第三章 オレの幼馴染は、からかい上手で、おまけに人魚

 オレ(俺)は、目を覚ました。見知らぬ天井どころか、見ず知らずの異世界に転生してきたばかりのオレの頭の中に、この世界とオレ自身、つまり、ルアン・トゥ・タントゥンの記憶が一気に流れ込んでくる。

 夕城竜兵とルアン・トゥ・タントゥンの記憶が混ざり合い、適当に作ったお好み焼きの生地みたいなものが出来上がった。それを焼き固める様にオレ自身に焼き付けて、どうにか日常生活に支障が出ない様になるのだ。この世界の言葉、特に名詞は、オレの知っている単語に置換される事になる。

 この感覚は、何度やっても慣れそうにない。とはいえ、やる事はどこに、どの異世界に転生しても、一緒だ。

 オレはまとわりつく気だるさを振り払うように、体を起こした。その動きで、ベッドは軋まない。何せ、ここは水中の中だ。ベッドなんてあろうはずがないし、あってもオレには無用の長物。むしろ、水中で生活していて、ベッドが必要になるシチュエーションの方が少ないだろう。

 欠伸をすると、鰓から小さな気泡が頭上へと立ち上る。記憶はあっても、水の中の生活というのは、なんというか、中々面妖だ。

 面妖と言えば、魚の求愛行動というのも、中々不思議なものがある。恋愛前に新居を用意するものや、自分の肉体を魅せつけるもの。また、オスが尿をメスにかけるものや、オスがメスに噛みつくようなものもいる。

 だからといって、何かオレの生活に支障が出るかと言えば、全くそうではない。オレは生まれてから今の今まで、水中で、そして何より人魚として生活していた記憶があるのだ。

 群青色の自分の尾を大きくうねらせると、オレはぐるりと部屋の周りを泳いでみせる。その動きに全く支障はなく、自分の短髪が受ける水の抵抗も、鍛えられた自分の上半身も、そして両足のない下半身も、もう自分自身のものだ。

 水の中で生活しているからと言って、人魚のオレがずっと裸で生活しているというわけではない。オレが住んでいるヘリリィイスィ海洋は、ヴァリィヴィリィ大陸との交流も盛んだ。つまり、陸地で生きている人間との関りもある。ヴァリィヴィリィ大陸の人たちも、今はもうオレたち人魚には変な先入観はなく、いい共存関係を築けていた。

 かく言うオレは貿易商で、陸の人との交流は、生活上欠かせない。他の大陸と大陸を繋ぐのは、海しかない。この陸と陸を繋ぐのが、オレの仕事だ。

 陸に住む彼らと仕事をする時は、オレはワイシャツも着るし、ネクタイも絞める。この世界の人魚は体の構成上、肺も備えているので、陸地での活動も可能だ。そして何より、服が濡れているという奇異さよりも、彼らの文化に歩み寄っているという姿勢が重要だった。

 最も、陸の人たちが全裸になって水に浸かるような事を、オレたちは求めない。そんな事をされても、オレたちは嬉しくないのだ。それより、陸の恵をもっとオレたちに分けて欲しいという気持ちの方が強い。

 陸の恵である動物の肉は美味だし、海の恵も火を通したり、調理を加えるだけで、味に信じられない程の広がりが増える。オレの家はそういった設備はないが、最近は海の中の岩場を削り、わざと空洞を作って厨房を用意している家もある。オレのお隣さんも、そう言った家の一つだ。

 そこまで思って、オレは後ろぐらい気持ちに囚われる。陸と陸を繋ぐ貿易商の仕事をしていると言えば聞こえはいいが、その昔、オレはとても褒められるような子供ではなかった。

 一言で言えば、オレはガキ大将的な子供だった。自分の感情を制御できず、言葉ではなく行動で、つまり暴力で周りに自分の意見を表現してきたのだ。善悪の判らない子供の無邪気さと言えるかもしれないが、だからと言ってオレが過去にしてきた事をなかったことにも出来ず、更にオレ自身がその事を覚えている以上、それを後悔しながら生きていかなければならないのは、それを引きずった関係を築いていかなければならないのは、オレが背負うべき当然の贖罪だろう。特に、オレが幼馴染にしてきた過去の出来事は、裁かれて然るべき行いだ。今もまだ、他の人魚と同じように生活出来ているのは、奇跡と言ってもいい。

 自業自得とはいえ、鬱々とした気持ちで、オレは自分の家を後にする。嫌な気持ちになったとしても、仕事にはいかなければならない。例えそこに、その嫌な出来事を、いや、醜い子供時代の自分をまざまざと突きつけられる様な存在が居たとしても。

 身支度を整えて、通勤のためにオレはヘリリィイスィ海洋を勢いよく泳いでいく。限りなく無限に近い大海原を駆け抜けたとしても、オレの気持ちは晴れず、むしろ泳げば泳ぐ程、オレの心は沈んでいく。

 そしてついに、その存在がオレの目の前に現れた。

「あ、ルアン、おっはよー!」

 その声に、オレは覚悟を決めて振り向いた。そこに居たのは、誰がどう見ても女の子。それも、誰がどう見ても、絶世の美少女だ。

 美少女、なのだが、彼女は昔と変わらぬ声色で、笑顔で、そしてオレと同じく、下半身に見事な尾びれが付いていた。

「にしししっ! 何? ルアン。辛気臭そうな顔しちゃって。もしかして、また仕事で失敗でもした?」

「……バーカ、ちげーよ」

 彼女の名前は、ヴァウ・ティエ・クォアィ。

 彼女が、何故だかオレに惚れている、お隣の美少女だ。

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