第三章

 小埜寺姉妹のゲーム指南を引き受けて、八日目の夜。ポンコツ勇者は四日間教えてもポンコツで、ポンコツ魔王は四日間教えてもポンコツだった。

 ディスプレイ上に映し出されたスナイパーを操り、俺はスコープを覗き込む。敵の頭部を吹き飛ばし、リロード。自分が操作するFPS上のキャラクターはこうも思い通り動くのに、現実はどうしてこんなにも思い通りに行かないのか。

『それで、にゃにをにゃやんでるのかなにゃ? そーたきゅん』

「は? 何がだよ」

 アサルトライフルを使い、敵のポイントマンたちを虐殺するショコラに、俺は苛立たし気にそう返した。

『ショコラとそーたきゅんの付き合いにゃ。誤魔化せるものじゃにゃいにゃ?』

「だから、何の――」

『芋砂やってる時のそーたきゅんは、絶対何か考え事してるにゃ』

 確かに、スナイパーを使っている時、俺は凸砂を良く好む。遠距離攻撃主体のスナイパーでありながら、特攻をかけるのが好きなのだ。何故ならみんな、そっちの方が喜んでくれるから。

 ショコラへ返事をする代わりに、俺はまた引き金を引く。そしてリロード。

『にゃやめる少年よ。このショコラたんに、にゃやみを言ってみるといいのにゃ』

「キラキラネームがお悩み相談ねぇ」

『おい。だからリアルの話はやめろ』

 ショコラの本名は、鹿崎 初恋羅(しかざき しょこら)。信じられないだろうが、こいつは本名を使ってネットで動画配信をしている。まぁ、本名がショコラだと思う奴の方が少ないだろうが。

『どーせ大方、あの役満姉妹のことだにゃ?』

「まだ八役しか揃ってないだろ」

 数え役満までは、後五役必要だ。

『にゃははははははっ! じゃあやっぱり、あの双子の事でお悩みだにゃ?』

 誘導に引っかかった事に舌打ちすると、ショコラはご機嫌で敵陣に突っ込んでいく。ショコラの操作するキャラクターは相手の狙撃ポイントに達し、こちらを狙っていたスナイパーたちを掃討していった。俺も、角に身を伏せ、ショコラを待ち伏せしている敵を狙撃する。

「芋掘り乙」

『角待ち、もう大丈夫にゃ?』

「一秒くれ。……終わった」

『で、どっちにするにゃ?』

 もう無駄な誤魔化しはするなと言うショコラの強い意図を感じ取り、俺は嘆息した。

「……気軽に言ってくれる」

『ショコラのお仕事じゃないにゃ』

「お前が回したんだろうが!」

『それを引き受けたのは、そーたきゅんにゃ。そして双子の勝負が終わったら、もうそーたきゅんの人生には関係ないにゃくにゃるにゃ』

 ショコラが手榴弾を投げたのを見計らい、俺は場所を移動する。苛立たし気に援護射撃をしながら、やはり俺は舌打ちをした。

「そうだな。確かに、俺には関係がない」

 柚乃が勝てば、詩乃が負ける。

 詩乃が勝てば、柚乃が負ける。

 俺がサポートしていた方が勝ち、サポートしていた方が負けるのだ。しかも、どちらに転んでも、結果は同じ。

 そう、同じなのだ。どちらに転んでも、あの双子は涙を流す。

 どっちもどっちだ。柚乃も詩乃も、どっちもどっち。

 互いに双子の片割れの事を想い、身を差し出さんばかりに俺に迫って来た、あのポンコツどもを。

 どちらか片方を選ぶことなんて、俺には出来ない。

「……互いに互いの事を大切に思ってるくせに、後に引けなくなって、それでもやっぱり相手の事が大切だから自分を犠牲にしようとしている奴らの事、お前どう思う?」

『九役目?』

「お前の血は何色だ?」

『ご両親との仲はどうなのにゃ?』

「またこれが、見事にすれ違ってる」

『十役目!』

「家族愛で一役だろ」

『にゃぁ……。そーたきゅん、判定厳し過ぎるのにゃ』

 気落ちした様にショコラはそう言うが、ショコラが操るキャラクターは舐めプするかの如く、装備をナイフに切り替えて敵陣へと突っ込んでいく。俺も一発撃ち、リロード。その場を移動する。

『でも、もう答えは出てるんじゃないかにゃ?』

「ん? 何がだ?」

『もぅ! そーたきゅんがさっき言った話にゃぁ!』

 それはつまり、自分を犠牲にする事で、大切な人をどうにかしようとしている奴の事で――

『大切なら大切だって、ちゃんと言葉にするべきにゃ』

「……それが言えないから、ややこしい話になってるんだろ」

 一発撃って、リロード。その場を移動する。

『それなら誰かが代わりに聞いてあげればいいのにゃ! 普通に聞いてだめにゃら、無理に聞き出すべきにゃぁ!』

 それは図らずしも、既に俺が柚乃と詩乃に行っている事だった。

「それをする事で、そいつが、そいつらが泣く事になっても?」

『それをする事で、どれだけ鼻水流しても、ダサい顔ににゃっても、ボロボロに、ズタボロに、ドロドロににゃっても、絶対、絶対言うべきにゃ!』

 一発撃って、リロード。その場を移動しながら、もう一発。更にリロードして、俺はヘッドショットを決め続ける。

「……断言、するんだな」

『当然にゃ! にゃかよく出来るなら、にゃかよくすべきにゃっ!』

 ショコラの言っている事は、こう言う事だ。

 出来る事なら、家族は仲良くすべきである。

 ショコラが言うと、説得力が違う。

「……そうだな」

 そうだ。選ぶべきものなんて、決まっている。

 

