変わらない笑顔

「サキ!元気だった?」

「うっわ!エリ久しぶりぃ~!!そっちこそ!最近どうなのさ。」

「はは、相変わらずだよ。」

「そっか、でも元気そうでよかったよ。」

 あの頃と変わらぬ姿で私たちは他愛もない話をしている。


「そんなことよりさあ・・・」

「うん、どうした?」

「エリって死んじゃってるんだよね・・・」

「・・・そうだねぇ、ははは。」


 涙ぐんだまま、サキはゆっくりと現実の世界に引き戻された。


 ____あぁ、夢か。

 まばたきと共に、一筋の涙が枕に小さな滲みを作る。小さくため息をつきながら寝返りを打つ。また、エリの夢だ。忘れたころに必ず現れるんだよねぇアンタ。そんなことを考えながらいつもの癖で、夢の内容を反芻はんすうする。

 不思議なことに、いつもエリは夢の中でも死んでいる。


 あれは忘れない、エリが死んで一週間も経っていない頃に見た夢だ。エリとは専門学校で知り合ったはずなのに、二人して制服を着ている。合格発表の会場のような場所で再会し「何で死んだの!」と号泣しながら抱き合って泣いた。夢とも現実ともつかないうたかたで、サキは眼球が痛くなるほどむせび泣いた。そうしてそのまま夢から醒めたのだ。


 あの日、エリの遺体は美しかった。まだ24歳で、綺麗にお化粧を施され、髪の毛もまだ染めたばかりという風で、その艶のある肌や髪が、なぜ彼女が死ななければならなかったのかサキには理解できなかった。エリのいつも聞いていた青春ソングとでもいうべきその明るい音楽のメロディーが、通夜の会場に未来あった’’若者の死’’という印象を殊更ことさら植え付けていた。


「・・・私、理由が知りたい。」

 ミキはそう言うとサキに目配りし、なにか決意したように、エリの母親に訊ねた。

「__なんでエリは亡くなったんですか?」

「・・・あの子ね、飛び降りたのよ。お酒と薬を一緒に服用してね。エリは何か、あなた達に言ってなかった・・・?」

 憔悴しきったエリの母親が、サキとミキにそう訊ねる。

 __言葉もない。何故ならエリは心の病を患い、親友であるはずの二人とすら距離を置いている状態だったのだ。

「最近彼氏が出来たって話をきいてて、それでその・・・。」

 ミキが静かに口をひらく。

「それで、前より良くなってきたのかなって私たち思ってて・・・。」

 サキも遠慮気味に続ける。

「・・・良くなってきたころが、一番危ないのよ・・。」

 そういって、とても悲しそうにエリの母は微笑んだ。

「エリのこと、ばかだなって思って。ほんと、あの子ばかなんだから・・・。彼氏もいい子でね・・。ほら、そこにいる子。本当は二人で旅行に行って、私たちに彼を紹介するって話だったのよ。」

 親族の中に目を真っ赤に腫らした青年がポツンとひとり座っている。愛する人の死を目の前に、いったい彼は何を今思っているのだろうか。残された親族や彼の気持ちを思うと、二人は心が張り裂けそうだった。

 エリは何を思って死んでいったんだろう___。


 亡くなった当日の夜、サキとミキは一緒に外出していた。エリが元気であればいつも三人だったが、半年近く三人での外出を断られ、二人で出歩くことも多くなっていた。その中でもいつもの話題の中心はエリだった。

「なんか彼氏できたらしいよ、エリ。」

「あはは、知ってる!結婚するとかしないとか。」

「ちゃっかり彼氏は作るんかいな!」

「こないだ久々に会ったら普通にお洒落してたぞ。」

「まあ、元気になってきてるなら良かったかな。」

「よし、エリの好きなこの曲入れちゃおう!」

「いいね~!一緒に歌おう!」



 サキが朝帰りをしてまだ深い眠りにも落ちていない頃、突然スマホのコールが鳴り響いた。年に数回しか会わない男友達のハヤトだ。

「エリが死んだ。」

 何のことか分からなかった。

「はは・・・まって、何の冗談よ?ふざけないでくれる?」

「・・・だから、エリが死んだんだよ。事故なんだって。」

「え・・・やめてよ、ほんとに。」

「・・・あのさ、冗談じゃないから・・・。はあ、俺だって・・信じられない。」

「うそだ!うそ!やめてよそんなエリか死ぬとかあり得ない!!」

「とりあえず、今日の18時からエリんちで通夜だから。」

「うそだ、うそだ、うそだあああぁぁ・・うえぇぇん・・・。」

「___あとでな。」

 ハヤトの電話は切れた。

「ミキ、エリが、エリが死んだって・・・。」

「__うそ!!!!」

「今ハヤトから電話がきて・・・なんで私たちは知らないの?!うぅ・・。」

「うそ!うそ!!昨日エリの話してたじゃん!なんで!」

「__エリがしんじゃったよう・・・・。」

「いやだ!なんで!なんでぇ!!!・・・えぇ・・・なんで。なんで。」



 ***

「__エリは、私たちのこと何か言ってなかった?」

 気丈に振る舞うエリの彼氏のダイキに挨拶をしたあと、サキは思わずそうダイキに訊ねた。自分でも思いもよらない言葉だった。

「__ごめんなさい、わからなくて。」

 そういうと、ダイキは口をつぐんだ。



 ***

「__落ちた時間が深夜で、亡くなったのは朝方みたいだよ。」

「__そうか。もしかしたら私たちの所に来てたのかな。」

「__そうかもね。」

「しばらく意識あったのかな。」

「発見が遅れたらしくてさ。」

「__苦しかったかな、寂しかったのかな。」

「__うん・・・。」


 翌日、エリの遺体が火葬される間サキとミキは2人でエリの一人暮らしをしていた、現場であるアパートに向かった。すでに誰かが置いたのか、小さな花束とチューハイの缶がそっと置かれている。その屋上からみた景色は、エリが最後に見た景色と同じだったのだろうか。どんよりとした雨雲が、そこから見える全てをしっとりと鼠色にくすませていた。


 ***

 あれから今年で十年経つ。サキより結婚の早かったミキの子供はもう八つになるらしい。サキも早くしなよとミキに急かされ、どうにかこうにかサキも今年結婚に漕ぎつけそうだ。そしてもう、エリの話が話題にあがることはほとんど無くなった。すでにサキとミキ自体が年に数回会うか会わないかの仲になっているからだ。


 ___アンタは何年たっても24歳だなんてね。こっちは34歳。もう若くないよ、笑っちゃうでしょ。あ、そうそう、エリが昔紹介してくれたあの人さ、結婚したんだって。変な人だったよねぇ。


 サキが時々夢に見るのは、あの頃からもうずっと、歳をとらないエリの笑顔だ。








 今でも夢に現れる、亡くなった友人Rに送る。










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