ボクがかんがえたさいきょうのシュジンコウ

宿火理

1章

欠児

「レオナルド……、この子は……」


 ベビーベッドの上に眠る赤子。その赤子に握られた小さな結晶を見ながら男性は口ごもる。あるべきものに反応を表す純透明の結晶。僅かな光すら灯らない純透明の結晶が示す答えはただ一つだけ。

   

 女神ティルフィーナからの祝福とも呼ばれる特殊な力。この世に誕生する全ての生物に宿るはずの『魔力』がない証明であった。


「欠児…………」


 炎のような赤色の髪を持つ男性が絞り出すようにして、男性が口ごもった先の言葉を繋げる。

 欠児とは、女神に祝福されなかった者。魔力を持たない『能無し』と揶揄される存在だ。

 千万人に一人の確率で生まれると言われるものが、自分の子供として生まれてくるとは赤毛の男性は夢にも思っていなかった。


「……それで、どうするんだ、レオナルド?」


 赤毛の男を気遣うように男性は慎重に口を開く。

 大昔から今現在まで、生まれてきた欠児をどうするべきなのか、その結論は変わっていない。

 

「その、俺の方から病院側に言っておくぞ? どの病院にも苦しむことのない、そういう・・・・部屋が必ず一部屋はあると聞くし」


「いや……」


 赤毛の男性は首を横に振る。

 

「この子は育てる」


「は……? レオナルド、それがどういう意味なのか本当に分かっているのか?」 


「ああ、分かってる」


「いいや、分かっていない! 魔力がないという周囲からの差別! 魔力がないことによって動かせる機器も減り、不自由な生活を強いられることにもなる! それに、お前の子供というだけで世間から大きな注目を浴びることになるんだぞ!」


「分かってるさ!!」


 その大声に反応して赤子は目を覚まし、重たそうな頭を動かして赤髪の男性の方に目を向けた。そして手に持っていた純透明の結晶を手放し、両手を宙に向けて伸ばす。


「……人よりも過酷な人生を歩むことになるのは分かってる。それでも俺は、この子には生きていて欲しいんだ。例え何であろうとこの子は……レアムは俺達の大切な息子なんだから」


 赤毛の男性が伸ばした人差し指を赤子――レアムは嬉しそうに両手で掴み、そして無邪気に笑った。




  ◆◆◆

 ――12年後

  ◆◆◆




「――セヤッ!!」


 交差する線と線。

 ガキッ――と鈍い音を奏でて、一本の木剣が宙を舞い地に落ちる。数秒遅れて、がくりと木刀を手放した方が膝を崩した。


「一本、勝負あり!!」


 判定が下され、木剣を手にした茶髪の少女は一礼してから後ろに下がる。


「これで二十五連勝目、また記録更新よ、ライネ!」


 一人の少女が、勝利で試合を終えた茶髪の少女――ライネにそう言って声を掛けた。その顔はまるで自分のことかのように喜んでいる。


「飛びぬけた魔力量に十年に一人と言われる天才的な剣術。同年代でライネに勝てる子なんてもう居ないわ!」


「ありがと。でも私はまだまだよ。大人にも負けないぐらいもっと……、もっともっと強くならないと」


「凄い向上心。流石は『紅蓮の剣聖』レオナルド・ロータリスの子供。未来の『剣聖』候補ね!」



 剣の道を進む者として『剣聖』の名を知らぬ者は居ない。

 ライネ・ロータリス。少女が王都に引っ越した日から、英雄的称号を持つ父親の子供として注目を集めていた。


「っと、そろそろバスの時間。師範にも伝えてるけど、私はこれで帰るわ」


「ライネは今日実家に帰る日だったんだわね。確か……、何て言う村だっけ?」


「トゥーリ村。田舎も田舎、畑しかない小さな村よ」


 ライネは手を振って友達を別れ、学生寮に戻って荷物を手に取り、そしてバス停へと向かう。


 魔導バスに乗って王都ここから片道7時間の場所にあるライネの実家。王都に自分の家があったのならば、わざわざ7時間も魔導バスの中で揺られる必要もないのだが、かつてあった家はライネが産まれてくる十年以上も前に取り壊されている。その理由を理解し幼いながらも納得したが、7時間の旅路を前にするといつも辟易としていまう。

 

(本を読もうとすると乗り物酔いしちゃうからなぁ)


 しっかりと整備された道ならともかく、ガタついた田舎への道はとにかく揺れる。ライネは柄の可愛いお気に入りのクッションを椅子に敷き、瞑想するように目を閉じてバスの中を過ごした。


 ◇


 真上にあった太陽が沈む時間帯。

 『終点~』と流れるアナウンスを聞きながらライネは窓から薄暗い景色を見る。木々の隙間を走り続ける魔導バス。一時間前から全く変わらない景色の中に、明るい光が映り込む。

