その出会いは必須『1』

 王都から遠く離れた小さな村。

 人口が少ない田舎では皆顔見知りであり、数少ない同年代とは自然と仲が良くなっていく。


「良いなぁ~。わたしもいつか王都に行ってみたい! やっぱり本の中で出てくるような、カッコいい王子様とか王都には居るんだよね!」

  

「俺は王都に行くぜ! 強い冒険者として有名になるんだ!」


 物語のような出会いと恋に憧れを抱く女の子と、拾った木の棒を空高く掲げる男の子。

 王都から遠く離れた閉塞的な村で生きる子供達には、ライネの話はいつも好評だ。ライネが王都から帰省するたびに、こうして何度か友達に話を聞かせている。


「それじゃあ、私はこれで」


「そっか、ライネお姉ちゃんはお昼のバスで帰っちゃうんだったよね」


「じゃあね皆、また今度!」


 ばいばいとライネ達は手を振り合い、別れを告げる。


 ライネが自宅の前に辿り着くと――轟ッと、いつもの音が庭の方から響いてくる。

 音のする方に足を運ぶと案の定、木剣を振るうレアムの姿があった。


「…………」


 一瞬の静止から放たれる、流麗でかつ力強い、そして美しいとすら思える素振り。

 単純な動作でも極めればここまで至るのかと、剣を知る者として胸に迫るものがある。


(そういえば)


 物心着いた頃から自分の横で素振りをし続ける兄。ライネが初めて剣を握った理由は、そんな兄と同じことがしてみたかったからだ。


(そしてすぐに、私の方が強くなった……)


 レアムには『才能』がない。それは半分正解で、半分違う。

 剣を操る才能。魔法を一切使用しない純粋な剣の腕前に関しては、兄は自分を凌駕する才能を持っているとライネは認めている。

 過去にたった一度だけ行った兄との剣術試合。魔法を禁じたルールで行われた勝負では、ライネはレアムに敗北している。

 まばたきの間に手から消えた木剣。一瞬遅れて襲ってくる衝撃と気付けば宙に舞っていた木剣。あの時の試合は、今でもその時の感情と共に鮮明に思い出すことが出来る。


 だが、それでもやはり、ライネの方がレアムより強い。

 実戦形式。魔法の使用が認められるごく一般的なルールの上で戦いを行えば、絶対に負けることはないと断言出来る。

 

 『身体強化』

 誰でも扱える基本的で初歩的な魔法。

 例え体の筋力や速度で劣っていたとしても、魔法の力によって覆すことが出来る。身体強化の魔法さえ使えば、子供でも大人相手に負けない力を得ることが可能となる。


 そして同時に、身体強化の最中は体が頑丈になるのだ。特に魔力を含まない単純な物理攻撃に対してはとても高い耐性を得ることが出来る。

 魔力量が多いほど、身体能力の上昇率とは別に、体が岩のように硬く頑丈になるのだ。それこそ、刃物が体を通さなくなるぐらいには。

 武器を手にする者は、武器に魔力を宿すことが戦いの最低条件だというのは世界の常識。いくらレアムが鋭くて重たい斬撃を放とうが、常人の倍以上の魔力を持っているライネの身体強化を打ち破り、そして倒すことは叶わないだろう。

 魔力がない。魔法が使えないということは、戦闘においてそれだけ致命的なハンデを背負うことになるのだ。

 

(いくら剣技が凄くてもいつか限界は訪れる。魔力を持たない以上、剣士として大成することはきっと起こりえない……)


