの勝ちでいいな、ライネ?」
審判を務めていたレオナルドの言葉に、数秒遅れてライネは頷き返事を返す。
「大丈夫、ライネ?」
尻餅をついたままのライネにレアムは手を差し伸べる。剣を振っていた時の、刃のような鋭い気迫さは霧散していた。平時と変わらないいつもの表情だが、逆に言えば勝ちを喜ぶ様子もなかった。
「あ、ありがとう、レアム兄さん……」
「こっちこそ勝負を受けてくれてありがとう、ライネ」
レアムはそう言って穏やかに笑い、離れていく。戦いの余韻もなく魔剣を引き抜き、いつものように素振りを再開させた。
そんなレアムを見続けるライネに、レオナルドは自慢げに笑いかける。
「どうだ凄いだろ、レアムは?」
「……凄いなんてものじゃない。凄いなんて言葉じゃ表しきれないよ! 何なのあれは!?」
頬を紅潮させ体を震わせながらライネは叫ぶ。それは負けた悔しさからじゃないということは彼女の表情を見ればすぐに分かる。
非現実的な体験。一撃の重さも剣速さ、夢だったと思えるぐらい何もかもが常識の範疇を超えていた。負けた悔しさを上回るほどの大きな衝撃、にライネは自身の感情が高ぶっていくのを感じる。
「気持ちはよく分かるぞ。俺も最初はそんな感じだった」
「父さんもレアム兄さんと戦ったの!?」
「ああ、一週間前にな。今と同じように手合わせしてくれって言われてよ」
「ど、どっちが勝ったの!?」
「俺の負けさ。まあ、レアムは納得していないが」
「っ!?」
『剣聖』というのは、言い換えれば「最強の剣士」ということである。そんな相手、父親に勝ったという話にライネは再び体を震わせた。
「少なくとも、純粋な剣技なら俺を上回ってる。ライネと同様、打ち合いの中で木剣を吹っ飛ばされたしな」
「身体強化は? 身体強化の守りは打ち破られたの?」
いくら剣技が凄くとも、身体強化の上からダメージを与えられなくては意味がない。ライネの時は直前で止められたが、もしあのまま木剣が振り下ろされていたらどうなっていたかは、とても気になっていた。
「お互いに木剣だったしな。まあ、軽い痣が出来たぐらいだ」
レオナルドはそう何でもないように言って見せる。
確かに大したダメージを与えられていないのかもしれない。それでも、魔力を持たないレアムが『剣聖』であるレオナルドの身体強化の上から攻撃を通したのだ。もしそれが木剣ではなく魔剣だったらどういう結果になっていただろうか。
先ほどの自分が戦いの中で感じたことを照らし合わせて、もしかしたらとライネは期待せずにはいられない。
そんなライネと、魔剣を振るレアムを見ながら、レオナルドは言う。
「常識を『斬る』。そんな瞬間に俺達は立ち会える。……いや、立ち会っているのかもしれないな」
「――――」
それはなんとも素敵な、甘美な時だろうか。
ライネはこれから起こりうる未来に思いを馳せる。そして小さく、うっとりと言葉を漏らした。
「かっこいいなぁ」
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