2.3 展覧会

 映像史展は、主に時系列に沿って、映像が辿ってきた歴史の概略を俯瞰できるすると共に、その映像を体感できるというものがコンセプトだった。


 最初のコーナーは「映像の起源」。


 十九世紀、カメラの発明により、人間は初めて自分以外の視点を捉えることができるようになったという。ダゲレオタイプやカロタイプといった最初期のカメラの本物が飾られていたが、わたしも含め、多くの者がそのサイズと、それがカメラ以外の機能を備えていないことに驚いていたようだった。わざわざコストのかかる銅板を感光材料にしているというのも衝撃だった。


 近くにいた小さな子が、彼女のつけているおもちゃのような腕時計に聞いていた。


「このカメラって、AIが喋るためのスピーカー、どこについてるの?」


 続いて、リュミエール兄弟が発明した初の映写機、シネマトグラフが置かれていた。その奥には椅子が並んでいるスペースがあって、そこに腰かけた人々は各々のコンタクトで人類初の動画を体感できるようになっていた。


 人でごった返していたためにいったんひかると別れ、空いている席に腰掛けた。コンタクトで再生した人類初の映像は、ストーリーも何もない、白黒で画素の粗いノイズのようなものだった。それでも、何とかノイズの中からパターンを見出すと、どうやら列車がやってくる駅のホームを写した一幕のようだった。ただ、列車が画面右奥からやってきて、左手前へと消えていく。右側に写っているホームを人々が行き交う。


 ただ、音声が何も聞こえず、〈テラ〉に問いただした。


「スマート内耳の調子がおかしくない?」


「真弓、世界初の映像はね、無音声だよ」


 映像を一通り見終えたわたしは釈然としなかった。ただの昔の駅の一幕。ひかると合流した。


「ひかる。今のだけど、面白かった?」


 ひかるは苦笑いした。


「一体何に興奮したんだろうね、昔の人は」


 ホロディスプレイの説明によれば、当時はこれが爆発的にヒットしたらしい。カメラマンたちは世界各地を飛び回り、ヨーロッパにいながらにして、ピラミッドの大きさに驚き、極東の和装に惚れた。こうして、人々にとって新たな「視点」を獲得することが普及していったという。


 他にも多くのコーナーがあった。映像にストーリーを組みこむことで生まれた映画。それについての歴史を俯瞰できる「映像と物語」、映像がプロパガンダにされた時代に着目した「映像の政治」。


 そして最後のコーナーは「映像の氾濫」。


 テレビ、インターネットの普及、撮影用端末の小型化。これらがもたらし、発信者が特別なものではなくなっていった時代。現代の話だ。


 誰もが監督に、誰もが主演になれる時代。今世紀に入ると、YouTuberのように、一般の発信者が栄光を掴むこともあったという。二〇二〇年代半ばにはAIがその座を奪い始めた。映像の自動作成技術の発達がそれを後押ししたのだ。量産型のコンテンツ作成は既にAIの主戦場となり、非AIの配信者たちはニッチを求めて特殊化していった。映像の自動作成AIはそちらの進化も後押しし、科学者たちも科学への興味喚起のための手段として目をつけた。今まで目もくれられなかった生物たちの視点を再現した動画――あるいはVR映像は人気を博し、特に理系志望の中高生や好奇心旺盛な小学生に受け入れられ、学校教育にも取り入れられるようになったことが大きかった。今では、それを生業としたVRコンテンツメーカーも多く、絶滅したコウモリの見る世界や、一時絶滅が騒がれたアカウミガメ、そして人間の想像もつかないほど実は多様な感覚器を備えていた植物の認知する世界の再現動画すら作られたという。


「映像の氾濫」はこんな言葉で締めくくられていた。


 ――こうして、映像と視点の多様化が爆発的に進み、また数そのものも爆発的に増えた。現代の人々は常に何かの映像に触れ、いつも異なる視点で世界を見続けている。自分自身の視点じゃない、別の何かで。それに慣れてしまった果てに、私たちの視点はどこへ行ってしまったのだろう。



 

 最後のコーナー「映像の未来」では、最先端の映像技術の数々が紹介されていた。ドローン空撮はもちろんあったが、その多くがVRについての紹介だった。今までのすべての映像メディアと違って、仮想空間内の移動ができるという性質は視点の置き方が受信者にゆだねられる。わたしが体感したアマゾンのVRでは、ただ熱帯雨林の映像を与えられた視点で見るのではなく、実際にその中を自由に動き回ることで、自主的に様々な発見ができるようなものになっていた。

 その一角に、長蛇の列があった。テレポーターの視点を体感するVRだ。東京の街をテレポーターになって自由に飛び回れるという代物で、騒ぎの元凶でもあった。


 ひかるは迷わず列に並んだ。


「あれ、真弓は?」


 わたしがついてこないことに気が付いたひかるが振り返り、怪訝そうな目を向けてきた。


「ちょっと、VR酔いしちゃって。今日はもうやめとく」


「せっかく来たのにいいの? テレポーターの視点見てみたくないの?」


「うん、ありがとう。でも今日はお腹いっぱい」


「そっか。うちだけやるの悪いな……。結構並んでるし」


「いいからほら、気にしない気にしない」


 ためらうひかるを無理やり並ばせ、わたしは列の外で待機することにした。このVRの解説ポップアップをAR表示させると、最後に「監修:カリスト」とあった。




 実のところ、ひかるがテレポーターのことをどう思っているのか、わたしはよく知らない。


 ひかるの母の玲奈さんがテレポーターをよく思っていないことは知っているけれど、ひかる自身はあのデモ集団のように嫌悪感を吐露することなければそれに同調することもない。一方で佳のように特定のテレポーターに対する憧れを抱いているようにも見えないし、かといって茉鈴のようにそもそも興味がない訳でもなさそう。


 それもあってこの五年間、わたしもひかるも共にテレポーターという単語を自分から出すことを互いにしてこなかった。だからひかると話しているとき、わたしは人間の仮面を被っていることを忘れられる。


 だからこそ、昼休みに食堂で遺伝子学の補講をしてあげたとき、テレポーター遺伝子の話を振られてわたしは驚いた。今度だって、ひかるが自分からテレポーターの視点体感VRの列に並んだのだから、わたしだって頭頂部から特大の星を生み出してくるくる回して天井に突き刺したかった。


 ひかるが列に飲み込まれた後、わたしはVRボックスの出口から出てくる人たちの表情を観察していた。


 ある者は興奮気味。ある者は青ざめた顔で同行者にさすられている。ただ、どちらにも共通して言えたことは、皆が皆、その情動を必死に隠そうとしていた点だった。


 ボックスから出てきたひかるもまた、その紅潮した頬を右手で押さえながら出てきた。一方で、わたしに向かってくる彼女の足取りは心なしか重そうだった。


「どうだった?」


「スカイツリーから飛び降りるなんて初めて」


「気持ちよさそうだね、それ」


 他人事のようなセリフを吐くと、自分が人間の仮面を被っていることが思い出された。胃がむかついた。


「高層ビルの屋上から見下ろす夜のスクランブル交差点も清々しいもんだね。人がまるで蟻みたい」


「いいじゃん」


「でもね」気が付けばひかるの頬からは赤みが引いていて、彼女のその言葉が一抹の不安となってわたしの中にこぼれ落ちる。


「うち、テレポーターじゃなくてよかったって思った」


「どうして」


 わたしは右手の震えを悟られないよう左手で手首をがっしりと掴んだ。


「あの景色は確かに清々しい。でも孤独で、まるで自分が神にでもなったような気分になって、自分が自分じゃなくなってしまいそうで怖いって思った。うちさ、そんな精神強くないから、あんなすごい力があったら傲慢になっちゃいそうで。そんな自分と戦うのめんどくさいよ。だからね、それと戦い、自分と向き合って、自分を律することができる――〈ガニメデ〉みたいなテレポーターは、うちよりずっとすごい。偉いんだって思う」


 そのテレポーターの名が、ひかるの口から出てくるのは意外だった。その衝撃はわたしの記憶の地層を貫いて、眠っていたハイビスカスの匂いを引き出してしまう。その匂いのベールを抜けた先で、玲奈さんが――ひかるの母が笑っている。あるいは、玲奈さんは温度のない冷たい目をわたしに向けている。




 最初に依田家に遊びに行ったのは、中学に入学してひかると知り合ってから数か月が経った頃。わたしの話を聞いた玲奈さんが招きたいと言ってくれたことがきっかけだった。一方で、とうのひかるはあまり乗り気ではなかったことを覚えている。訊くと、恥ずかしそうに彼女は言った。


