④
いや、予感はあったのだ。着替えが終わった後、額の怪我を理由に、僕一人だけグラウンドではなく、体育館に集合する様に言われた時は、やっぱりそうなじゃないかなぁ、って思ったのだ。でも、流石にそれはないと思う、いや、思い込みたい自分がいたのも、また確かだ。でも、それにしても、何か、こう、違う展開が、いや、これはこれで予想外の展開ではあるんだけれど、何でこうなったんだろう? どうして先輩が体育館で僕を一人で待っていて、でもその恰好は――
「ブルマじゃん!」
令和どころか平成ですら絶滅危惧種のブルマを身に纏った、グローリア・チャンドラーが、そこにいた。そして僕の叫び声を聞いた彼女は、可愛らしく小首を傾げて、こう呟く。
「……似合ってないかね?」
「……」
沈黙。それが答えだ。
いや、似合わないわけがない。そもそも先輩に似合わない服なんて、この世界に存在しているのだろうか? ブルマから、カモシカの様なすらりとした足が伸びている。それが眩し過ぎて視線を上に移動させると、今度は視線を強制的にそこに固定させる魔法を発動している様な、双丘と出会う。そこから視線を動かせないでいると、先輩は意地悪そうに笑った。
「ぺろぺろしてみるかね?」
「何段階飛ばし!」
「そういう、子供っぽい甘え方も、あると思ってね」
「……僕、一応先輩と歳、一つしか違わないんですけど」
「そういう所だよ、フリード」
小悪魔的に笑う先輩から、僕は慌てて顔を背ける。その隙をついて先輩は僕の背後に回り込むと、優しく僕を両手で包み込んだ。
「さぁ、まずは柔軟体操からだ」
耳元で囁かれた言葉が、僕の鼓膜を乱暴に掻き毟る。鼻腔には先輩の甘い香りが漂い、僕は安心感に包まれた。抵抗する。そんな単語すら思い浮かばない。ただただ、先輩に身を任せる事そのものへの、幸福感。このまま、脳髄が蕩けてしまいそうだ。
「ほら、ここに座って」
前屈をするため、先輩が僕の背中を押す。当然だが、先輩の両手が僕の背中に当てられる。その熱に浮かされる様に、僕は自分の両手と、体を前に倒した。
「んっ……」
体の稼働率の限界に達し、僕の口からくぐもった声が漏れる。しかし、先輩はそれで許してくれなかった。
「ほら、もう少し頑張り給え」
先輩が僕の腕を取り、僕の体は限界を越えて動かされる。今まで両手が当てられていた僕の背中には、もっと弾力のある、二つの柔らかい膨らみが押し当てられていた。
僕は限界を超えた自分の動きに、小さな悲鳴を上げる。
「ダメ! 先輩っ!」
「……いいや、もっとだ」
「へ? えっ、もっ……とぉ?」
「そう、もっと。もっと強く、強く動いてっ」
「だ、ダメだよ先輩。ぼ、僕、もう……っ」
「大丈夫。ほら、もっと、こうっ……」
「ああ、あああぁぁぁっ! だ、ダメ! ダメだって、先輩っ!」
無理に先輩に動かされ、僕は更に前後運動を繰り返す。荒い吐息が僕の口から漏れ出し、先輩の甘い吐息が僕の耳朶をねっとりとなぶる。傷がある額からは汗が吹き出し、玉のような汗が全身から流れ落ちた。
しかし、無理な動きはそうも長続きするはずがない。やがて僕は限界に達し、短い喘ぎ声を上げる。同時に先輩も、満足気に艶のある溜息を零した。二人は重なり合う様に、体育館の床に体を投げ出す。
僕と先輩。二人っきりの空間に、互いの吐息すら耳に遠く、重なり合った体温と互いの鼓動。そして混じり合う汗を、僕は何故だか強烈に意識した。
「……うふふ。頑張ったな、フリード」
「……いや、本当に、何で前屈で自分の限界値まで挑戦しているんでしょうか、僕は」
「決まっているだろう? 私がしたかったからだよ」
息も絶え絶えになった僕に向かって、先輩は妖艶に笑いかけた。もうそれだけで、僕は何も言えなくなる。その笑顔だけで、僕は満たされてしまう。ダメだ。落ちこぼれの僕は、ただでさえ誰かに甘えるわけにはいかないのに。もう、甘えない様にしようと、そう思ったのに。
「もう、休憩はいいのか?」
「……はい。続き、始めましょうか、先輩」
それから僕は、授業が終わるまで自分のペースで柔軟体操を続けた。
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