②
今日は、決戦当日。
それ以上の事は、言う必要はないだろう。
いつもの試験室ではなく、更に一回り大きい、そう、あの球体がゆうに二つ、そしてスクリーンはいつもの二倍の大きさが用意できる、そういう部屋に俺は来ていた。そして実際その球体が二つ、二倍の大きさのスクリーンが、この部屋にはある。柚乃と詩乃、二人が今日、どちらが次の社長に相応しいのか、勝負するのだ。
柚乃と詩乃は、既に球体に入っている。後は、ログインを待つだけだ。
『プレイヤーのログインを、確認しました』
無機質な機械音が、俺の耳に届く。
その言葉が正しいと言わんばかりに、眼前のスクリーン、右半分へキャラクターが表示される。現れたのは、もう見慣れたビキニアーマーの詩乃だった。何度見ても、彼女の姿は拝みたい程素晴らしい。
『プレイヤーのログインを、確認しました』
更に、無機質な機械音が聞こえて来た。
先程と同じように、眼前のスクリーン、しかし、今度は左半分へキャラクターが表示される。現れたのは、女帝の姿。柚乃のその姿も見慣れたと言えば見慣れたが、やはりお礼を言いたい程素敵である。
スクリーン上に映し出された、瓜二つのプレイヤー。双子のプレイヤー。姉妹が、その片方が勇者で、そしてもう片方が魔王だった。
「き、今日は、私が勝つよ、お姉ちゃんっ!」
詩乃の声が聞こえてきて、スクリーン上の彼女もファイティングポーズを取る。
「ふふーん、言う様になったじゃーん? しの。でも、今日はあーしが勝つしぃ」
柚乃の声が聞こえてきて、余裕そうなリアクションが、スクリーンに表現された。
入学式に拉致られてから、丁度一か月。ついに柚乃と詩乃、俺の教え子たちの勝負が、今始まろうとしている。
『勇者陣営のプレイヤー、魔王陣営のプレイヤー、双方正常にログイン出来たことを確認。これより、『勇者と魔王の物語(Take the Bad with the Good)』のβテストを始めます』
機械音は、そこで台詞を止めない。
『βテストの前に、アップデートのお知らせがあります』
そんな突然のアナウンスにも、柚乃と詩乃は慌てたような様子はない。何故ならそれは、既に二人に話している事だからだ。
しかし、次に機械音が放った言葉は、彼女たちの理解の範疇を越えているだろう。
『アップデートは、勇者陣営、魔王陣営の両方に対して行います』
「ど、どーゆーことっ!」
「え? えっ!」
二人の動揺が、そのままスクリーンに映し出される。しかし、アップデートは止まらない。
『勇者陣営には、魔王陣営で実装済みだったARによる動作補佐を。魔王陣営には、勇者陣営で実装済みだったVRによる動作補佐を。それぞれ追加いたしました』
「つまり、あーしが実装したシステムだけじゃなくて――」
「わ、私の実装システムだけじゃなくて――」
「「二人が得意なシステムが、両方に実装されたって事っ!」」
二人とも、理解力があって非常に助かる。
俺は既に二人に、この双子に、一番初めにゲームを指導した時に聞いていたのだ。
『べ、β版だからですよ! わ、私が魔王側に実装したシステムが勇者側にも反映されたら、私だって――』
『それ、一か月後の勝負に実装される見込みはあるのか?』
『わ、私が全力でやれば、何とか……』
『その間、お前のキャラクターは、誰が育てるんだ?』
『べ、β版だから! あ、あーしが勇者側に実装したシステムが魔王側にも反映されたら、あーしだって――』
『それ、一か月後の勝負に実装される見込みはあるのか?』
『あ、あーしなら、よゆーだしぃ!』
『その間、お前のダンジョンは、誰が育てるんだ?』
勇者を育てるのも、魔王としてダンジョンを育てるのも。
俺が、肩代わりした。俺が全部やった。
昨日は勇者で。
今日は魔王で。
明日の朝にはまた勇者。
そんな生活を、俺は今日まで、ずっと続けてきたのだ。
逆に言えば。
勇者側に実装したVRのシステムを、魔王側に実装するための時間が。
魔王側に実装したARのシステムを、勇者側に実装するための時間が。
柚乃と詩乃。二人が開発するための時間を、俺が作り出していたのだ。
何のために?
一体、何のためにそんな面倒なことをしたのだろうか?
それも、一番初めに二人に、この姉妹にゲーム指南をした時に聞いている。
『そ、そうですっ! もっと言うと、私が開発に関わっていたのはARの、魔王側の実装の方なんですよぉ! そ、そっちなら、そっちのプレイスタイルなら私、誰にも負けないのにぃ!』
『そうだしぃ! あーし、計算とか時間制限あると、あたまぼーんてなっちゃうのぉ! だからあーしが開発関わってたの、VRの、勇者の実装だけなんだからねっ! そっちなら、そっちならあーし、誰にも負けないしぃっ!』
「負けないんだろ? 自分が実装したシステムなら、誰にもさ」
これは、姉妹喧嘩なのだ。周りを巻き込み、会社を巻き込み、ついに引くに引けなくなった、姉妹喧嘩。
だったら全身全力で、全身全霊で、一切合切言い訳できない状態にして。
ガチンコで、殴り合いをさせるべき。
そうじゃなければ、不公平だろ?
「そぉぉぉたぁぁぁっ!」
「そ、想太くぅぅぅんっ!」
流石に一か月も一緒に居ると、俺の考えはすぐに伝わってくれるようだ。とはいえ、彼女たちには申し訳ない事をした。
柚乃は、自分だけ俺がフルカスタマイズしたダンジョンで、魔王によるVRの攻撃、詩乃へダメージを与えられると思っていた。
詩乃は、俺がフルマックスでレベルアップした勇者で、勇者を支援する街をARで育て、柚乃のダンジョンコアを破壊出来ると思っていた。
その目論見が、一気に崩れ去ったのだ。
だから俺は、二人に言っておくことがある。
「お互いに、公平に頑張って(フェアプレーで行こうぜ)」
『それでは、ゲームを開始します』
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