家から出られない!

@akaharatamori

第1話

ぼくは昔から人を笑わせるのが好きだった。

ぼくの記憶の中で最も古いのが、弟のテツを変な顔で笑わせたことだった。そのころにはもう、ぼくはテツの笑った顔を見るのが好きだったのだ。


 ぼくは小学生になり、周囲に歳の近い人が多くなった。

最初は少しぎこちなかったが、すぐに慣れた。そこでも人を笑わせるのが好きだった。そのころになると、ぼくは理解していた。直観なのかもしれないが、どうすれば人は笑うのか。何をすればぼくを見て笑うのか。簡単なことだったのだ。

 道化、つまりバカになればいいのだ。




「ここも……。ダメだ、ぜんぜん開かない……」

ぼくは鍵穴が完全にイカれた扉の前で突っ立っていた。

鍵穴に触れてみる。

ギザギザしてささくれ立っているような感触。

ちょっと見てもわかる。完全に壊れていた。

本来の鍵を差し込んでも開錠しないであろうことが一目でわかる。

扉の向こうは外の世界。

ぼくはなここから外に足を踏み入れたかった。

なぜならこの部屋にしかみれない体験できないものがあるから。見たいテレビのようなものだ。

「この! この、開け!」

 体当たりして扉が外れないかと試みる。全然ダメだった。びくともしない。

すると、自分のしていることがひどくみじめに思えてきた。

目に涙が浮かんできたが、同時に頭の中には冷静な部分もあって、泣いたところでどうにもならないこともわかっていた。

「……べつの扉を探そう」

自分に言い聞かせるように、ぼくはふたたび歩き出した。

お父さんもお母さんも、テツも、誰もがいなくなったぼくの家を。

ぼくの家はマンションではなく一戸建てだ。

しかもぼくと同い年。10歳。

つまり、ぼくが生まれた年にこの家ができたらしい。お母さんが前にそう言っていた。ぼくはこの家に特別愛着を持っていた。「持っていた」。

今は――どうなのだろう。

あの日の出来事、それがあってからすべてが変わってしまった。

ぼくはあたりを見回してみる。

「好きにはなれないよね」


白い壁には赤い液体が付着していた。これはお母さんの血だ。

床を見下ろすとフローリングにも赤黒い液体があり、小さい水たまりのようなものを作っていた。これはお父さんのだ。

振り返ると、先ほど開けるのを諦めた扉が目に入った。

よく見ると扉の下の隙間から赤い液体が染み出ている。これももちろん血なんだろう。でも誰のだろう。分からない。

なぜ分からないのか。その血が誰から流れているのか、ぼくは見ていないし見れないからだ。確認しようとしたけれど、扉はぜんぜん開かなかった。では「お母さんの血」「お父さんの血」はどうしてわかったのか。単純な話で、誰から流れた血なのか見ていたし、現在身体から流れている状況も見ているからだ。

「お父さんの血」「お母さんの血」で、この家は汚れてしまった。掃除すればいいのかもしれないけれど、ここで今見ているこの光景はきっと頭の中からは消えないだろう。ぼくはこんな家を好きになれるだろうか?

「やっぱり、好きにはなれないよ……」

すると、さっきの扉の向こうから笑い声が聞こえてきた。

誰の声だろう。

ぼくの声のようにも聞こえるし、テツの笑い声かもしれない。

そういえばこの家に突然現れたこわいおじさんの声にも似てる。

ぼくは目で見たものしか信じないから、声の主に確信が持てない。

「本当に誰の声なんだろう?」

よーく耳を澄ましていると、遠くでサイレンの音が聞こえた。

これは見なくてもわかる。パトカーだ。







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