③
「先輩は、いつまで男子寮で生活するつもりなんですか?」
登校中、僕は先輩にそう問いかけた。すると先輩は、今日は良く晴れてますねと言わんばかりに、口を開く。
「決まっているだろう? キミの傷が癒えるまでだ。私が面倒を見始めたのだから、最後まで看病するつもりだ」
そう言いながら、僕たち、というより先輩に声をかける他の学生に、先輩は手を振っていた。看病というには度が過ぎているような気もする。あとさっき小さく、もちろん結婚するまでな、と言っていた様な気もするが、それは僕の幻聴だろう。幻聴であって欲しい。
歩みを進めると、当然ながら学園に通う生徒たちの数が増えてくる。それはつまり、僕を見る視線が、べったりと僕の隣を歩く先輩を見る視線の数が、増える事を意味していた。
「おい、見ろよ――」
「何であんな奴が――」
「いくら怪我をした場所に居合わせたからって――」
陰口が聞こえてくる度に、僕はどこか穴を掘って潜りたくなる。怪我をした当初は、美人の先輩に赤面し、感情的には恥ずかしさが先に立っていた。でも、今は申し訳なさの方を強く感じる。
つまり、こんな優秀な先輩を、僕なんかが独占してもいいのか? という疑問。先輩は、発言的に色々アウトな部分も多いけど、本当に優秀な魔法使いだ。将来を約束されているような人で、これから大勢の人を導いていくだろう。そんな人が、僕なんかと関わってもいいのだろうか? 僕のために時間を割いてもらうのが、本当に正しいのだろうか? もっと先輩は別の事に時間を使った方が、世の中の、そして皆のためになるのではないだろうか?
「雑音だ」
「……え?」
最初、それが僕に向けて発せられた言葉だとはわからなかった。
けれども先輩の女神の様な微笑みは、真っ直ぐ、そして確かに僕にだけ向けられている。
「私が、私のしたい事をしているのだ。私がキミの看病をしたくてしている。だからキミは、存分に私に甘えていい。それは誰にだろうと、文句は言わせないさ」
「あの、出来れば僕の言う事は聞いて欲しいんですが……」
「ダメだ」
「ダメなの!」
かつて、これほど独善的で、一方的な看護があっただろうか? 流石に患者の意見は聞いて欲しい。
「でも先輩。流石に看病するためだって理由で、僕の教室にやって来るのはやり過ぎだと思うんですけど」
「大丈夫だ。問題ない」
「あるから言ってるんですよ! 座席も強引に僕の隣に座るし、板書を写してくれるのはいいんですが、途中で教師の間違いを指摘するのはやめてくださいよ!」
「む。それについてはちゃんと理性的な反論があるぞ、フリード」
「今までの返答が理性的出ない事を認めたよ、この人っ!」
「そもそも、間違った内容を教える教師が悪いのだ。間違った内容を信じ、妄信する事こそ、悲劇的な事はないからな」
「絶望的な程僕の発言は無視しますね、先輩。まぁ、言ってる事はわかりますが、それなら自分の教室で教師のミスを指摘すればいいじゃないですか」
「いや、だってもうあの人たちに習う事ないしな、私」
「この天才は……」
あと、何故そこで頬を染めて照れるのだろう? 褒めたつもりはないのだけれど。でも、学ぶことがないのに授業に出続けるのも、確かに、それこそ時間の無駄なのかもしれない。それならいっそ、自分の好きな事に時間を使った方がいいだろう、と思考したところで、僕の顔はトマトみたいに赤くなった。
先輩が好きな事をする時間に、僕と一緒に居る事を選んでいるという事は、つまり、そういう事で、僕自身はその確信はないけど、やっぱりその、先輩は、ひょっとして、僕の事を――
「どうした? フリード」
「なななな、何でもないですよっ!」
うっかり自爆したことを悟られない様に、僕は両手をぶんぶん振る。ないない、絶対ない。僕みたいな奴が、そんな事を思う事事態、先輩に失礼だ。
「い、いいですか? 先輩。とにかく、今日はもう変な事はしないでくださいねっ!」
「ぺろぺろ?」
「本当にしないでくださいよっ!」
それを学園内でやられたら、流石に僕は先輩のファンに殺される。
僕は先輩を指差しながら、彼女をきっ、と見上げた。
「でも、先輩! 今日の最初の授業は、体育ですから!」
魔法を使うにも、体力は必要だ。魔法を発動している最中に、ばてて倒れては目も当てられない。そのために、定期的に体を動かす授業が用意されているのだ。
「男女別ですから! 流石の先輩も僕の授業に参加出来ませんからねっ!」
そう言い放ち、僕は先輩を置き去りにして学園へと歩みを進める。視線を切った時に、先輩の口角が歪んでいたのを、この時の僕はあまり意識していなかった。結論から言ってしまえば、この時の僕は甘かった、と言わざるを得ない。相手はあの、グローリア・チャンドラーなのだというのに。
男子寮、その僕の隣部屋を確保した彼女にとって、男女別の授業をどうこうするなんてことは、それこそ赤子の手をひねるよりも簡単だったのだ。
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