 ライネは兄の姿を見ながら父親の言葉を思い返す。

 それでも趣味だから、止めはせず自由にやらせていると。


「ねぇ、レアム兄さん」


「…………」


 返事はなく、返ってくるのは風を切り裂く音だけ。ライネが背後から肩を叩いて、ようやくレアムは手を止め振り返る。 


「どうしたライネ? あ、そろそろバスが来る時間か!?」


「ううん、まだ少し時間ある。ちょっとレアム兄さんに聞きたいことがあるの」


「うん、オレに答えれるなら」


「レアム兄さんはどうしてそこまで剣を振り続けるの?」


 その答えを知りつつもライネは問い掛けた。

 レアムは一度手に持つ木剣に目を向けてから、迷うことなく口を開く。


「好きだから。……多分」


「……多分?」


「ああ、いや。多分じゃなくて、間違えなく好きなんだけど、最近は何か……」


 そこで言葉を濁し、レアムは眉をひそめて考え込む。


「最近は、何? 何か他にも続ける理由があるの?」


「理由というか……。うーん、上手く説明出来そうにない」


 頬をかきながら困ったような顔でレアムは笑う。

    

「というかどうしたんだ? 突然こんなこと聞いてきて?」


「……別に。レアム兄さんはずーっと同じことばっかりやってるから、他にも別の趣味を探した方が良いんじゃないって思っただけ」


 毎日毎日、二十四時間ひたすら剣を振っているのだ。それが趣味なんだとしても、レアムの場合は度を越しているとライネは思う。これがまだ強くなる為の鍛錬だと言われれば理由としては納得しやすいが、そうではないのだ。


「他の趣味か……。例えば?」


「え? それは、まぁ、読書とか……?」


「実はオレ、きちんとした字の読み書きがまだ出来ないんだ。だから読書はちょっと……」


「え、嘘でしょ、レアム兄さん!?」


(でも思い返せばレアム兄さんが本を読んでるところなんて見たことがない。剣ばかり振るってるから勉強してるところも見たことないし……。まさか本当に!?)


「ああ、勿論嘘だぞ」


「もう、レアム兄さん!!」


「はは、でも字を読み続けるのは苦手だ。多分すぐに体を動かしたくなる」


 あんまり威張って言う台詞ではないと思いながらも、ライム自身も殆ど本を読まないため口を閉じることを選んだ。代わりに別の案を考え、あっと閃きが走る。


「そうだ友達作ったら、レアム兄さん?」


「凄いグサっときたぞ、妹よ」


「事実でしょ、レアム兄さん」


 人の少ない小さい村だ。子供の数だって当然少なく、レアムとライネを含めても同年代の子供はたったの六人しかいない。皆ご近所で数少ない自分と年の近い子供たち。誰に言われるまでもなく、自然と交流が始まり仲良くなるものだが、それが当てはまらないのが人物が一人居る。

 わざわざ言うとそれはレアムのことであり、木剣を振るうことで他者との交流も断ち続けているのだ。


「いっつも木剣を振ってるライネのお兄ちゃん」と、存在はきちんと認識されている。良くも悪くも興味を持たれてはいるのだが、その思いは常に一方通行なのだ。


「いざとなったら人と人との助け合いだって聞くし、ちゃんと友達作った方が良いよ? 友達が居ると楽しいし」


 妹が兄に向けわざわざ言う台詞ではないと自覚しながらもライネは言葉を口にした。

 この世界には魔力をエネルギーとして動かす道具や物が多数存在する。畑仕事をするにしても魔導具なしでは多くの労力と時間が必要となる。このままずっと一人で居続けたとして、将来誰よりも苦労するのはレアム自身なのだ。


「なんか母さんより母親らしい台詞だ」


 そう言ってレアムは苦笑いを浮かべ、それを見てライネは内心で大きな息を吐く。

 言葉だけじゃ何も変わらない。きっとすぐに素振りを再開し始めるだろう。


(まぁ「分かった」と返されれば、それはそれで困惑してしまうんだろうけど……)


「レアム兄さん。バスの時間だから私は行くね」


「分かった。行こう」


「え、まさか見送りに来るの!?」

  

