青い鏡
星野さく
第1話
夢を見た。大嫌いなあいつと沈んでいく夢。
水中のはずなのに苦しくなくて、むしろ楽に息ができる。
「あいつ」はやっぱり苦しくなさそうに私を見つめていた。
青。
体調が悪くて顔が真っ青だよ、とかじゃない。
あいつが、青い。深い水底より濃く、空よりも透明な「青」。少しも他の色を混ぜない、綺麗な青。
気持ち悪い、よりも先に、羨ましい、と思う。
羨ましい、触ってみたい。
手が伸びる。
頬のあたりに指が触れた途端、
ぶくぶくぶくぶく、と泡を立ててあいつが弾けた。
あいつがいた場所にには水。ただ、膨大な水。
びっくりして苦しさを覚える。
何かしないと、と顔の前に手を持ってくる。
指は、青い
目が覚める。ばちん、とスイッチを切るような目覚め。
最後に見たあの青さが指に残っている気がして指を見つめてみても、白いような赤いような色をしているだけで、青の要素は血管くらいだ。
最近あいつと沈む夢をよく見ている(ような気がする)。ただ、あいつが青いのは初めてで、びっくりする。びっくりしただけで、羨んだだけで、大嫌いなのは変わりない。好きになんて、これっぽっちもなれそうにない。
好きの反対は無関心だと誰かが言った。
違う。
無関心は「ゼロ」、嫌いは「マイナス」。
ゼロからプラスに傾くかマイナスに傾くかなんてわからない。ほんのちょっでもプラスに傾けばそれはもう「好き」なんだから。
ぐんとマイナスに傾いた関心をこつこつ積み重ねてプラスに傾けるよりうんと簡単。
マイナス1をかけるより、1を足すほうが、ほら、簡単でしょ。小学校一年生と中学校一年生の違い。
関心にマイナスをかけることはできない。
だって、かけ方がわからない。
私は小学生のまま 嫌いなまま
高校の教室という海の中でスマホという酸素を供給しながら生きている。生きようとしている。
それを生きているといわないのなら、私は、全然、これっぽっちも生き方がわからない。
合ってるのか間違ってるのかすらもわからない生き方で生きている実感がわかない、死ぬのも怖い。
ふと、スマホから顔を上げる。みんな、ちかちかと移り変わる画面に夢中。スマホ触らずにしゃべっている人たちなんてごくごく少数。
あ、このままだと充電切れる。朝は100%あったのに。
カチ、と電源ボタンを押す。フッと画面が blackout 。
なんて、ね、ちょっとあの目覚めに似ている。
Blackout 、なんていいフレーズで、いい響き。
ああこのまま苦しまないで何もかも blackout すればいいのに。
「あいつ」が誰だか解らない。
こんなにも嫌いで、嫌いで、憎くて憎くて仕方ないのに、そんなにも大嫌いな人が誰なのか、一人も思い浮かばない。
こんなに嫌いな人、思い当たってもおかしくないはずなのに、何故だかその嫌いな人が全然、見当もつかない。
夢を見た。あいつを追いかける夢。
「あいつ」はまた青い。
にんまり、笑って、私を馬鹿にする。
悔しくて、むきになって、追いかける。
でも追いかければ追いかけるだけ遠ざかっていく。
雲とか、二次とか、太陽とか、月とかを追いかける気分、だ。
苦しくて苦しくてもう走れない、と立ち止まるとあいつも止まる。
「ここまでおいで」
にんまり、また笑う。
悔しくて、もう息も整って、また走り出す。追いかける、
また苦しくて立ち止まる。
ふっとあいつが消えた。
「どこ」
にいるの、が続かない。
はー、はー、と息がひたすら音を立てるだけ。
「たっち。」
振り返ると、青い
ばちんっ。
Blackout 。
汗をびっしょりと掻いていた。ふうううう、と息を吐く。
ああもう。だから嫌いだ、なんて。まだあいつが誰だかわかんないんだけど。
何なんだろう本当に。
そんなにも潜在的に嫌いな人がいたんだろうか。
そりゃ、苦手な人はいるけど。
だからって、「苦手=嫌い」ってわけじゃないし、本当に思いつかない。
……でも、嫌い。嫌い。嫌い。憎い。大嫌い。
もう姿を現して、誰だか言いなよ。私、誰だかわかんないのに嫌いが溜まって、息が苦しい。嫌いなのが誰かわかれば、ちゃんと向き合うのに。プラスに傾ける努力をしようと思うのに。少しでも嫌いが減ればいいのに。
こんなの、苦しい。
スマホから、LINEを立ち上げる。
ここに入った人はみんな、「友だち」。それ以外は友だちじゃない。
そんな訳のわからないルールがあって、私のLINEには、極端に「友だち」が少ない。ぽつぽつとクラスの女子と、たった一人のクラスの、多分クラスメイト全員と交換している男子。「友だち」だって。こんな機械の中でつながってるだけで。
馬鹿にしてんの? 「友だち」じゃなくて、ただの「連絡先」でしょ?
LINEなんかに交友関係管理されてたまるか。
いや、なんか私もうイライラしてる。嫌いな人がわからないってだけなのに、もう。
ああ、もう早く。早く、この意味のない嫌いのループを終わらせてよ。いやもう、でもほんとに「友だち」は意味わかんない。家族や恋人はどうなるんだろか。恋人がかわいそうなのは私だけだろか。
Blackout 。blackout 。blackout 。
ああもうなんかこれ、口癖になってる。LINE、何で立ち上げたんだっけ。ああ、嫌いな人探すためだ。
やっぱり、思いつかない。ピンとも来ない。
Blackout 。
夢を見た。お城の中を歩く夢。
「あいつ」はいない。ただ独りぼっちで、歩くだけ。
夢なのに、いやに扉が軋む。重々しく、ぎいいいいぃぃ、なんて。なんとなく、いろいろな扉を開けたり、閉めたりぎっ、ぎ、ぎぎぎいいいいいぃぃぃ、と扉を開けたら、また青いあいつがいた。
「……あぁあ」
残念そうに、あいつがつぶやく。
「見つかっちゃった」
あいつは、鏡の中にいる。大きな、装飾された鏡。一歩、近づくと、あいつも同じように一歩近づいてくる。
なに?
「かくれんぼは、君の勝ち、だけど私の勝ちってことでいいよね」
ふふっ、とあいつが笑う。
「だって、」
急にあいつが大きい声を出した。びりびり、と鏡が震えた気がした。
「君は、私でしょ?」
目が覚めた。
怖くて、飛び起きた。
「……え」
あいつは、私なの? 私は、私が嫌いだったの? なんで? ああもう、こんな私、
『だいっきらい』
目が、覚めた。
夢になかで夢を見ていた。
私が、私を、嫌い、だって。
夢の中でのように焦ってはいなかった。
「……嫌い」
それは、重くて重くて鉛のようで、私は起き上がるのが億劫になってしまった。
大好きな人に大嫌いと言われた。
自分が嫌いだった。
どっちが、こんなにも泣きたい気持ちにさせるのだろう。
私は、「あいつ」だ。
あいつが泣きたくて泣きたくて仕方ないんだよって、私をむしばむ。
自分のことが好きだった。ナルシストだろうが何だろうが、好きだった。
好きでいなければいけないような気がしていた。
私は、私が、嫌いだった。
どうしようもできない。
青い鏡の中で、薄橙色のあいつは、「好きだよ」って、私に微笑んだ。
青い鏡 星野さく @sakku091
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます