1.4 あなたはわたしが守ってあげる

 教室で保科くんをジャイアンと取り巻きたちが取り囲んでいる。本を読む振りをしながら横目でジャイアンの机を見ると、彼の机の上に置かれたペンケースが目に留まった。典型的なキャラクターものの青いやつで、内部で鉛筆が五か所固定できるようになっている仕組みのものだ。わたしは目を閉じて、そのペンケースの中の鉛筆だけをノールックで引き抜いたテレポート


 わたしのジーンズの上に、綺麗な状態の鉛筆が五本。家で母との鍛錬を繰り返すうち、直接視野に入っていない物体のテレポートもできるようになっていた。いわゆるノールックテレポート。全テレポーターの十人の一人しかできないとされる技だが、精度型テレポーターとしての素質があるらしいわたしは八歳にしてその仲間入りをしていた。


 わたしは見られていないことを確認しつつ、親指と人差し指で器用に一本一本鉛筆の芯を折っていく。そして芯をすべてへし折った鉛筆を元の位置に戻してやるテレポート。念のため、折った芯の一本を手元に残しておいた。


 次の授業が始まって数分後、彼の席で野太い声が上がった。


「んあ?」


 彼は後ろを振り向いて、取り巻きに声をかけた。


「鉛筆削り貸せよ」


 取り巻きが彼に手渡したその瞬間、わたしは手元に残しておいた折れ芯をその内部にテレポートさせる。ちょうど、鉛筆を差し込むところの奥部に、芯が詰まるような位置に。


「あれ、この鉛筆削り、芯詰まってるじゃん。あれ、抜けねえ」


「そこ、何やってるの」


 清水先生の注意の標的にジャイアンが選ばれる。彼はすぐに口答えした。


「芯が全部折れてて」


「鉛筆削りは休み時間にやっておくように」


「いや、だから、休み時間が終わったら鉛筆の芯が折れてたんだって」


「言い訳しない。今回だけは後ろの電動削り器を使っていいから、次からは休み時間にやっておくように」


 はい、と肩を落として彼はすごすごと電動削り器のところへと向かう。そのとき、彼が保科くんを睨むのをわたしは確かに見た。わたしは笑いをこらえるので必死だった。


 それからも、ジャイアンは保科くんへのからかいをやめなかった。その度に、わたしは彼に小さな罰を下した。彼の机の中にあった、次の授業の教科書だけをピンポイントで引き抜いてロッカーの上に置いたり(わたしが睨まれた)、彼のペンケースを淵のきわどいところに移して落とさせたり(壊してしまった)、メダカの水槽の水を十ミリリットル程拝借して、彼のズボンの股間のところにふりかけたり(泣き出すとは思わなかった)。最初は保科くんを睨んでいた彼の目つきも、いつの間にか彼を心底恐れるようになっていた。けれども、保科くんは釈然としないような顔をしていた。


 わたしは鼻が高かった。か弱い保科王子様を陰で守る騎士であることが誇らしかった。東海地震で災害救助に参加したテレポーターもこんな気持ちだったのだろうと思った。わたしも母の言う「ノブリス・オブリージュ」を遂に体現できるようになったんだ。こうしてジャイアンが保科くんにちょっかいを出すのをやめたその日、わたしは家に帰ると、靴を脱ぐ前に開口一番それを母に報告した。


 靴を脱いだわたしを待っていたのは褒めの言葉でも、抱擁でもなく、頬に鈍く残る痛みだった。母がわたしを平手打ちしたのはそのときが初めてだった。わたしは思わず床に手をついた。右手の痣に伝わる床の冷たさが印象的だった。


「人前で力を使うなんて、何を考えてるの、真弓」


 母は血相を変えてそう言った。まるでばれたら最後、命でも取られてしまうようなそんな口調だった。わたしは立ち上がり、笑うよう努めて答えた。


「大丈夫だよ、ママ。ノールックテレポートだけでやってるから、テレポートだってばれない」


「そういう問題じゃないの、真弓」


 母は膝をつき、わたしの両肩に手をがっしりと掴んで言った。


「真弓、ちょっとこっちにいらっしゃい。昔話をしてあげる」

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