②
九日目。俺が勇者側になるのは、五日目だ。
「――と、いうのが作戦だ。これで間違いなく、お前は勝てるよ、詩乃」
そう言うと、詩乃は不安そうな表情を浮かべて、俺の方を見上げる。試験室のスクリーンには、ビキニアーマー姿の詩乃が映し出されていた。
「で、でも、そんな、そんなアップデート、大丈夫、なんでしょうか?」
「大丈夫も何も、それをやらないと勝てないぞ。ただでさえお前、ポンコツ勇者なんだから」
「は、はうぅ……」
おい、そんなモジモジするな。
「大丈夫だよ。アップデートは柚乃にも認めてもらえるから」
「だ、断言、するんですね」
俺は詩乃からセンサーとゴーグルを受け取ると、自分の身に装着し始める。
「それより、俺の作戦が上手くいくかどうかは、お前の実装にかかってるんだぞ? 間に合うのか?」
「そ、それは大丈夫! だと、思います……」
自信なさそうにそう言われると、流石に俺も心配になって来た。
「本当に、大丈夫か? それとも、この会社の仕事手伝うの、本当は嫌なのか?」
「そ、そんな事ないですっ!」
勢いよく顔を上げ、詩乃は俺の両目を見つめる。
「さ、最初は私、お父さんのお手伝いをするのが目的でした。で、でも、今はそれだけじゃなくて、ゲーム作るの、楽しくてっ」
学校で思いのたけを吐き出せたからか、詩乃はストレートに俺へ思っている事をぶつけてくれるようになっていた。
「わ、私、将来、ゲーム関連の仕事に就きたいんです。お、お父さんの会社で、ずっと働けたらな、って」
「じゃあ、社長になるのは嫌じゃないんだ」
「し、社長なんて! む、無理ですぅ! あ、あれは、売り言葉に買い言葉というか、そう言わないと、お姉ちゃんが……」
「なるほど」
詩乃としては、引くに引けない状況というわけか。
「じゃあ俺としては、詩乃が世界中に恥をさらさないように、キャラクターのレベル上げをしておきますかね」
「は、はぅ……」
俺の言葉に、詩乃は体を小さくした。
TBGの促進、そしてゲームの盛り上がり具合を測定するために、第三者の目を入れる事を、俺は小埜寺社長に提案した。結果は先程言った通りで、柚乃と詩乃の勝負は、ネット上で動画配信される事になる。
「や、やっぱり、動画、配信、するんでしょうかぁ?」
「……編集したい所があれば、後で編集すればいいだろ?」
「うぅ……」
そう言うと、詩乃は顔を赤らめて俯いた。
「ほら、恥ずかしがってないで、詩乃は作戦の準備を進めてよ。俺は詩乃がどれだけポンコツでも、まともな勇者に見えるように防御力上げとくからさ」
そこまで言って、詩乃はようやく納得したように頷いた。でもその目は、ポンコツポンコツいいやがって、今に見てろよ、と言う意気込みも感じられる。
「は、はい。が、頑張って、お姉ちゃんに勝ちましょうね、想太くんっ!」
その笑顔に手を振って、俺は球体の中に入る。自分のビキニアーマーがスクリーンに表示されるが、心を無にして、ダンジョンを選択した。選択したのは、最高レベルのダンジョン。勝負の日まで、キャラクターのレベルを上げれる期間は、残り三分の二しかない。だから一番効率のいいレベル上げを選択した。
TBGは、プレイヤーの操作スキルも重要になる。
今まで詩乃に任せていて、ほぼレベルが上がっていない勇者でも、俺なら最高レベルのダンジョンを踏破出来る自信があった。
最低レベルのダンジョンとは違い、巨大な城門が、眼前に現れる。侵入者を防ぐための矢が俺に迫るが、その事如くを手にした剣で叩き落した。瞬間、城門が開き、中からスケルトンの兵士が波のように現れる。が、そこに先程撃ち落とした矢を拾い上げて投擲し、先制攻撃に成功。崩れ落ちる兵士の手から楯を奪うと、楯でモンスターを押し込めるように殴りつけた。モンスターを城門の中に押し込める事に成功したが、それでも城門からモンスターたちが這い出てくる。しかし、それでいいのだ。それが俺の戦略だ。四方八方をモンスターに取り囲まれては、すぐにライフがゼロになってしまう。だが、一匹一匹であれば、簡単に対処できるのだ。なに、飛んでくる矢なんて、後ろにも目をつけていれば、どうという事はない。
キャラクター視点のゲームで重要なのは、クリアリング、つまり安全地帯を確保する事だ。ダメージを受けない場所、ここの方角から攻撃を受けない、とわかっているのであれば、そちらを気にする必要はない。攻撃が来る方向を限定する事で、どこに集中力を割けばいいのか、そして次に自分はどうすべきなのか、思考をシンプルにすることが出来る。矢を撃たれる方向がわかっているのなら、そこだけ気を付ければいいのだ。
槍を持ったガーゴイルが、頭上から迫って来る。俺は手前のグリズリーの懐へあえて飛び込み、その攻撃を回避。だが当然、グリズリーの剛腕がこちらに迫って来る。だから俺は、懐に飛び込んだ勢いそのままに、グリズリーの股下を潜り抜けた。俺の姿を見失ったグリズリーが、一瞬狼狽。動きを止めたその巨体に隠れて、ガーゴイルも俺の姿を見失う。その隙をついて、俺はガーゴイルの腕、槍を持つ腕を切断。腕が槍ごと宙に跳ねる。跳ね上げた槍を掴むと、それをグリズリーの頭部へ深々と突き刺した。槍に残ったガーゴイルの腕が地面に落ちるのと同時に、グリズリーが力尽きる。物言わぬ死体となったグリズリーが、ガーゴイルの上へ圧し掛かった。身動きが取れないガーゴイルへ、俺は余裕を持ってとどめを刺す。
よし、想定通りの動きだ。
初日にプレイした感覚で、視線誘導と踏み込みを使い分ければ、これぐらいの自由度でキャラクターを動かせることは確信していた。嬉しい誤算だったのは、そこに身振りを合わせる事で、更に自由度の高い動きが出来るという事だ。
この辺の実装は、柚乃が頑張ったのだろう。
俺は微かに口元を緩めると、やがてダンジョンコアの破壊に成功した。
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