十日目。俺が魔王側になるのは、五日目だ。

「――と、いうのが作戦だ。これで間違いなく、お前は勝てるよ、柚乃」

 そう言うと、柚乃は怪訝そうな表情を浮かべて、俺の方を見上げる。試験室のスクリーンには、女王様、柚乃に言わせれば、キャバ嬢姿の柚乃が映し出されていた。

「だいじょーぶかなぁ? しの、突然のアップデートとか、受け入れてくれなさそうだしぃ」

「大丈夫も何も、それをやらないと勝てないぞ。ただでさえお前、ポンコツ魔王なんだから」

「そ、そんな言い方するなしぃ……」

 おい、そんなウネウネするな。

「大丈夫だよ。アップデートは詩乃にも認めてもらえるから」

「お、そーた、自信満々じゃんっ!」

 俺は柚乃からセンサーとゴーグルを受け取ると、自分の身に装着し始める。

「それより、俺の作戦が上手くいくかどうかは、お前の実装にかかってるんだぞ? 間に合うのか?」

「へーきへーきぃ! あーしに任せてっ!」

 自信満々にそう言われると、逆に俺の方が心配になって来る。

「本当に、大丈夫か? それとも、この会社の仕事手伝うの、本当は嫌なのか?」

「そ、そんな事ないしぃ!」

 勢いよく顔を上げ、柚乃は俺の両の瞳を見つめる。

「そりゃー、最初はあーしも、ぱぱの手伝いが目的だったわけじゃん? でもでも、今はゲーム作るの、たのしーしぃ! ぱぱも喜んでくれて、サイコーじゃん?」

 学校で取り乱したことを思い出したのか、柚乃は照れたように笑いながら、それでも嘘偽りのない言葉を口にする。

「あ、あーし、このままぱぱの会社でゲーム作っていけたらいいなぁ、って思ってて……。あ、あはははっ! に、似合わないよね、あーしがこんな、真面目な話すんのさっ!」

「なら、社長になるのは嫌じゃないんだ」

 誤魔化そうとする柚乃を、俺は真剣な顔で見つめる。柚乃もそれに気づいたのか、俺の方をちゃんと真っ直ぐ見返していた。

「しゃちょーになる! っていうのは、売り言葉に買い言葉っていうか、しのの事もあったから。で、でもでも、あーし、しゃちょー、無理だし! 計算とかそういうの、あーし、向いてないしぃ!」

「なるほど」

 柚乃としても、引くに引けない状況というわけか。

「じゃあ俺としては、柚乃が世界中に恥をさらさないように、ダンジョンの改築を進めておきますかね」

「あ、ありがとう……」

 俺の言葉に、柚乃は恥ずかしがるように身をよじった。

 柚乃にも詩乃と同様、二人の勝負がネットに配信される事を話している。

「で、でもでもでもっ! あ、あーしやっぱり、恥ずかしいしぃっ!」

「……編集したい所があれば、後で編集すればいいだろ?」

「や、やっぱりやらないと――」

「ダメ」

「……ぶーぅ!」

 そう言って柚乃は、頬を膨らませた。

「ほら、恥ずかしがってないで、柚乃は作戦の準備を進めてよ。俺は柚乃がどれだけポンコツでも、まともな魔王に、ダンジョンに見えるようにトラップ仕掛けとくからさ」

 そこまで言って、柚乃は渋々と言った表情で引き下がる。でもその瞳は、ポンコツポンコツいいやがって、絶対目に物見せてくれる、と言う並々ならぬ決意が感じられた。

「じゃーその代り! そーた、絶対、ぜーったい、あーしたち、しのに勝つしぃっ!」

 いぃーっ! と口を横に広げ、その白い歯を見せる柚乃を追い払うように手を振ると、俺は球体の中に入っていく。自分の女帝、柚乃に言わせればキャバ嬢姿がスクリーンに表示されるが、明鏡止水の境地に達した俺に死角はない。両手を合わせて、ダンジョンに招く勇者のレベルを選択。選択したのは、最高レベルの勇者。勝負の日まで、ダンジョンの改築をする期間は、残り三分の二しかない。だから一番効率のいい方法を選択した。

 詩乃の勇者は、俺がレベルを上げている。しかも防御力全振りだ。最高レベルの勇者を撃退出来ないようでは、柚乃のダンジョンは強引に突破されてしまう。

 全自動のトラップだけで勇者を撃退するには、トライアンドエラーで試行錯誤を重ねて、最適解を導いていくしかない。

 最低レベルの勇者とは違い、勇者はまず様子見という形でダンジョンへ足を踏み入れてくる。NPCの勇者のレベルを上げると、恐らく勇者の行動パターンを司るAIのレベルが上がるのだろう。制限時間をめいいっぱい使い、ライフを計算しつつ、その両方がゼロになる前にダンジョンコアを破壊する。そういう意図が、最高レベルの勇者の行動から読み取れた。だから魔王としては、その逆をやればいい。ダンジョンの道は出来るだけ長く、しかも一本道では勇者の行動を制限できないので、枝分かれさせる。行き止まりの道すらも有効活用できるよう、ダンジョンの上の階が落下してくる様な時限式のトラップも設置。移動速度を低減させる泥の沼や、一度足を踏み入れると継続してダメージを与える毒の沼も配置する。もちろん、地下に落下するトラップや、両脇から槍が突き出てくる古典的なトラップも忘れない。同じようなトラップだけでは、すぐに勇者に見破られ、破壊されてしまう。

 神視点のゲームで重要なのは、全体感を把握する事だ。それはTBGで言えば生成されるマナの量であったり、設定された制限時間であったり、勇者のライフであったり、トラップの効果とダメージを与える範囲でもある。それはいわば、ゲームの、そしてそのゲームが表現している世界そのもののを、理解し、理解し切る事だと言っても過言ではない。神視点とは、その名の通り神様の目。プレイヤーは神となり、ゲームという、ダンジョンという一つの世界を見守るのだ。

 勇者が右の通りへ歩みを進める。そこは一定間隔でギロチンが落ちてくる通路になっており、タイミングを見計らないと進むことが出来ない。それだけで勇者からすれば多少の時間ロスになるが、その前方から弓を放つトラップも設置している。ギロチンの間から矢が放たれ、少しずつ、しかし確かに勇者のライフが削られる。そこを通り抜け、角を曲がると下の階に続く階段が見えた。が、残念ながら、前方から巨大な岩が転がり落ちて来る。当たれば大ダメージは避けられない。勇者はいったん引くが、岩が角に挟まり、道を塞ぐ。先程までダンジョンを最短経路で進んでいた勇者は、道を引き返さざるを得なくなった。戻る道にはまた矢を放つトラップがあるが、流石にそれは勇者が剣を振るい、破壊した。しかしまだギロチンのトラップがあり、時間をじわり、じわりと削っていく。

 よし、想定通りの連動だ。

 初日にプレイした感覚で、視線誘導の補助があれば、最適なトラップの設置が出来る事は確信していた。しかし、設置したトラップ同士の相乗効果はプレイヤーの工夫に任されていると感じたため、試してみたのだが、想像以上の結果を残してくれている。恐らくまだ探れば、より良い組み合わせに出会えるだろう。

 この辺りの実装は、詩乃が頑張ったはずだ。

 俺は微かに口角を吊り上げ、勇者のライフと時間を削りつくした。

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