肩パン先輩

黒煙草

肩パン先輩

とある魔法学校では高等部の学生同士がターン制で肩を殴り合い、先にギブアップした方が負けというが広がっていた


肩に拳をうちつけることで上腕二頭筋が発達し、固さを増すということもあり魔道運動部では推奨されるほどであった


そんな中、1人だけ異常な人間がいた


“獄童子 海都“


高等部3学年の“ろくでなし“クラスにいる彼は、留年を続けて30年が経とうとしていた


獄童子は“肩パン“ではテッペンを維持しており、元同級生や大の大人でも負けを知らない人間だった


そんな獄童子は今、魔王と呼ばれる城に住む化け物たちとを繰り広げていた


「てめぇからこいよ、言っとくが生半可な武器じゃ俺は貫けねぇぞ?」


「フ、フザケルナァ!タカガ人間ナンゾニ負ケル我デハナァイ!」


魔王の側近である魔将軍“グランド・アイブ・ロウ“は得意とする武器『魔大剣“スラム“』を用いり、獄童子の肩を切りつける


しかし、結果として大剣は粉々に砕け散った


「バ、バカナ!アリエナイ!!」


「てめぇの棒っ切れよりも俺の肩が強えってことだ!!次は俺の番な!!」


「貧弱ナ人間ナンゾニ砕カレル肩デハナイ!!来イ!!」


獄童子は腰を落として右手を振りかぶり、魔将軍の肩を狙いすます


足元の大地は割れ

魔将軍の肩へと向かう拳は空気を裂き

獄童子の拳は熱を帯びたように真っ赤になる


「ハ?マ、マテ──」


「男に“待て“は無し!ぶっ飛べやァァァアアア!!」


魔将軍の肩と、獄童子の拳がぶつかると将軍は肩から首周り脊髄、反対の肩の骨が砕け散り、身体ごと城の外へと吹っ飛ばされた


否、吹っ飛ばされた表現というより“星“になったと言っても過言ではない


場内では一連の惨事を見て驚きや恐怖、叫び、逃走をする魔王の支配下達がいた


「俺は強え奴としかやらねぇ!次はどいつだ!!!」


獄童子の叫びとは別に、場内は静まり返る


「チッ!魔王んとこ行くかぁ!!」




魔王がいると思われる豪華な扉の前で、獄童子は勢いよく扉を押す


しかし、扉はビクともしなかった


「なぜ開かねぇ!おい魔王!居るんだろうが!開けろ!」


正門は門番がいた為、勝手に開けてはくれたものの魔王の扉前には誰も居ず、獄童子は途方に暮れていた


「くっそー!どうせ敗けるのがこええからってよぉ!」


『そんなことないもん!!』


「……は?扉の向こうから声してっぞ?」


『こ、これお嬢様!なりませぬ!“神の使徒“かもしれませぬぞ!』


『で、でもお父様を侮辱したことは許せませんわ!今開けて差し上げます!』


『おじょ────』


バガァァアン!と獄童子から見て押し開かれた扉の先に居たのは、黒髪の幼女と白髪の初老の男性だった


「ハン!やーっと出てきたな魔王!肩パンしようぜ!!」


「開けてしまったものは仕方ありませぬが…賊よ!私が相手してあげましょうぞ!!」


「じいや!わたしが──」


「お嬢様は魔物を率いる長の後継者です!早くお逃げ下さい!!」


「や、やだ!!」


「お嬢様!!」


男性と少女のやり取りを見て、肩や指を鳴らし始める獄童子


「茶番はしまいだァ…ジャンケンで先攻後攻決めるぞ…!」


ジャンケンをし始めるという獄童子に、白髪の男性


あまりにも異様な光景に魔王後継者は身震いする


「……正面堂々から来て、己自らでルールを課し、勝ち進んできた人間…!」


「あ、ジャンケン負けた」


獄童子が負け、白髪の男性が勝った為、先攻は男性からとなる


「しかし、なんのジャンケンなのだ?」


「あぁ?肩パンだよ肩パン、ガキの頃流行らなかったのか?人間の街じゃ大ブームだぜ?」


ちなみに獄童子が無理やり他の人間に肩パンし始めるので、それほど流行ってはいない


「に、人間の間ではこのような暴力的なことが行われているのか」