 あまりにも自然に隣に並んで歩きだすレアムに対しライネは思わず声を上げた。


「まあ、たまにはね」


「たまにはと言うか、初めてなんじゃ……」


 見送りする場所はいつも家の前まで。そんな兄がライネと共に家を出てバス停へと足を進めている。

 驚いたのはライネだけではなくレオナルドとランシリーも同様であり、逆に二人がライネを家の前で見送った。


「王都での生活は楽しい?」

 

「王都での話は何回かしてると思うけど……、楽しいよ」


 同年代の子供達と学園に通い、剣術道場に通い、時には友達と店を巡り遊ぶ。人も物も建物も、娯楽も多い王都での生活に大きな不満など一つもない。


「ただちょっとだけ、息苦しく思う時があるかな……」


 『紅蓮の剣聖』の子供。そんなライネに向けられる期待と羨望、そして嫉妬の視線。剣術に魔力量と共に周囲よりも抜きん出た才能を持っていても、プレッシャーを感じられずにはいられない。


「そっか……。でもライネなら大丈夫だよ」


「大丈夫かな?」


「うん大丈夫。まぁ、特に根拠はないけど」


「自分で言うんだ」


 大丈夫大丈夫と、下手な励ましの言葉にライネはぷっと笑みをこぼす。それを見てレアムはどこかほっとした顔になり、またそれが可笑しくてライネは笑みを浮かべた。


「あ……、こんにちわ」


 ライネとレアムがバス停に着くと、金髪の女性が一人荷物を抱えて立っていた。


「こんにちわ、クレハさん」


「こんにちわ。お久しぶりです、クレハさん」


 二人が挨拶を返すと同時に、クレハは目線を横に逸らした。

 同じトゥーリ村に住む二十代後半の女性。村から少し離れた森の中で一人で暮らしており、あまり人前に姿を現すことはない。また子供が大の苦手ということで、ライネはクレハとまともに目を合わせた記憶が殆どない。


「クレハさんも王都に?」


「はい……」


 目を逸らしたままクレハは短く頷く。

 クレハは森にいる魔物を狩猟し、その素材を売ることで生計を立てている。ただ、魔物の素材を売る場所がこの村にはない為、王都などにまとめて売りに出掛けに行っているのだ。


 魔導バスの扉が開くとクレハが真っ先に中に入って行く。その際、ちらりと彼女の左手の薬指に指輪をはめられているのが見えた。


「え、あれ、クレハさんって結婚したの!?」


「いや、まだ婚約しただけって父さんと母さんが言ってた」


「お、男の人は? 誰? この村の人?」


「確か王都に居る人だったはず」


「へえぇ」


 まともに話したことがないとはいえ、同じ村に住む住民だ。レアムにはあまり関心がなさそうだが、ライネは普通に興味がある話だった。クレハが子供嫌いでなければ、出会いや馴れ初め等、同じバスの中で詳しい話を聞いていたかもしれない。

 

「それじゃあ、レアム兄さん。またね」


「うん、じゃあまた。次に戻ってくるのは夏休みか」


 ライネは荷物を持って魔導バスに乗り、席に座って窓からレアムを見る。動き出す魔導バスに合わせて手を振るレアム。兄の初めての見送りに新鮮さを覚えながら、ライネも手を振って一時の別れを告げた。



 ◆ ◆ ◆


 魔導バスが見えなくなるまで見送ってから、レアムは一度畑に寄ってから家に戻る。

 特に手伝う作業もなく、自由な時間を得てレアムは木刀を手に取る。


「どうしてそこまで剣を振り続ける、か……」


 素振りをしようとした構えを取った時、ふとライネの言葉が蘇った。

 物心がついた頃には、既に(玩具ではあったが)剣を振るっていた。 

 両親の話では、産まれたばかりの赤子の頃から剣に強い関心があり、他の玩具には見向きもしなかったと言う。


 なぜそこまで剣に執着し、剣を振るうことに固執しているのか。

 剣を振るのが好きなのは間違いない。ただそれは表向きの、『二番目』の理由だ。

 

