第二章

 小埜寺姉妹のゲーム指南役を引き受けて、五日目の夜。それはつまり、俺が高校生になって五日目の夜であり、勇者側の指導を三回、魔王側の指導を二回行ったという事でもある。

 いや、だから何だという話なのだが、この五日間の怒りをぶつけれるだけの相手が、今はネット越しに俺と対峙していた。

「ショコラ! テメェ、よくも俺を売りやがったなっ!」

 ディスプレイには俺が操作する、武装した兵隊の姿が見える。ポイントマンと呼ばれるそれは、サブマシンガンで弾丸を撒き散らしながら、敵陣を切り開いていく。

『にゃははははははっ! でも、美人双子姉妹に囲まれてご真似悦なんじゃないのかにゃ? そーたきゅん』

 ヘッドホンから、ゴリッゴリのアニメ声でありロリ声であり媚声が返って来て、それらを貫く様な銃声も聞こえてくる。

『話によれば、美少女、巨乳、双子、姉妹に高校生と、役満じゃにゃいかい? むしろその役を譲ったショコラたんを、崇め奉ってもいいのではにゃいかにゃ?』

「黙れショコラ! そもそも五役なら満貫で――って、おいおい、右右右っ!」

 罵声を飛ばしながら、俺はショコラとFPSの対戦を続けていく。ショコラは俺と同じプロゲーマーで、小埜寺社長に自分よりも適任だ、と俺を売った廃人だ。その声質を活かし、ゲームのプレイ動画を配信し、生活している。ショコラ教を名乗る信者もいるらしいが、俺は今すぐFPSで鉛玉をこいつの脳天にぶち込んでやりたくて仕方がなかった。

『でも、実際の所報酬はそんなに悪くにゃにゃいんじゃにゃいのかにゃ? そーたきゅん、受験勉強で二月、三月はあんまし大会、出てにゃかったにゃ。そんなんじゃ、新作のゲームを買うお金もヤバかったんじゃにゃいのかにゃ?』

「何だ? 心配でもしてくれてたのか?」

『ショコラはそーたきゅんに、貸しを作っただけだにゃー。ショコラに貢いですぐ返すと、人生幸せだにゃ?』

「うるせーぞ。今年で成人したんだから、そのにゃにゃにゃにゃ言うのもそろそろやめとけよ」

『おい、リアルの話はやめろ』

 ヘッドホンから銃声。ショコラの操作するスナイパーが、俺の右前方に居た兵士の顔面を吹き飛ばす。俺は舌打ちをしながら、回避運動を取った。

『で、真面目な話、どーなのにゃ? そーたきゅんは、清楚とビッチ、どっちの社長令嬢が推しなのにゃ? あ、これで六役にゃ!』

「外見まで知ってたのならお前が引き受けろよ! 後、六役でも跳満がせいぜいだぞっ!」

 手榴弾を投げて旋回。サブマシンガンからショットガンに装備を切り替えながら、俺は全力で目の前の建物へと走っていく。

「どうもこうも、どっちもどっちで選べねぇよ……」

『どっちもエロいのにゃ? あ、これで――』

「七役でも跳満だからっ!」

 スナイパーライフルの銃声が聞こえるのを待って、窓から俺は顔を出す。ショットガンなので狙いは雑に付けて、ひとまず身近な敵から吹き飛ばした。

「真面目な話、どっちもやべぇ……」

『メンヘラにゃ?』

「お前と一緒にすんな」

『八役目、残念にゃ……』

「残念がるな認めるなっ! まぁ、ゲームは面白いんだけどなぁ」

『ああ、勝負するっていう、新作のゲームにゃ?』

「……どこまで聞いてる?」

『TBG』

「ゲーム名まで聞いて引き受けなかったのかよお前はっ!」

『TBGをプレイするためのデバイスも、小型化、量産化の目途が立ってるみたいだったにゃ』

「むしろ俺より詳しいっ!」

 窓枠の下に身を隠し、装備を再びサブマシンガンに変更しながら、迂回する様に建物から距離を取る。一拍遅れて俺が今まで顔を出していた窓枠から怒涛の反撃が繰り出されるが、生憎もうそこに俺はいない。

「どっちも全然上達しねぇ。むしろ自分のプレイの質を上げるというよりも、妨害の方に力を割いてるみたいに感じて気持ちが悪い」

『ポンコツで八役目にゃ!』

「ディスり過ぎだろ本当にっ!」

 ショコラの銃声が響くたびに、一人、また一人とプレイヤーがフィールドから強制退場させられていく。FPSが一番得意と豪語しているだけあって、ショコラはヘッドショットで一撃必殺を続けていた。

『でも妨害って、どんな感じにゃ?』

「……色仕掛け」

『九や――』

「エロでカウント済、あっぶっ!」

 避けた俺の対角線上で、別のプレイヤーが吹き飛ばされる。

「そもそも、あんまり燃えないんだよなぁ、今回の仕事」

『どーしてにゃ?』

「俺の勝利条件がないからだよ」

 もちろん、プロとして頼まれた以上、俺は柚乃も詩乃にもちゃんとTBGのサポートを行う。だが、その二人が勝負し、勝敗の決着がついたとしても、それは果たして俺の価値だろうか?

