②
結局、俺がどちらを先に指導するかは、柚乃と詩乃に選んでもらう事になった。双子にメリットを説明したうえで、なんと二人はじゃんけんという画期的な方法を選択。その勝者が初日、敗者が二日目という具合だ。
その結果として、初日に俺が教える事になったのは――
「よ、よろしく、お願いします! 想太くんっ!」
「ああ、よろしく」
あわあわとお辞儀をする詩乃に、俺は思わず苦笑いを浮かべる。今俺たちがいるのは、リトバデス・プロダクションの社内に用意された、TBGをプレイするための試験室。クローズドβテストを行うための部屋だ。
部屋にはスクリーンと、巨大な球体。球体の中にはプレイヤーの動きを読み取るための装置が取り付けられており、その装置が読み取るためのセンサーは、詩乃の体に取りつけられている。詩乃は動きやすいように、ジャージに着替えていた。
「こいつでプレイヤーの動きを読み取って、ゲームのキャラクターを操作するのか」
「は、はい! あ、あとプレイヤーは、このゴーグルをつけて、キャラクターの視点でゲームが出来るんですぅ」
「プレイヤーの動きでキャラクターが思い通りに動く、VRを使ったRPG! 凄すぎるっ!」
使った事のないデバイスと、その操作性が気になり、俺は自分がプレイをするわけでもないのに、そわそわと忙しなく動き始めた。
「詩乃は、勇者側でプレイするんだよな!」
「は、はい! お父さんから、そう言われているので……」
「リアルにダンジョンを潜る勇者の感覚を味わえるのかぁ。くぅ! 楽しそうだっ!」
「で、でもでも、その分プレイヤーの操作が重要で、キャラクターのレベルを上げるには、モンスターと戦わないといけないんですぅ。レベルが上がればポイントがもらえて、ポイントに合わせて、キャラクターの攻撃力、移動速度、防御力、ライフを上げれるんですけど、出来るかどうか……」
詩乃の台詞に、俺は首を傾げた。だってそれは、RPGの基本中の基本だからだ。レベルが上げられないなんて、モンスターが倒せないわけじゃあるまいし、そこは考える必要はないだろう。
そう考える俺をよそに、詩乃は説明を続けていく。
「ゆ、勇者の勝利条件は、制限時間内に潜ったダンジョンを破壊する事ですぅ」
「どうやったらダンジョンは壊れるんだ?」
「だ、ダンジョン内にある、ダンジョンコアを破壊すればいいんです。勇者はライフと制限時間がゼロになる前に、ダンジョンコアを破壊すれば、勝ちとなります」
「勇者が負けるのと、ダンジョンコアが破壊されたのが同時に起きた場合はどうなるんだ?」
「そ、その場合は、引き分けになります。TBGで唯一のドローゲームになりますが、そ、そんなの私、今までみたことないですぅ」
「……そう言えば、詩乃もこのゲーム開発に携わってるんだって?」
「そ、そうですっ! わ、私は、ARの方がメイン、だった、んですけど……」
トーンダウンした詩乃を訝しむが、しかし俺は目の前のゲームが気になり過ぎて仕方がない。
「なぁ、さっそく始めて見てくれよっ!」
「は、はいですぅ!」
詩乃が緊張した面持ちで、球体の中へと移動する。そしてゆっくりと、眼鏡を引っかけないように、ゴーグルを被った。
スクリーンは軽快な音楽と、広大な緑の大地が映し出される。開封したばかりのゲームをプレイした時の高揚感が、俺の中に溢れ出した。
すると、詩乃が球体の中で、突然手を振り始める。何事かと思ったが、恐らく、彼女の目にはゴーグルで何かしらの選択肢が表示されているのだ。プレイする前のスタートボタンを、コントローラーではなく、手で押しているのだろう。ヤバい。俺もやりたい。時間が余ったら、俺もプレイさせてもらう。
やがて部屋には、無機質な機械音が流れ始めた。
『プレイヤーのログインを、確認しました』
それと同時に、試験室のスクリーンに、あるものが登場する。それは女性型のキャラクターで、そしてどこかで見たような顔をしている。つまり、詩乃そっくりなのだ。恐らく彼女が身に着けているセンサーが、彼女の体を読み取ったのだろう。プレイヤー自身が、TBGでは勇者になる事が出来るのだ。詩乃が勇者として、スクリーンに表示されている。
しかし、そんな事よりも、俺は気になっている事があった。それは――
「ビキニアーマーじゃんっ!」
そう。スクリーンに表示されたキャラクター、つまり詩乃そっくりな女性が、ビキニアーマーを着用した姿で現れたのだ。
「み、見ないでください、見ないでくださいっ!」
あわあわと球体の中の詩乃が両手を振るが、振れば振る程メロンみたいな二つの塊がすごい勢いで振動する。アーマーというか、もはやブラジリアンビキニみたいな恰好なのだ。
「見ないでと言われても、見ないとゲーム教えられないしなー」
「な、何で台詞が棒読みなんですか、想太くんっ!」
「っていうか、嫌なら服装変えたらいいんじゃない?」
「し、しょうがないじゃないですかっ。こ、これ選んだの、お姉ちゃんなんですからぁ!」
言われてみれば確かに、と俺は小さく頷いた。姉の柚乃の方であれば、この格好をしていたとしても、余裕でこちらにピースをしてきても不思議ではない。そしてきっと、柚乃にビキニアーマーはかなり似合う。あ、もちろん、詩乃が似合っていないわけではないのだが。
しかしそれ以上に、詩乃の言葉に俺は疑問を覚えた。
「え、待ってくれ。つまり、詩乃は柚乃が選んだキャラクターを育てて勝負をしないといけないのか?」
「そ、そうですっ! お父さんが、姉妹なんだから、もっと互いの事を知りなさいって言うから……」
え! 互いをリスペクト出来る仕組みって、そう言う事っ!