 剣を振るい続ける最大の理由。

 それは、レアムにとっては息をしているのと同じぐらい当たり前のことだからだ。

 息をすることに疑問を持つ人間はいない。レアムもどうして自分がそういう思考に至ったのか疑問に思ったことはない。――つい最近までなかった。 


 やることが当たり前だと思っていた剣の素振り。それが最近では『やらなければならない』と脅迫概念にも似た思いを時折感じることがある。どうしてそう感じ始めるのか、自分が頑なに剣を振るい続ける理由に、今更ながらレアムは疑問に思うようになってきていた。


(とは言え、いくら考えても理由なんて分からないし、他にやりたいこともない)

 

 一種の中毒患者だと苦笑しながらも、レアムは木剣を振るい始める。するとすぐに、余計な思考は払い落とされ素振りに没頭していった。



 ◇


「――ん?」


 数十分ほど経ってから、レアムは唐突に手を止め周囲を見渡す。


「……気のせいか?」


 首を傾げながらも再び木剣を構え直すと、また『声』がレアムの耳に届た。


「…………」


 周囲を何度見渡しても誰も居ない。それでも、何度も『声』がレアムの耳に届く。


「呼んでいるのか……?」


 その声が男か女か。何を喋っているのかもはっきりとは聞き取れないが、何故だかそう感じる。何かに突き動かされるように、レアムは木剣を置き『声』のする方向へと歩き出す。


 進めば進むほど『声』が声量が大きくなる。

『ここだよ』と、女性の声がした。


 トゥーリ村にある川の下流。草木と岩に隠れて遠目には分からなかったが、近付けばすぐに気付くことが出来た。


「大丈夫ですか!?」


 川に下半身を浸からせたまま、一人の少女がうつ伏せに倒れていたのだ。

 レアムは銀色の髪を持つ少女の体を抱え、川から全身を引き上げた。自分より体が大きく、四、五歳ほど年上だと思われる少女の体は驚くほど軽い。そのまま銀髪の少女の顔を覗き込み、レアムは驚愕する。


「なっ!? ライネ!?」


 銀髪の少女の顔は、つい数十分前に王都に向かった妹の顔に似ていたからだ。瓜二つとはいかなくとも、姉妹だと言われれば簡単に信じてしまいそうにあるほどである。


「っ、今はそんなことより人を……、いや、運んだ方が速いか」


 青と白の長衣を纏っていてきちんと見たわけではないが、少女に大きな外傷があるようには感じられない。息もしっかりしているが、細かい容体が分からない以上は急いだ方が良いだろう。村で唯一、回復魔法が使え医学を修めている人間が自分の母親ということもあり、レアムは少女の体を抱え上げる。

 川の水で体が濡れている状態であっても、不思議と体温はそこまで下がっていなかった。

 

 レアムが急いで家に戻ろうとした時、また『声』が聞こえてきた。


『ちょっと待って!』

 

 少女の容体を優先し、敢えて何も触れなかった白黒の鞘に収まった剣。

 声は間違いなく、倒れていた少女の横に置いてあった剣から聞こえていた。


「幻ちょ――『あ、幻聴じゃないよ』」


「……本当に、剣が喋ってる?」


 少女を抱えたままの状態であることを一瞬忘れ、レアムは上から下までじっくりと剣を観察する。当然ながら、口はどこにも付いていなかった。

 

『彼女と一緒にワタシも連れ行って。大丈夫、私はとても軽いから!』


「いや、軽いって言っても……」


 両手は既に塞がれている。片手だけじゃ自分よりも背の高い少女を抱えたまま移動など出来ない。


『じゃあ、あとでちゃんと取りに来てね!』


「あ、ああ、うん……」


 勢いに押されるような形ではあったが、レアムはしっかりと頷いてから喋る剣に背を向ける。


『魔剣ちゃんはきちんとここで待ってるからねー!!』


 人の言葉を喋る剣――『魔剣ちゃん』とやらの言葉を聞きながら、レアムは少女を抱えて走り出した。


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