③
柚乃と詩乃、互いに息のぴったり合った怒号が聞こえて来た気がするが、機械音にかき消される。それに、俺の目は既にスクリーンに釘付けになっていた。早く見たいなぁ、柚乃と詩乃のプレイ。
先に動いたのは、やはり詩乃だった。というか、TBGは勇者が魔王のダンジョンに入って始まるゲームなので、先攻は勇者側になる。
スクリーン上右側、勇者側の表示は、魔王のダンジョンの様に神視点になっていた。ダンジョンの近くにある街が、ダンジョンへ挑む勇者の支援をする、という立て付けなのだ。
街と言うより、村に近かったそれは、詩乃の指示であっという間に成長していく。最初は農民が鍬を持ってダンジョンに向かっていたのだが、村が街へとその姿を変えていくにつれ、送り出されるのは兵士や槍、弓、楯や、騎馬兵なんかも出来上がっていった。
勇者側は魔王と違い、マナではなくゴールドで街を増築していく必要がある。ダンジョンとは違い、ゴールドは街の税金として取り立てている設定なので、街を栄えさせないと、ゴールドは増えない。しかし、街の繁栄ばかりでは、勇者の支援が出来なくなってしまう。そこを詩乃は街を最速で育てる最適解を導き出し、育てていく。
一方スクリーンの左側、魔王側の表示は、勇者のようにキャラクター視点になっている。ダンジョンの中を、そのダンジョンの主である魔王が歩き回っている、という立て付けなのだ。
魔王自身で戦うシステムは、今日アップデートがあったばかり。つまり勇者のレベルが一の様な状態なのだが、中々どうして、柚乃はクリアリングが上手い。最初は勇者に突撃しようとしていたのだが、圧倒的な防御力でトラップを薙ぎ払うNPC扱いになった勇者を見て、方向転換。詩乃が作り出した、まずは弱い農民たちから駆逐し始める。
レベル一の魔王は、下手をすると農民にもやられてしまう。しかし、NPCの農民の動きなど物ともしないと言わんばかりに、柚乃が攻撃をかわし、逆に鍬を奪って反撃を仕掛けていく。背後から迫る敵はダンジョンのトラップに対応させたり、まるで背中に目があるようだ。
互いに自分の実装システムなら負けないと豪語していただけあり、二人とも、俺から見ても滅茶苦茶上手かった。あのポンコツ勇者とポンコツ魔王は、一体どこに行ったのだろう? いいぞもっとやれと思うのと同時に、この二人と対戦してみたいという欲求が、俺の中から湧き上がって来る。
でも、ダメだ。
今は、今この時間、この瞬間だけは、今このゲームは、互いに全力をぶつけられるようにアップデートされたTBGは、彼女たち双子のために存在するのだから。
柚乃はレベルのポイントを攻撃力に全振りしているのか、その攻撃が斬撃として飛び道具になっている。柚乃の視界に入った瞬間、そのキャラクターは絶命させられていた。
一方詩乃は、遠距離攻撃が行える魔術師とトラップを解除するのに長けた盗賊を生み出し、ダンジョンに送る。近くのトラップは盗賊に解除させ、遠くのトラップは魔術師に破壊させる戦法なのだ。
一進一退の攻防が続く。
「柚乃、勇者にそろそろ戦いを挑まないとダメなんじゃないか?」
「わーってるしぃ!」
「詩乃、そろそろ制限時間を気にした方がいいんじゃないか?」
「わ、わかってますっ!」
俺が煽った通り、勇者がダンジョンコアに徐々に近づいていっている。一方時間も迫っており、魔王とトラップの猛攻が激しい。
煽ったのは、ワザとだ。ゲームをプレイしている極限状態でなら、いや、この極限状態でなければ、双子は互いに秘めた思いを吐き出せないだろう。
さぁ、お膳立ては整えた。そう、俺が整えてやったとも。後は存分に、語り合ってくれればいい。
「そ、そーたぁ言ったじゃん! 二人なら、あーしと一緒なら勝てるってぇっ!」
柚乃が叫びながら、鎧の兵士の体を真っ二つにする。吹き飛ぶ兵士の体はまた別の兵士へとぶつかり、錐もみ回転しながら敵を薙ぎ払っていった。
「そ、想太くん、言ってくれたじゃないですかぁ! わ、私と二人じゃなきゃ、ダメ、だってっ!」
街は要塞になるまで育っており、そこから生み出された火竜の戦車が、ダンジョンに送り込まれていく。
「あーしを選んでくれたんじゃないのぉっ!」
「わ、私を選んでくれたんですよねぇっ!」
あれ? 何故、会話の中心が俺なんだ? おかしい。おかしいだろ? ここは姉妹愛を確かめる所で――
「はぁ? はぁっ! そんなわけないしぃ! そーたはあーしを選んでくれたんだしぃっ!」
「ち、違います! 想太、想太くんは、わ、私をえらんでくれたんですぅっ!」