小埜寺社長、この打ち手は、ご息女たちの仲を決定的に決裂させる方向に行っている気がするんですけど……。
「う、うぅっ。こ、こんな格好、わ、私、お姉ちゃんじゃないから、似合わないよぉぅ……」
「大丈夫大丈夫、似合ってるから」
「……ぇ?」
「じゃあ、ひとまずダンジョンに入ってみようか」
そう言うと、スクリーン上で顔を赤らめた詩乃が、あわあわと動き始めた。球体の中の詩乃も、同じように動いているのだろう。
「さ、最初は、どのレベルにします、か?」
「レベル?」
「こ、このゲームは、TBGはプレイヤー同士で対戦する以外にも、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)が設定されてるんですぅ。つ、強さがレベル分けされていて、一人プレイも楽しめるようになってるんですよぅ」
「なるほど。確かにそうしないと、キャラクターのレベルが上げられないからな」
小さく頷き、まずは一番最低レベルのダンジョンに挑むことにした。これには二つの理由がある。
一つ目は、詩乃の動きを見るためだ。勇者はキャラクター視点のRPG方式。レベルを上げながら、どこにあるのかわからないダンジョンコアを探し出し、制限時間内に破壊する必要がある。無駄な動きをしていては、ゲームに負けてしまう。その無駄が詩乃にどれぐらいあるのかが知りたいのだ。ライフがゼロになるのも敗北条件だが、流石に一番低レベルなダンジョンでそうはならないだろう。
二つ目の理由は、TBGの難易度を俺が理解するためだ。一番低レベルなダンジョンを知る事で、今後詩乃が挑む柚乃のダンジョンの強さを相対的に予測。それに勝てるように、詩乃のレベル、キャラクターのレベルだけでなく、彼女のプレイスキルも上げる目標設定をする。そしてその目標値まで、サポート役として詩乃を押し上げるのだ。
お手並み拝見とばかりに、俺はスクリーンを見上げた。スクリーン上には、腰に剣を下げたビキニアーマー姿の詩乃が、安っぽい洞窟の入り口に立っている。
「こ、怖いですぅ……」
「いや、これゲームだからっ!」
しかもお前開発に携わってんだろ、と思うものの、一方で開発者ですらプレイすると怖がる程の臨場感がTBGにあるのだと気付き、俺は更にこのゲームの将来性を確信した。
俺は今、歴史の一ページを見ているんだっ!
そう思い、顔を上げると、詩乃が洞窟の中に入っていくところだった。おどろおどろしい音楽が流れ、スクリーンが薄暗くなる。やがて松明の灯りが現れ、その下に動く何かの影があった。
モンスターだっ!
プレイしている詩乃よりも興奮しているであろう俺は、知らず知らずのうちに両手を握りしめている。さぁ、一体ここから先、どんな冒険が待っているのだろうか。期待に胸を膨らませて、食い入るように、俺はスクリーンを見つめる。
そしてその数秒後。モンスターに倒された詩乃の姿が、スクリーンに表示されていた。
「何でだよっ!」
おかしい。最低レベルのダンジョンだぞ。ダンジョンをどう踏破するのかという点だけが論点で、ライフがゼロになるようなケースは考えなくてもいいはずだ。TBGの最低レベルの難易度がそもそも高いという事も考えられるが、一番最初のモンスターに負ける時点で、その可能性は低い。あったらクソゲー間違いなしだし、普通にやっていれば勝てるはず。普通のRPGで言えば、攻撃ボタンを連打していれば勝てる相手だ。TBG的に言うのであれば、ただ剣を振っていれば、いずれ当たって勝てるはずなのだ。
だからつまり、詩乃の剣は当たらなかったのだ。モンスターに、ただ一発も。
「ふ、ふえぇ。や、やっぱり私には、無理なんですよぅ!」
スクリーンには、半泣きになり、一番最初に現れたモンスター、スライムに攻撃され、ドロドロの粘液にまみれている詩乃の姿が映し出されていた。そしてその頭上には、『やっぱりモンスターには勝てなかったよ』の文字。何だこれ。β版でも入れるなよ、こんな煽り文句!
