首輪と腕と

ムオサム

第1話

「あなたのことが好きです。どうかお付き合いして頂けませんか」

 緊張で固まりきった口からは、そんな機械翻訳じみた言葉しか出てこなかった。

 長過ぎる沈黙。

 実のところ数秒程度しか経っていなかったかもしれない。

 それでも今の私には、そのまま朽ち果ててしまえるほど長い時間だった。

「――私の憧れの人を知ってる?」

 待ちぼうけの彼方から聞こえてきた言葉は、イエスともノーとも取りにくい微妙なもの。

 彼女は自分を恥じるように肩をすくめ、続きを紡いでいく。

「王子様みたいな人が好きなの。別に性別なんてどうだっていいけれど……凛々しくて雄々しい、私の手を引いてくれる人」

 その意味を理解するよりも先に、自然と目線が落下していた。

 映っているのは、左袖から覗くブレスレット。


 ――校則の厳しいこの学園で、少しでもお洒落で可愛くいたい。


 そんな私の、隠れた意地と女々しさの象徴だった。


 ――


 先輩! おはようございます!

 いつもカッコイイですね!

 憧れちゃいます!

 ――等々。

 毎日毎日黄色い声が響くようになったのはいつからだったか。

 少なくともそう前のことではないはずだ。

「あぁ、ありがとう。ボクに見惚れて転ばないようにね?」

 なんて、三流映画のナルシストが言いそうなセリフですら観衆を沸き立たせるには十分だった。

 虚しさから隠れるように、足早に教室へ向かう。

「ごきげんよう。今日も随分ね」

「……っ、おはよう」

 教室へ入るやいなや、彼女に声をかけられる。

 もう随分な付き合いになるというのに、未だに彼女の声を聞くと胸が縛り上げられた。

「全く、昔のあなたはどこへ行ってしまったのかしら」

 意地が悪すぎる。

「いつか変化の理由を聞かせて欲しいくらいだわ」

 眼の前で白々しく肩をすくめている奴のせいに決まっているだろうに。

「ある人に振り向いて欲しくてね」

「あら、あなたにそれだけ愛される人がいるなんて」

 その人はきっと幸せ者ね、と。

 私の僅かな反撃も、悪魔じみた笑みにかき消されてしまう。

 ――それなら。

「君こそどうしてしまったんだい? 昔はもっとお淑やかだったと思うけれど」

「そうかしら? 最近はお友達とお話するのが楽しいから、そのせいかもしれないわね」

 あなたのそれは惚れた弱みにつけこんだイジメだ。

「そのお友達は困惑してるんじゃないかな? 君がまさかそんなお喋りだとは思ってなかっただろうし」

「それは違うわ。だってその子は今日も楽しそうにお話してくれるもの」

 そう話す彼女は、本当に、心の底から楽しそうだった。

 埒が明かないというか、敵わないというべきか。

 そんな姿に胸が高鳴る自分に、思わず目眩を覚えてしまう。

 鳴り響く予鈴に誘発され、左腕に絡みつく腕時計に視線を落とした。


 ――彼女がそう望むなら、全霊をかけてそうあろう。


 そんな私の、重すぎる執着と雄々しさの象徴だった。


 ――


「まだ私のことが好きだって言うの?」

 彼女は私の言葉に、本気で驚いたようだった。

「嫌いになったなら、ボクはとっくにスカートを穿いてるさ」

「――呆れた。でもそうね……あなたはそういう子だもの」

 そう言う彼女は、いつもどおりわざとらしく肩をすくめる。

「私が手を引いていないと、何にもできないんだから」

 細く柔らかな指が、僅かに私の左手首に触れる感触がした。

 軽い金属音に、開放感が続く。

「こんなもので取り繕えると思ってるの? 全く、浅ましいったらありゃしない」

 私の象徴を指で弄びながら、叱るように告げる。

「ほら、捕まっていなさい。か弱いお姫様」

 代わりと言わんばかりに、彼女の左腕が差し出される。

「……ありがとう、ボクの王子様」

 私が愛した人は、『ボク』なんかよりずっと王子様らしい人だった。

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