先程飛んで行った魔将軍を思い出し、少女と男性はさらに恐怖心と警戒心を高める


なお、獄童子は人間相手だと上半身が無くなる程の肩パン最強人間のため、全力を出せるもの達を探すためにここに来ていた


「さぁこいジジイ、俺の肩目掛けて好きな攻撃してみろ!全力でだ!!」


「後悔しても知らぬぞ!!ヌゥゥゥンン!!」


男性は瞬間移動魔法で距離をとり、全力疾走からの攻撃を仕掛ける


「喰らえ!『龍のドラゴンガンスマッシュ』!!」


繰り出した攻撃は拳によるもので、スーツのようなものを着ていた初老の男性の右肩まで袖がなくなり、龍の紋様などが光り輝く


「なんか弱そうな…アァ?!」


肩に攻撃を受けた獄童子は、体内に響く衝撃を体全体を使い、地面に受け流していく


「ンギギギ!!」


踏ん張りつけるも、衝撃が強すぎたのか自然と後ろへと下がる


「フン!他愛ないな人間よ!この攻撃は儂の仲間達から施してもらった複数の龍の血肉による一撃だ!」


「おー痛かった、龍の攻撃は何度かくらったことあるけど一撃で複数はキツイな。んじゃ次、俺な」


間があき、初老の男性は呆然とする


「ンンン!?いや待たんか!!今の一撃を食ろうてなぜ痛いで済むのじゃ!」


それもそのはず、獄童子の肩は皮膚は赤くなれど、骨も肉も異常は見られなかった


「俺にとっちゃ遊びだが──」


獄童子は構え、腰を落とす


「──我慢しねぇと雑魚の魔物みたいに足首から下しか残らねぇぜ?」


「なっ!の、望むところ!」


初老の男性が肩を前に構えるのを確かめた獄童子は、少しある距離を一瞬で縮め


体勢を低くして腰を回し、拳を突き出した


初老の男性の肩に直撃すると同時に、ドゴン!と城が揺れる


魔王後継者の部屋内はヒビが全面的に入り、魔王後継者の少女は髪を乱しながらも衝撃による風を受け、佇んでいた


「なに…これ?」


「肩パン」


「う…グオオオ!痛い!痛いどころじゃ済まない!!何だこの次々に襲いかかる衝撃は!肩パンというではないだろう!!」


「いや、肩パンだから」


「これほどの行為が人間達に親しまれておるだと?!危険すぎる!!魔王様に報告せねば…っ!」


「でもあんたまだギブアップしたわけじゃないだろ?次打ってこい」


そう、肩パンは両者のうち片方がギブアップするまで続けられる行為だ


それを聞いた初老の老人は、一撃目を耐えたのに次耐えれる訳がないと判断し


「わ、儂の負けだ…」


「そうかい……んじゃ次は嬢ちゃんな!」


「は?今なんと言ったのだ?」


「わ、私もやるのですか!?」


「ったりめぇだろうが、男も女も関係ねぇ!肩出せやぁ!!」


「じいや!この人に人情というものは無いのですか!?」


「もはや人ではありませぬぞ!」


「そうか!ジャンケンで先行後攻決めんのまだだったな!ジャーンケーン…」


「あぁぁ!違うけど!もう!ポン!!」


「ありゃ、また負けた」


魔王後継者である少女が勝ち取り、先行となる


「さぁこーい!!」


「じいや、わたしは負けません!この人間を負かせてやりますわ!」


「まじか!!おっしゃあ!!」


獄童子は足を地面に踏んずけ、今にも崩壊しそうな魔王後継者のいた部屋をさらにヒビ入れる


「じいや、さっきの言葉取り消してもいいでしょうか?」


「お嬢様!?」


「攻撃自体なんでもいいんだよ!肩に当たりゃなんでもいい!コイヤァ!!」


魔王後継者の少女は意を決して魔力を込め出す


使う魔法は、魔王一族における禁忌魔法術1000あるうちの1つ、『全てを無にする黑雫ブラック・レイン』だ


元々は天から黒い水を雨の如く落とし、疫病から酸の雨、人や魔物にとって悪でしかない物質の塊を降らして、ものの数秒で100万平方メートルある地面すらも汚染させる脅威的災害魔法だ


