第一章 僕の先輩は、ダダ甘やかし系

 僕(俺)は、目を覚ました。見知らぬ天井どころか、見ず知らずの異世界に転生してきたばかりの僕の頭の中に、この世界と僕自身、つまり、フリード・リムの記憶が一気に流れ込んでくる。

 夕城竜兵とフリード・リムの記憶が混ざり合い、適当に作ったお好み焼きの生地みたいなものが出来上がった。それを焼き固める様に僕自身に焼き付けて、どうにか日常生活に支障が出ない様になるのだ。この世界の言葉、特に名詞は、僕の知っている単語に置換される事になる。

 この感覚は、何度やっても慣れそうにない。とはいえ、やる事はどこに、どの異世界に転生しても、一緒だ。

 僕はまとわりつく気だるさを振り払うように、体を起こした。その動きで、ベッドが軋む。華奢で、身長が低く、軽い僕の体重ですら、柔軟にベッドは受け止めてくれていた。

 寝癖が付いているであろう藍色の髪を撫でながら、僕は自分の部屋のカーテンを開ける。朝日が部屋に差し込み、僕は目を細めた。

 窓の外に見えるのは、巨大な城。某千葉のテーマパークや大阪にある魔法の人気アトラクションを思わせるその光景に、初めて見たわけでもないのに、僕は溜息を零した。

 マーケズィ魔法学園。それが今僕の居る場所で、そして僕が通っている学園。僕が起きた場所は、その男子寮というわけだ。

 部屋の中に視線を移すと、一年生の必修科目である、『現代魔法歴史』と『古代魔法 ~初級入門編~』の教科書が開かれた状態で、テーブルの上に無造作に置かれている。昨日出された宿題を片づけていたのだけれど、その後の片付けは力尽きてしまったのだ。

 僕はそれを、パジャマ姿のままカバンに収めていく。正直、今日も学園に行くのが憂鬱だった。

 この世界は、魔法が一般的に普及しており、各々自分の得意な属性が決まっている。その特異な属性を中心に魔法の使い方を学ぶのだが、それが今後自分の進路に大きく影響を与えるのだから、手を抜くことは出来ない。

 魔法の素質が高い人程、この世界では高給取りで、更にハイクラスともなると、国お抱えの魔法使いになる。正直、そのレベルともなると、僕には雲の上の存在だ。

 その雲の上の存在との邂逅を思い出し、僕は大きな溜息を付いた。それは、その存在が放つオーラに当てられると、自分の矮小さをまざまざと見せつけられたような気持ちになる。

 僕の得意とする属性は、水。一般的なもので、特にこれと言って特徴もないが、僕自身のどんくささが混じると、とんでもない事になる。水を操るのに、恐ろしく神経質にならなくてはならないのだ。この前の課外授業でも、そのせいで怪我をした。僕はそっと、自分の額を押さえる。そこにはガーゼが貼られており、まだ小さく血が滲んでいた。

 マーケズィ魔法学園は上級生下級生の交流を目的に、課外授業を定期的に行っているのだが、先週、僕はへまをしたのだ。

 自分の要領の悪さに、また溜息が出る。ただでさえ童顔という事で同級生たちからも馬鹿にされているのに、魔法も上手く使えないなんて、目も当てられない。

 最も、課外授業以降、馬鹿にされるような事はなくなった。その代り、奇異の目で見られる機会が絶大に増加したので、プラスマイナスで言うと、今の所、僕の胃に穴が開きそうなレベルでマイナスだ。それもまた、僕が学園に向かう足が重くなる理由の一つでもある。

 そう思いながらも、実際問題、授業をサボるつもりは、僕にはさらさらない。僕も、ただ落ちこぼれでいたいわけではないのだ。ないのだが、最近そうなっても許してくれそうな存在が現れたので、僕の意志がぐらぐら揺らいでいる。

 制服に着替えようと、僕は姿見鏡の前に立つ。小学生の様な僕の姿が、そこに映し出された。その現実に溜息を付きながらパジャマのボタンをはずし始めた所で、魔法鍵で施錠されていたはずの扉が、完全無抵抗に無血開城して、勢いよく開かれる。

 入って来たのは、将来、国お抱えの魔法使いになるであろう、僕にとって雲の上の存在であり、僕が同級生たちから奇異の目で見られる原因であり、僕が落ちこぼれになってもその包容力で全て許してくれそうな存在であり、寮室のお隣さんだった。

 先に繰り返しておくが、僕がいる場所は、男子寮だ。でも、入って来たのは、誰がどう見ても女の子。それも、誰がどう見ても、絶世の美少女だ。

「おやおやフリード。着替えをするなら一声かけてくれなければ困るよ。キミは怪我人なのだから、日常生活におけるその一挙手一投足、脈拍からその呼吸まで、全て私に任せてくれと言っているだろう?」

「いいから出て行ってくださいよ、先輩! 着替え中なんですからっ!」

 彼女の名前は、グローリア・チャンドラー。

 彼女が、何故だか僕に惚れている、お隣の美少女だ。

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