 柚乃が勝てば、詩乃が負ける。

 詩乃が勝てば、柚乃が負ける。

 俺がサポートしていた方が勝ち、サポートしていた方が負けるのだ。しかも、どちらに転んでも、結果は同じ。

「勝つ意味がないのなら、それはもはや、ただ公平なだけだ。ゲームじゃない」

『でたにゃ。いつもの病気、あ、あぶにゃいにゃっ!』

 さっきのお返しだ。

「でも、マジで謎なんだよ。自分たちのゲームの腕が上達しないのがわかっているのかもしれないけど、足の引っ張り合いと言うか、むしろ俺の興味を自分たちに向けたいように振る舞っているのが、気になるんだよなぁ」

『モテ期!』

「それ、姉妹の属性じゃ――」

 今度は撃つのがわかっていたので、既に俺は回避行動を取っている。ショコラは露骨に舌打ちしてきたが、そういうのも信者は喜ぶのだろうか?

「そもそも、会社のクローズドβテストで盛り上がりを勝負するって、どう考えても盛り上がらねぇだろ」

『派閥闘争なら、お給料がかかってるにゃ?』

「そんな感じでもなかった。そもそも、ゲームを盛り上げた方が次の社長になるって、勝敗はどうやって判定するんだよ。言ったもん勝ちが? それじゃ誰も納得しないだろ」

『そーたきゅんは、本当にゲームの事になると頭と口が回るのにゃ。普段はバカで、エロエロなのににゃぁ』

「そんなにディスらないでよショコラさんっ!」

 サブマシンガンをばら撒きながら、俺は戦場を詰めていく。

『まぁ、ゲームに魅入られ、ゲームに救われたショコラとそーたきゅんは、そういう人格形成になっちゃうのは、しょうがないにゃ』

「……まぁ、な」

 俺がプロのゲーマーになったきっかけは、当時不登校になっていた俺が見た、一本のプレイ動画だった。それは本当に見ている人たちを楽しませ、最後は盛大に笑い合えるような、そんな、全ての人を幸せにしてしまえるような、そんな動画だった。

『今でも、思っているにゃ?』

「当たり前だ。俺が、俺のプレイが、俺の全力のプレイが、見ている人たちを全員幸せにして見せるってなっ!」

 だから俺は、ゲームでは別人になる。俺がゲームをするのであれば、俺は自分の信念を、必ず貫き通し、突き抜けさせてやる。

 そう、ゲームは皆楽しくやらなければ、嘘なのだ。

『はいはい、ドヤ顔ご馳走様にゃ』

「見てないのに何故分かる!」

 最後の手榴弾を部屋の中へ放り込むと、慌てて逃げ出した敵がスナイパーライフルの餌食になっていた。全員、ヘッドショットで即死。

 つまり、ショコラが操るスナイパーの仕事だった。

 ヘッドホンから、伸びをして鳴るショコラの関節と、彼女の小さい体を全力で受け止めるゲーミングチェアのきしむ音がした。

 画面には既に、戦果が表示されている。俺とショコラの二人対、三十人のプレイヤーの勝負で、俺とショコラが圧勝していた。

『はにゃぁぅうん! やっぱりそーたきゅんとのFPSは、最高にゃぁ! ノーダメで圧倒的に他者を蹂躙する、か・い・か・んっ! ドーパミンとエンドルフィンの脳内麻薬がどぴゅどぴゅ出て、欲情するにゃぁっ!』

「お前今、何言ったかわかってんのか?」

『欲情するにゃ』

「繰り返すな!」

『そーたきゅんが言ったのにゃ』

「ごめんなさい」

『わかればいいにゃ』

 何故だろう? 釈然としない。

 首を捻りながら、俺は別の話を切り出した。

「……でもお前、このプレイ動画もライブで配信してんだろ? 男の俺との会話が流れたら、大炎上間違いなしなんじゃないか?」

『大丈夫にゃ。AIの音声加工で、ショコラの喋っている内容は別撮りにゃ』

「それで騙せるのかっ!」

『たまに日本語間違えてる時があるのにゃ』

「騙せてない!」

『それが萌えると言われるにゃ』

「騙せてるっ!」

『そーたきゅんは、長身美女のロシア風スパイと言う設定にゃ』

「俺の音声も勝手に作られてる!」

 しかも設定が雑すぎる。

『それじゃあショコラ、そろそろムラムラが抑えきれなくなってきたのにゃ』

「そんな自己申告いらんわ! 大体、そんな大声出して大丈夫なのか?」

『心配無用にゃ。もう一人暮らしにゃ』

 その言葉に、俺は少し押し黙る。ショコラの家は家庭崩壊しており、だからこそゲームに逃げて、ゲームに縋り、引きこもりの俺と一緒に、ゲームがあったから一人で何とか歩いていけるようになったのだった。メンヘラというのも、ショコラと俺がネット上で知り合った時に、ちょっとそういう感じになった時に、そういう感じになった時があっただけだ。

 こいつは別に悪くはないし、今一緒に笑えて、楽しくゲームが出来て、ちゃんと生活出来るなら、それでいい。それがいい。

『じゃあ、問題ないとわかったところで、そーたきゅん、そろそろショコラとチャエ――』

 俺は速攻で通話を切った。

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