魔王はついにダンジョンの外に飛び出し、勇者を送り出した要塞へと取りついた。一方その要塞も魔王の存在に気付いたのか、もはや内政を放り出した。勇者の支援より魔王そのものに対し、全力で作り上げた銃兵の連隊をぶつけていく。
「だ、大体お姉ちゃん、ずるいでぅっ!」
「はぁっ! あーしのどこがずるんだしぃっ!」
「だ、だってお姉ちゃん、お洒落で、運動神経、すっごいいし、VR作れるし……」
「そ、それならしのの、しののほーがずるいしぃっ!」
「ど、どこがっ! わ、私のどこがずるいって言うんですかぁっ!」
「あーしより勉強出来るしぃ! 料理上手で、AR作れて、しかも、すっごく可愛いしぃぃぃっ!」
「は、はぁぁぁあああっ? お、お姉ちゃんの方が私より、ずっとずっと、ずぅぅぅっっっっと可愛いですぅぅぅっ!」
「ばーかばーかばーかぁっ! しのの方がしののほーがぁ、あーしより、ずっとずっと、ずぅぅぅっっっっと、可愛いですぅぅぅっ!」
魔王が要塞を完全粉砕した頃には、勇者もダンジョンのトラップを一切合切破壊していた。
俺は、スクリーンを見上げる。
制限時間は、残り、一分。
「あーしより可愛くて何でもできるしのは、しゃちょーなんかあーしに任せて、もっと好きな事やればいいんだしぃぃぃっ!」
「だ、だから私より可愛いお姉ちゃんこそ、社長なんか私に任せればいいんですぅ! も、もう私の為に我慢せずに、す、好きな事すればいいんですぅぅぅっ!」
魔王がダンジョンの入り口から、全速力で戻って来る。一方勇者も、ダンジョンコアの位置を探り当てていた。
残り、三十秒。
「だったらあーしにしゃちょー任せればいいじゃん! あーしゲーム作るの好きだしぃ! だからしのは、無理せずあーしとぱぱに全部任せればいいんだしぃぃぃっ!」
「だ、だからそうやって全部一人で背負おうとしないでよぉ、お姉ちゃんっ! い、いつ私がゲーム作るの嫌いだって言ったんですかぁっ! お、お姉ちゃんこそ、お父さんと私に任せて、好きな事、すればいいんですぅぅぅっ!」
「だから好きだって言ってるんだしぃぃぃっ!」
「わ、私も好きなんですぅぅぅっ!」
瞬間、左側のスクリーンが暗転。次の瞬間には、神視点のダンジョンが表示される。そしてダンジョンコアに迫る勇者の前に、毒の沼のトラップが設置された。
柚乃が、やったのだ。
柚乃以外がやれるわけがない。ここは柚乃のダンジョンで、柚乃がプレイヤーで。
柚乃が初めて、詩乃の作ったシステムを使いこなしたのだ。
勇者がトラップに足を取られ、ダメージを受ける。しかし、継続して毒のダメージを受けながらも、それでも勇者は止まらない。
残り、十秒。
そこに、魔王が戻って来た。
スクリーンが暗転して、柚乃がまた魔王を操作する。
NPCの勇者は、それでも一直線にダンジョンコアに迫る。
あと、五秒。
柚乃が全力で駆け抜け、勇者の後ろから回し蹴りを食らわせる。
しかし、防御力に全振りした勇者の動きは止まらない。
残り、四秒。
NPCの勇者が、ダンジョンコアの前に立つ。
魔王が連撃を放ち、勇者のライフが減っていく。
残り、三秒。
勇者は剣を振り上げ、そしてダンジョンコア目がけて振り下ろした。
ダンジョンコアに、ヒビが入る。
後一撃で、ダンジョンコアは破壊される。
残り、二秒。
NPCの勇者は更に剣を振り上げ、そして振り下ろした。
しかし、振り下ろされた剣のその先は、ダンジョンコアではない。
魔王だ。
魔王の勝利条件は、二つ。
勇者のライフをゼロにする事。
そして、制限時間内に、ダンジョンコアが破壊されない事。
つまり、魔王が生存している必要なないのだ。
柚乃が魔王を犠牲にして、一手稼いだのだ。
NPCの勇者の剣は、魔王の体を貫き、止まる。
残り、一秒。
瞬間。
スクリーンの右側が暗転。次の瞬間には、勇者が見ているであろうキャラクター視点が表示される。そして、止まっていた勇者の腕が再び動き始めた。
詩乃が、やっているのだ。
詩乃以外が出来るわけがない。あの勇者を操作しているのは、プレイヤーの詩乃で。
詩乃が初めて、柚乃の使ったシステムを使いこなしたのだ。
勇者の剣が、ダンジョンコアに向かって突き進む。
貫かれた魔王も、散りゆく前に必死に足掻いている。
「しぃぃぃのぉぉぉっ!」
「お姉ちゃぁぁぁんっ!」
ダンジョンコアが、破壊される。
そして、画面に結果が表示された。
『ダンジョンコアが、破壊されました』
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