「家族が仲良くできる方法があるのなら、仲良くした方がいいに決まっている」

 

『その通りにゃ!』

 一発撃って、リロード、する前に、ゲームが終了した。気づけばもう、敵兵の姿は画面上に見えなくなっている。

『にゃははははははっ! やっぱりそーたきゅんは、芋砂より凸砂が似合うのにゃっ!』

 そう言えば俺は、話しながら俺は同じ場所に潜むのではなく、移動を、敵に向かいながらゲームをプレイしていた。

『もう、決めたのかにゃ?』

「ああ、そうだな」

 そうだ。こんなの、おかし過ぎるだろ? だって、どちらが勝っても、柚乃と詩乃は不幸になる。おかしい。こんなの、こんなの全然、公平じゃない。勝負の公平性(ゲームバランス)が崩れ過ぎている。これではそもそも、ゲームをスタートすることが出来ない。だから、何かが間違っているのだ。

 間違っているのなら、正せばいい。

 そう、公平で、勝つ意味のある、皆が楽しめるのが、ゲームの本質のはずだ。

「だから当然、お前も手伝えよ? ショコラ」

『……はぁ、しょうがないにゃあ』

 ショコラは露骨に溜息を付くが、俺が何に悩んでいて、どんな結論を下すのかも、ある程度予想していたのだろう。というか、確実にしていたはずだ。

 何故ならこいつは、どっちにするのか? と俺に聞いたが、柚乃と詩乃、どちらを選ぶのか? は聞かなかった。

 ショコラは最初から、俺がショコラに手伝わせるのか、それともしないのか、どっちにするのか? と俺に聞いていたのだ。つまり、俺がショコラに迷惑をかける選択を迫っていたのだ。

 俺とショコラの付き合いだ。俺の葛藤ぐらい、こいつはお見通しだろう。

 俺が解決しなければならない問題は、次の二つだ。

 

 一つ。柚乃が幸せになること。

 柚乃の幸せとは、詩乃が自分の好きな事を選択し、自由に羽ばたけるようにしてやることだ。その手段として、柚乃は自分が父親を支え、その後を引き継いで次期社長になろうとしている。

 

 一つ。詩乃が幸せになること。

 詩乃の幸せとは、柚乃が詩乃にとらわれることなく、自分の好きな事を出来る様になること。その手段として、詩乃は自分が父親を支え、その後を引き継いで次期社長になろうとしている。

 

 二律背反。どちらかを取れば、どちらかを捨てなければならない、矛盾した問題。だが、これでゲームの準備が整った。ようやく見えて来た。この無理難題を解くのが、俺の勝利条件だ。

『どーせまた、無茶な事考えてるにゃ?』

「当たり前だ。俺の信念は、知ってるだろ?」

 そう、ゲームは皆楽しくやらなければ、嘘なのだ。

「俺が、俺のプレイが、俺の全力のプレイが、見ている人たちを全員幸せにして見せるぅっ!」

 だからここから、ゲームスタートだ。

『はいはい、ドヤ顔ご馳走様にゃ』

「……だから、見てないのに何故わかる」

 そこから俺は、今日まで考え続けていた、無理難題を解決する、無茶困難な解決策を、ショコラに話した。

『無理過ぎるにゃ!』

「でも、そうするしか方法はない」

『偶然に頼る要素が多いのと、推測で話を進め過ぎているのにゃ!』

「それは一理あるな。つまり、不確定要素が多すぎる、というわけだな?」

『そうにゃ!』

「なら、確定させよう。ショコラ、お前ちょっと小埜寺社長と交渉して来いよ」

『無茶過ぎるのにゃ!』

「手伝うっつったじゃねーかっ!」

『逆切れ酷いにゃぁ!』

 議論は深夜まで続き、よりいい答えに、より確実な勝利へと、荒唐無稽な案がゲームの攻略法の如く、現実性を帯びたものに昇華していく。

 やがて一通り話し終えると、ショコラは疲れ切った声でこう言った。

『相変わらず、無茶し過ぎなのにゃぁ』

「わかってただろ?」

『新作ゲームで手を打つのにゃ』

「……助かる」

『テストプレイも手伝ってもらうのにゃ! 社長さんには、ショコラから連絡しとくのにゃ。役満姉妹には、そーたきゅんから連絡しておいて欲しいのにゃ!』

「だから、まだ九役しか――」

『ドラにゃ!』

「は?」

『実は、姉と妹がドラにゃ』

「何だその特殊ルール!」

『裏ドラは双、子で、四役追加にゃ!』

「強引過ぎる!」

『でも、そーたきゅんの作戦は、これ以上に強引にゃ!』

 そう言われては、俺は頷かざるを得ない。

 ショコラとの通話を切ると、俺は柚乃と詩乃に、連絡をした。二人の姉妹には双子の如く、全く同じ文字を送信する。

 

『俺が必ず、お前を勝たせて(幸せにして)やる』

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