 

 魔導バスが止まり、ライネは自分の荷物を手に取り立ち上がる。ただ一人残ったバスの中で忘れ物がないかを確認し、運転手に礼を言ってバスを降りた。


「ん~、やっぱりここは空気が美味しいわね!」


 硬くなった体を伸ばしながら大きく空気を吸い込む。戻ってくるたびに同じことを言っている気がするが、それだけ帰って来たという実感が湧いてくる。


「おかえり、ライネ。ずっと座っていて疲れたろ」


 バスを降りたライネを、炎のように赤い髪を持った大柄の男が出迎える。

 

「ただいま、お父さん!」


 レオナルド・ロータリス。『紅蓮の剣聖』とも呼ばれるライネの父親だ。その彼のすぐ横には、赤毛の少年が立っている。


「レアム兄さんもただいま」


「うん、おかえり」


 レアム・ロータリス。11歳であるライネの一つ上の兄であり、ロータリス家の長男である。

 彼の手には木剣が握られており、全身から僅かな蒸気を発していた。

 

「またやってたんだ……」


「うん? なんて?」


 ほんの少しだけ赤く熱を残した顔を傾げるレアムに「何でもない」と答え、ライネは差し出された父親の手に荷物を預ける。


「あー、お腹ペコペコ! 早くお母さんのご飯食べたない!」


「おう、母さんが夕飯作って待ってるぞ!」


 畑に囲まれた一軒家。周囲の家に比べて比較的真新しく改装された家の玄関に、ライネと同じ茶髪の女性が立っていた。


「そろそろ来る頃だと思っていたわ。おかえり、ライネ」


「ただいま、お母さん!」


 伸ばされた両手の中に飛び込んで二人は抱き合う。それを見て「いいな~」と漏らすレオナルドに母――ランシリー・ロータリウスは微笑みを返す。


「あなたは後でね。それとレアムもおかえり」


「うん、ただいま」


「さ、皆手を洗って食卓に着きなさい。ご飯はもう出来てるからね」


 四角い食卓を囲む4人の家族。

 王都からライネが帰ってきた日は、決まってライネの話が中心となる。

 王都で通う学園での話に、道場で剣術を磨く日々の話。あの店にあれが売ってあっただとか、友達と変わったカフェに行ってみただとか、食事が終わるまで会話が途切れることはなかった。


「あ、そうだお父さん。後で食後の運動に付き合ってよ。見せたいもの・・があるんだ」


「お、いいぞ。じゃあいつもの場所で待っていてくれ」


「片付けぐらい私も手伝うよ」


 スポンジを手に取り母親と並んでライネは食器を洗い、それを拭い乾かしていく父親。その3人の後ろで、レアムは木剣を手に取って部屋から出ていった。それを横目で見ながらライネは言葉を漏らす。


「……レアム兄さんはほんと変わらないね。片付けぐらい手伝ったら良いのに」


 ライネの呟きにレオナルドとナンシリーはお互いに苦笑いを浮かべた。

 

 片付けを手早く終え、ライネとレオナルドの二人は家の庭。灯りに照らされ柵で囲まれた自作の修練場に足を運ぶ。

 修練場に置かれた一体のトレーニング用の案山子。その横で先客が一人、木刀を無心に振るっていた。


「――――」


 ゴウッと、木剣が空気を切り裂く音が何度も響き渡る。

 

「……お父さん。レアム兄さんのあれ、また前より凄くなってる……?」


「ああ、一ヵ月前に比べたら更に鋭さが増してるな」


 木剣によって切り裂かれるたびに震えてざわつく空間。

 相手も何もいない、ただの素振りのはずなのに、目に見えない何か巨大なモノに向かって挑み続けているような、そんな兄の姿にライネは唾を飲み込む。

 王都でライネが通う剣術道場。子供から大人まで多くの生徒達を見ても、レアムほどの凄みを持った素振りをする者はいない。


「…………」


 だからこそ、そんな兄に対してライネは複雑な思いを抱き、それを振り払うかのように視界を大きく切った。


「お父さん、私達もやろ」


「そうだな。どれほど腕が成長したか見せて貰おうか」


 ライネとレオナルドの2人も木剣を手に取り、正面から互いに打ち合いを始まる。体が温まる数十回と打ち合いを続けて、ライネは一歩後ろに下がって腰を落とし、垂直に木剣を構え直す。


「いくよ、お父さん!」


 構えられた木剣に朱い光――ライネの持つ魔力が纏う。同時にその朱色の魔力がライネを包み込み、少女の踏み出した一歩が爆発する。

 

(ライナイト流――第三魔法剣)

 