その攻撃をひとつに絞り、獄童子の肩にぶち当てるということは────


「お、お嬢様!?その魔術は魔境地に多大なる影響を及ぼしかねませぬ!!」


「この人間は危険なの!!ここで滅ぼさない限り魔物の地に安泰はないわ!!」


「お嬢様…っ!」


魔王後継者の少女は両手を前にかざし、黒い水の塊を1点に集中する


獄童子はそれを見て肩を前に出した

全ての攻撃を肩で受け止めてきただけあって、なんの躊躇も躊躇いもない姿に初老の男性は唾を飲む


「朽ち果てて!!『ブラック・レイン』!!」


少女が叫ぶと黒水の塊はふよふよと獄童子に向かってゆっくり前進する


魔法自体は重力を利用し、雨という形で降り注ぐ為、重力を無視して前進させるのに一苦労しなければならない


ゆっくりではあるものの巨大なエネルギーを保った黒水は数秒経ってから獄童子の肩に命中する


同時に黒水は獄童子の体全体を覆い、獄童子を侵し始める


「グ、グァァア!!こいつぁヤベェな!」


「降参は聞きません!そのまま死んでください!!」


「まじかよ!クソォォォ……」


黒水の塊から聞こえてくる獄童子の断末魔は、徐々に聞こえなくなり、最終的に静寂が訪れた


「お、終わった…?」


「お嬢様、ご無事ですか!」


「え、えぇ…なんとか…でもこれで生きてたらわたしは…」


「無理をなさらないでください!彼はもう死にました!」


「本当…?あと数分したら解除されるからそれを待ってから…ね」


膝を崩した少女とはよそに、黒水の塊は徐々に小さくなり、肩パン状態の人型を映し出す


これは獄童子の体内に侵食出来た結果であり、皮膚が見え始める頃には魔術の影響である黒い肌が見えるはずだった


しかし、肩の皮膚は肌色のままだった


「う、嘘でしょ…」


「魔王一族も…ここまでですか…」


「……けだ…」


「え?」


皮膚が上半身まで見え始めた時、獄童子の口から自然と言葉が出てくる


「…おれ……負けだ…」


「…ま、負け?」


全裸となった獄童子は恥じることの無い筋骨隆々の体を晒しながらも『負け』を認めた


「初めてだ…こんな攻撃は…ここ来る前にモンエナ飲んでなかったら死んでたぜ…だが次くらったら死んじまう、負けだ。俺の」


さすがにそれはないと、初老の男性は呆然としながらも考えた


モンエナとはモンスターから抽出されるエキスを微量の麻薬で飽和させ、ドリンクにしたものだ


飲めば心臓が肥大化され、常人が複数本飲めば死に至るものである


「そんな…あなた本当に人間なの?」


「親父はどっかの国の騎士団長で、かーちゃんは神の子って呼ばれてたから人間じゃね?」


獄童子の父親は各国公式に認定されている騎士団長で、緊急事態があれば一声で各国のお偉いさんを招集できるほどの力を持っている


母親は生まれが祠の下なので、祠を管理していた神の使徒が拾い、調べていくうちに神の子と断定した。成長していくにつれ人間や魔物とは違う美貌をもちあわせ、人々を魅了しながらも孤児の子らを管理する『神に守られた孤児院』を建造し一躍有名人となった女性だ


魔物と人間の境界に孤児院を建造したため、成長した人の子や魔物の子は世界へと羽ばたき、名を連ねる英傑へと育ったのは言うまでもない


その両者の間に生まれた獄童子 海都は各国のお偉いさんには期待されていたものの、自由奔放で我儘な姿に育ってしまったため色々と諦めていたのだ


「あなたの目的はなんですか?」


魔王後継者である少女は素朴な疑問をぶつける


それもそうだ、肩パンが強いやつを求めて彷徨ってここまで来る人間なんぞいるわけが無い


そんな疑問をぶつけるも、獄童子は相変わらず飄々とした表情で答える


「肩パンで最強目指してんだよ」


実に馬鹿げた答えだが、言葉に嘘はないようで少女は頭を抱える


「で、では魔物に害を仇なす人間では無いということですね?」


「当たり前だろ、よええやつ殴っても楽しくねぇし…魔王のひとりや2人肩パンで勝ったら親父も認めてくれるだろうしな」


「お、親父?」


「気にすんな、こっちの話だ」


謎の言葉を残し、獄童子は黙ったがふと思い出したかのように魔王後継者である少女に声かける


「負けは負けだ、俺の身を好きにしていい。痛いのは慣れてるが死ぬのは最後にとっておきてぇんだ。殺すのは無しな」


『遊び』感覚が抜けていない獄童子にとって、死とは無縁だと思っていた


「そ、そんな生半可な気持ちで魔王の城に乱入し!部下たちを恐怖に陥れた罪人に!!」


「じいや!!」


「な、止めないでもらいたい!」


「まあ確かに生半可だったことは謝りてえな、いいぜ?首落とせよ」


獄童子はそう言い、死を選んだ


その様子からして、初老の男性と少女は悩み────


────少女が結論を出した


「わたしの部下になりなさい!」


「は?お嬢様!?」

「え?」



どういった思いでこのような結論を出しのか、それを知るのは獄童子が“部下“から“将軍“へと登り詰めたあとの話であった


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


数十年がすぎた頃か


魔将軍となった獄童子と魔王になった少女は“神“と呼ばれる存在の前で膝をついていた


神から賞賛を得るためか

神から褒美を貰うためか

神から名誉を得るためか



否────


神を殺せなかったことへの屈辱ゆえだ


「……なぁ、嬢ちゃん」


「わたしは……魔王ですよ…?口を慎みなさい」


「魔王ちゃんよ…『遊ん』でいいか?」


「あ、あなたは阿呆ですか…!今そのような状況では…」


「知ったことか…数十年も肩パン禁止されてたんだぜ…?我慢の限界だ」


獄童子は立ち上がり、神を見上げる


「……」


「なぁ───」



肩パンしようぜ

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肩パン先輩 黒煙草 @ONIMARU-kunituna

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