#4
お稲荷様のおかげなのかはわからない。
私は、写生大会で賞を取った。
しかも金賞だった。美術の先生は着眼点がいいとか生き生きとした色使いだと褒めてくれたのに、喜びよりも驚きが勝った私の耳にはほとんど入ってこなかった。担任の先生とクラスメイトから拍手を受け、お祝いの言葉が贈られた。
「前から絵が上手だったもんね」
クラスメイトの女子が口を開く。
「よく休み時間に絵を描いてたよな」
「上手だなぁって思ってた」
「どうやったら上手くなれるの?」
クラスメイトたちに囲まれ、私は困惑した。答えようとしても、どう答えていいのかわからずどもってしまう。クラスで目立ったことなんてなかった。絵が上手だと褒められたこともなかった。複数の視線を注がれ、顔がどんどん熱くなっていく。
「実はね、前から話しかけたかったんだ。でも、いつもしおりちゃんといるから」
しおりちゃんといるから?
そうだ、しおりちゃんだ。クレヨンを返してもらわなきゃ。
しおりちゃんはクラスメイトたちから離れた位置にいた。声をかけようと踏みだそうとした足が止まった。
背筋が凍った。しおりちゃんの目は吊り上がっていた。青筋を立て、凝固した怒りをぶつけるように私を睨んでいる。同じ人間を見ている目つきではない。あれは敵意だ。丸い頭も丸い顔も丸い目も、しおりちゃんという丸くて可愛い女の子の皮を被った別の生き物のように思えた。
彼女は静かに教壇に立ち、叫んだ。
「先生! この人は嘘を描きました!」
その場にいた全員の視線が一斉にしおりちゃんに集まった。しおりちゃんは一呼吸を置いてから、ゆっくりと私を指した。彼女の手には、黒色の魔法のクレヨンがある。
「先生、この人はないものを描いたんです。あの自然公園に祠なんてありません! あたしは本当にあったか確認しました。でも、見つからなかった! 公園にあるものを描かなきゃいけないのに、ないものを描いたんです!」
本当かと尋ねる先生の視線に、勢いよく首を振った。
「ねぇ、皆もおかしいと思わない? あの祠を見た人はいたの!?」
クラスメイト達がざわつき始める。ざわざわと囁く声はどれも「見ていない」の言葉ばかりだ。私は見た。私の目の前に確かに祠はあった。寂れた祠はあったんだ。
でも、私が描いた絵は綺麗な祠だ。
ほんとうだ。わたしはうそをついている。
「あたしは嘘をついていません! 彼女は賞を取りたいからって、そうしたんです……。ほんとうはっ、だめだって、わかっていたんだけどっ、親友だからっ、黙ってて! でも、どうしても、ゆるせなくて……!」
嗚咽混じりに語りだし、苦しそうに教壇を下りて大粒の涙を落とし始めた。女子たちがしおりちゃんに駆け寄って慰める。非難の目が私に刺さり、「かわいそう」という同情は、わざとこちらに聞こえる声量だった。
中腰になった先生にどうなんだと聞かれた。声がでない。目が合わせられない。何も考えられない。確かに私はあったものと違うものを描いた。それは嘘だ。でも、なかったものを描いたわけじゃない。これは嘘じゃない。
どうして。こんなことになったの。
絵は、自由であるものだと思っていたのに。
「わ、私は」
「もっと大きな声でしゃべりなさい!」
先生に怒鳴られた瞬間、喉まで出かけた言葉が引っ込んでしまった。
しおりちゃんが視界の隅に映る。彼女は、勝ち誇ったように嘲笑っていた。
「そうだよ。おかしいよ。あたしのほうがあんたよりも頑張っているのに」
騒がしくなった教室で、しおりちゃんの声だけがはっきり聞こえる。
「約束だから」
しおりちゃんはクレヨンを両手で握った。
おばあちゃんがくれた大切な魔法のクレヨン。
私の宝物。
「あたしは、あんたをみとめない」
ばきっとクレヨンが真っ二つに折れた。
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