「……そーた、驚きすぎだしぃ。ただの眩暈だってばぁ。あーしは、大丈夫だからさぁ」

「黙ってろ」

 自分の危機管理能力のなさに、反吐が出る。こいつが一体何に、そしてどれだけ頑張っていたのかは、こいつの傍にいた俺が一番わかっていたはずなのに。

 そして何より、柚乃がこれ程までに頑張る原因を作ったのは、俺だった。俺の作戦を受け入れたのは、確かに柚乃なのかもしれない。

 でも、柚乃が倒れた原因は、間違いなく俺にある。

 嫌がる柚乃を連れて、どうにか俺は保健室へとやって来た。扉を開けるが、先生の姿が見えない。肩を支える柚乃を見ると、顔が少し赤くなっている。俺を見上げる瞳も潤んでおり、密着した体も、心なしか熱い。熱があるのかもしれない。

 二つあるベッドの一つに、左側へ柚乃を寝かせる。

「ちょっと待ってろ。先生呼んでくるから」

「ま、待ってっ!」

 職員室へ向かおうとする俺の腕を、柚乃が掴んで引き留める。息は少しだけ荒く、その目が不安に揺れていた。

「……上手く、行くかなぁ?」

 柚乃の手に引かれて、俺はベッドの脇に座る。

「あ、あーし、ちゃんと、勝てる、かなぁ?」

 幼子が両親の手を求めるように、柚乃の細い指が俺の指に絡みついてきた。

 俺は柚乃の綺麗な瞳を見つめて、こう口にする。

「無理だよ」

「……ぇ」

「俺とお前の二人じゃなきゃ、ダメだ。例の実装も、パラメーターの設定も、俺が見てるだろ?」

「……ばーかぁ」

 怒られると思ったが、予想に反して、柚乃は嬉しそうに、安心した様に笑った。

「じゃぁ、あーしとそーたなら、だいじょーぶぅ?」

「ああ。約束したろ? 俺が、お前を勝たせて(幸せにして)やる。俺がいるから、大丈夫だよ」

「……どぉしてぇ?」

「ん?」

「どぉしてそーたぁ、あーしの為に、色々してくれるの?」

 細い指に、少しだけ力が入る。瞼から透明な雫が零れんぐらいに溢れ、潤んだ柚乃の瞳が、俺を真っ直ぐに見つめていた。その瞳に応じるように、俺の口は、彼女へと近づいていき――

「金のためだ。小埜寺社長からお前らのサポート費、もう振り込まれたしな」

「……」

「そして俺には信念がある! ゲームは皆楽しくやらなければ、嘘であるとぉっ!」

「……バカじゃないの」

 視線だけで人を殺せそうな眼光になっていた柚乃の頭を、俺は撫でる。

「そうだよ、バカだよ。バカがバカ話して、柚乃も緊張が解れたろ? 今弱音吐いてるようじゃ、当日もたねぇぞ」

「……何、それ」

 微かに、そしていつものように笑ってくれた柚乃の顔を見て、俺は内心ガッツポーズしながら勝訴と書かれた紙を高らかに掲げた。

 あっぶねぇ! ヤバかった、マジヤバかった今! 勢いに任せて若気の至りに至りつくす所だったわっ!

 いくら相手が弱っているとはいえ、それに漬け込むような行動は公平ではない。

 わざとバカ話をしたのが柚乃に伝わってくれて、本当に良かった。ここは学校で、まだ授業中で、保健室に先生が戻って来る可能性もあるのだ。俺みたいな奴と噂になるような事になれば、この妹想いの女の子は、一体どれだけ悲しむことになるだろうか。

 そして、柚乃は頭のいい子だ。その辺り、理解してくれたのだろう。若干物足りなさそうに口を尖らせている様にも見えるが、それはエロガキである俺の妄想だ。

「ほら、もう寝ろ。寝て、また一緒に頑張ろう」

「……ばーかぁ」

 小さくそう口にして、柚乃は安心し切ったように眠りについた。

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