「『月影華』――!!」


 放たれたのは鋭い刺突技。その攻撃がレオナルドに届く直前で、木剣の切っ先は円を描き技の軌道が変化する。さらには一瞬遅れて木剣の影から現れる、もう一つの斬撃・・・・・が迫った。

 外界を操り物理法則を歪めた二つの斬撃に対し、レオナルドは素早く片足と体の重心を後ろに下げた。そして同時に、紅い魔力を木剣に灯す。


「フッ!!」


 かち合い、鈍く響いた音は二回。

 自分の放った技が完璧に防がれたことを知り、ライネは木剣をおろした。


「は~、11歳という年でもう二つ目も魔法剣を習得したのか。我が娘ながら恐ろしいな」


「お父さんの娘だからこそでしょ」


 ライネと同じく、ライナイト流の皆伝者にして『剣聖』の称号を持つ男。その血を引く者だからだと謙遜を含んだ言葉にレオナルドは笑みをこぼす。


「俺が11の時は魔法剣をやっと一つ覚えたとかそんなレベルだったぞ」


「私だってまだ魔法剣を使えるだけ・・だよ。技の練度が全然足りてないわ」


 でなければ必殺の一撃とも呼ばれる魔法剣を簡単に防がれたりもしない。『剣聖』である父親に褒められて嬉しい反面、悔しいという気持ちも表情に現れる。


「凄いなライネは」


「わっ、レアム兄さん!?」


 端っこで木剣を振っていたはずのレアムが近くに居たことに驚きの声を上げる。いつもは我関せずといった様子で素振りをしている兄が、今の打ち合いを見ていたということに驚きが隠せなかった。


「ど、どうだった、今の私の魔法剣は?」


「うん、だから凄かったって」


「そ、そうだったね……。って、いや、そこは同じ剣士として――」


 滑りだした言葉にハッとし、ライネは一瞬で無表情を作り出す。それを見てレアムは「?」と首を傾げ、また木剣を振るうためにライネから離れて行った。

 その光景を見ていたレオナルドは少し困ったような顔で頭をかく。

 そして素振りを再開するレアムを見ながらライネは口を開いた。


「……お父さん。いつまでレアム兄さんにあんなこと・・・・・をさせてるつもりなの?」


「ライネ」


「魔力のないレアム兄さんいくら努力しようと、それは決して報われない……。むしろ努力した分だけ、きっとそれが後で苦しみに変わっていくよ」


 魔力を持たない者『欠児』。

 ライネが王都の学園とライナイト流剣術道場に通うようになって約一年。11歳という子供なりに、魔力の重要さを十二分に理解していた。

 『魔法』を扱う為に必要なエネルギー・魔力。魔力の存在は戦いにおいて必要不可欠であり、魔力量の多さは才能を計るための目安ともなっている。


 魔力がなく魔法が使えないということは、同時に魔法剣も使えないということ。魔法剣なくして、剣の道で上を目指すことは決して叶わない。「魔法剣を使えない剣士は三流――」そんな言葉があるぐらいだ。

 何より魔力があるかないかでは身体的な強度が違う。体内を循環する魔力は「第二の筋肉」とさえ言われている。


「一応な、レアムには昔に言ったことがあるんだよ。どうしたって『才能』がない、強くはなれないから、早く止めるべきだって。……親が子に向けていう言葉じゃないがな」


「っ、レアム兄さんはその時何て答えたの……?」


「『ん、分かった』って」


「え……?」


 困惑した顔のライネを見て、レオナルドは可笑しそうに笑みを浮かべた。


「え、『分かった』って……、でも」


「ああ」


 二人の視線の先には、変わらず木剣を振り続けるレアムの姿。


「アイツは剣が好きなんだよ。才能があろうがなかろうが関係ない。レアムにとって、あれは趣味なんだろ」


「あれが、あれで、趣味……?」


 今この瞬間にも、空気を切り裂き音を轟かせる木剣の刃。

 趣味の範疇は明らかに越えている。生半可な回数では決して辿り着けない領域だというのは、少しでも剣を齧っている者であれば一目で分かるほどた。


「大分突き抜けてはいるが、相手の好きなことに口出しして無理矢理止める、なんてことはしないさ」


「でもっ――」


「丁度きりが良いみたいね。お風呂が沸いたから先に入りなさいライネ。今日一日疲れてるでしょ?」


 ライネの言葉は外に顔を出した母ランシリーの言葉によって遮られる。レオナルドはランシリーに返事を返し、何とも言えない表情をしていたライネの肩を軽く叩いてから歩き出し、またすぐに振り返った。


「レアム。父さん達は先に戻ってるからな」


 返事はおろか顔すら向けず趣味・・に没頭し続けるレアム・ロータリス。 

 その光景はライネが幼い頃から何一つ変わっていない、不変的なものだった。

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