#4
帰り際、玄関に立つと体に変化はないですかと尋ねられた。体調は悪くない。むしろ軽くなったほうだ。どうしてそんなことを聞くのだろうとすずかちゃんを見れば、耳を指された。靴を履いていた石崎君は先に気づいたのか、あっと声を上げる。
私は自分の耳に触れてから、ある行動を取っていないことに気がついた。
「聞こえる……」
耳を塞いでいないのに、すずかちゃんたちと会話ができている。
「耳の中にいたものが、少しだけでてきたからでしょう」
「それって『声』? 家鳴?」
「どちらでもあるのだと思います」
私の耳に入っていたものが家鳴なら、あの囁き『声』は彼らの声だったのだろうか。
「ねぇ、すずちゃん。家鳴って家に棲む妖怪なんだよね。どうして私の耳なの」
「あなたのおばあさまは、この町の出身だったのでしょう。家はありますか?」
常露町にあったおばあちゃんの家は老朽化が進み、私が小学生になる頃に解体して土地を売却したと聞いている。そのとき、おばあちゃんは最後に見ておきたいと常露町に一人で行ったそうだ。
「憑いてきたのか」
「そこまではわかりません」
石崎君の質問に答えながら、すずかちゃんは玄関の引き戸を開けた。
「あくまでも推測ですが、彼らは家に憑くものです。だから、新しい家が欲しかったのだと思います」
家鳴は私の耳を家にしていたのだろうか。なぜか納得できなかった。美術室で現れた大きな黒い塊が私の耳に触れてから、『声』が聞こえるようになった。それなら、あの黒い塊はどこからやってきたのだろう。
「例えば、どんな家かな……」
「長く、大事にしてくれそうな家を」
すずかちゃんのおかげで、私の耳の中にいた存在がわかってきた。不鮮明だったものが少しずつはっきりしてくる。それでもまだ見えていない。『声』は解決していなかった。
私の耳に『声』は残っている。両親に治ったかもしれないと会話してみたが、途中からさわさわと『声』が聞こえてきた。それでも前に比べれば囁き声が小さくなってきている。
あと少しなのだ。布団の上で寝転がりながら考える。私が名付けた『声』は、おばあちゃんの家にいた家鳴だ。おばあちゃんの家を失って、家鳴はおばあちゃんについてきた。でも都会のマンションに住んでいた頃は、軋む音はもちろんポルターガイストなんてなかった。
それじゃあ、家鳴はどこにいたのだろう。
どうして私の耳に入ってきたのか、私と誰かが会話をするのを邪魔するのか、考えても答えがでなかった。美術室で見た『声』であり家鳴である、黒くて大きな塊の怪異の言葉を、理解できなかった。
あの日、私の拒絶の声も、しおりちゃんには届かなかった。
魔法のクレヨンを折った感触が掌に残っている。
かたかたかた。クレヨンの箱が鳴る音が脳裏に浮かぶ。まさか、家鳴が住んでいたのは。
私は布団から跳ね起きた。
クレヨンだ。魔法のクレヨンの箱の中に家鳴はいたのだ。彼らはあの箱を家にしていたのだ。
クレヨンの箱は見つかっていない。
箱を、探さなければ。
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