「うちの母さん、アメリカ人とのハーフだから、ちょっと変かも」


 価値観にちょっとずれがあるらしい。玲奈さんの父がニューヨークの大手銀行に勤めていたメキシコ系のアメリカ人で当時アメリカに留学していた玲奈さんの母がそこで知り合い、後に結婚したという。玲奈さんは生まれこそアメリカであるものの、二〇〇〇年代の金融危機の影響で祖父がリストラに合い、その後は祖母の出生地である日本で長いこと暮らしていたという。十年が経ち、ようやく祖父母はアメリカに戻ったものの、玲奈さんは夫が日本人であることから、日本に残ったという。


 そんな話を聞いていたけど、玲奈さんは、ひかる以上に高い鼻を除けば、流暢な日本語と予想外の感じの良さで出迎えてくれた。わたしはすぐに肩の荷を下ろすことができた。強張っていたわたしの筋肉をほぐすような繊細な言葉遣いがわたしの中にするりと入り込んで、内側からわたしの緊張を解きほぐしてくれるよう。わたしは心の底から安心して、ひかると流行りのVRパーティゲームに興じた。玲奈さんとも、すぐに話が弾むようになった。


 爽快なハマイカから香るハイビスカスの匂いは今でも記憶の片隅に鮮明に焼き付いている。ただ、依田家のリビングで、それを頂いていたとき、テレビで流れていたライブニュースが目に留まった。


〈ガニメデ〉がネイバーフッド社を退社し、独立したことについての彼の会見の様子だった。

――七月二十三日をもって、私〈ガニメデ〉はネイバーフッド社を退社させていただく運びになりました。


 当時主流だった自動翻訳テロップが画面下に表示される。一通りの挨拶を済ませた後、記者からの質問が飛び交った。


 ――退職の理由は?


 ――今後はどのような仕事をされるご予定でしょうか。


 その一つ一つに、〈ガニメデ〉は真摯に向き合い、丁寧に答えていった。その無機質な訳が画面の下に表示されるだけだったが、それでも彼が紳士的に応対していることはわたしにも分かった。


 ――人類のためになる、もっと大きな仕事をするためです。


 けれども、そのテロップが表示されたとき、わたしは依田家の空気が澱むのを感じた。どこかで空気が滞ったような、微かな違和感。その発信源を探るように首を回すと、玲奈さんの顔からはあらゆる感情が削ぎ落されているかのように見えた。瞬きもせずにそのニュースを報じるディスプレイに目を向け、目だけを動かしてテロップを追っている。見てはいけなかったようなものを見たような気がして、わたしは目を伏せた。


 玲奈さんが言う。


 ――私たち〝旧人類〟のためにできる仕事って何よ。


 テーブルの上に投げ出していた右手を思わず見た。手の甲が上になっているか確認せずにはいられなかった。


 そのときひかるがどんな表情をしていたかは分からない。ただ、母の態度を知ってかまでは分からないが、チャンネルを変えたひかるは自然な体を装っているように思えた。装っているかと勘繰る程、不自然に自然だった。


 砂をかけて埋めたはずの母の呪いが、どこからともなく滲み出して、黒い水でわたしの中を浸した。呪詛の言葉がわたしの中で木霊する。


 テレポーターであることを悟られてはいけない。


 以来、わたしはひかるや玲奈さんと話すとき、テレポーターについて触れることを避けてきた。実際、玲奈さんもひかるも自分からテレポーターの話題を切り出すことはなかったから、玲奈さんのあの表情を見たのはあれが最初で最後だった。時の地層の奥へ奥へと進んでいく度、その日の記憶は掠れていく。依田玲奈という人は、優しくて、感じのいい人――そんな印象だけがわたしの中で育っていった。


 小学生の頃と何も変わっていないじゃないか、と自問するときもあった。でも、少し大人になったわたしは、仮面を被るということを覚えていた。下手なりに、相手の立場や価値観を探りながら外に出す言葉を選んでいく。喉まで出かかった心の声は飲み込んで、常識や世渡りというフィルターを通して発言を選択していく。あるいは、そのフィルターそのものからセリフを練り上げる。


 ――〈ガニメデ〉みたいなテレポーターは、うちよりずっとすごい。偉いんだって思う。


 だから、テレポーターの視点体感VRの後に〈ガニメデ〉という名をひかるが出した上で、しかも彼のことを評価するような発言をしたとき、わたしはどんな表情をすべきかすぐには決められなかった。普通に接することが正解なんじゃないかと気づいた時には、出口に向かう人の濁流にわたしたちは飲み込まれていた。

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