「お、お姉ちゃんの趣味なんですぅ!」
「あいつかぁっ!」
ここにはいない柚乃への怒りが、俺の中で爆発する。爆発した所で、どうにもならない。
というか、これ、どうすればいいんだ?
「え、VRってそんなに攻撃当てるの難しいのか?」
「そ、そんな事ないですっ! ちゃんと攻撃補正もついているので、TBGは初心者にも安心な設計になってるんですっ!」
「なら何故お前の攻撃は当たらない!」
「ち、違うんですぅ! こ、こんなはずじゃ、私の得意なジャンルだったら、こんな事にはならないんですぅ!」
「だったらお前の得意分野でプレイしろよっ!」
「し、しょうがないじゃないですかっ! こっちのプレースタイルが、お姉ちゃん得意なんですからぁ!」
「はぁ?」
言いながら、俺はある可能性に思い至た。小埜寺社長は、こう言っていた。二人には互いの凄さを改めて実感出来るように、と。
つまり――
「キャラクターだけじゃなく、プレースタイルも柚乃に合わせてるのかよ?」
「そ、そうですっ! もっと言うと、私が開発に関わっていたのはARの、魔王側の実装の方なんですよぉ! そ、そっちなら、そっちのプレイスタイルなら私、誰にも負けないのにぃ!」
「……なるほど。だからこんなにも下手なのか」
おかしいと思ったのだ。自分で作ったゲームなのに、その操作を全く出来ていない。いや、出来ないからこそ、部外者の俺を味方に引き入れようとしたのか。
でも、それだけが理由じゃない気がするんだが……。
俺が小首を傾げている間に、スクリーン上の詩乃は、体操座りになっていじけ始めた。
「ど、どーせ私は、ポンコツなんですぅ。お姉ちゃんに守ってもらわないと、何にも出来なくってぇ……」
「いや、でも、双子なんだろ?」
それは暗に、詩乃も柚乃と同じなんじゃないか? そういう意味合いで発した言葉だった。しかし、その俺の言葉に、詩乃は過剰に反応した。
「ち、違います、違いますっ!」
ドンっ! と、ゴーグルをはずしながら、詩乃が球体から飛び出して、俺の方に突き進んでくる。
「お、お姉ちゃんは、私と違って、運動神経もバツグンで、お洒落で、すっごく、すっごくカッコいいんですっ! 全然! ほ、ほんっと、全然私とは、私なんかとは違うんですぅ!」
「お、おぅ……」
「そ、そんなお姉ちゃんだから、勇者側の、VRの実装も作れちゃったんですっ! わ、私じゃこんな、体を動かした操作なんて、思いつかなかったんですからぁ! そ、そこらへん、そ、想太くん、ちゃんとわかってくれなきゃ、ダメですよぅっ!」
「は、はい……」
え、何この人。スライムにやられた人とは別人じゃん?
そう思うと、先ほど感じた違和感が、また首をもたげてくる。しかし、それもすぐに、詩乃が突き出してきたゴーグルに遮られた。
「す、凄さは、プレーして実感してみてくださいっ!」
「俺にビキニアーマーになれと?」
「き、キャラクターの見た目なんて、プレイヤーの視界に入らなければ、どうという事はないのですぅ!」
それ、さっき赤面していた人が言っていい台詞じゃないと思うんですが。
そう思うも、プレーしてみたい気持ちに嘘は付けない。
センサーとゴーグルを詩乃から受け取り、俺は球体に入ると、試しにプレイしてみた。外から詩乃の、『え、えっ! い、以外に、いい体……』という声が聞こえて来た気もするが、幻聴だと自己暗示をかける。集中! 集中しろ! 今はゲームの事だけ考えればいいっ!
かくして五分程、俺は勇者としてTBGをプレイした。最低レベルとその一つ上のダンジョンをプレイしたが、これはヤバい! めっちゃ面白い!
まず、実際に自分が勇者として戦っている感がヤバい。目の前のモンスターと対峙している迫力と、ダンジョンの中を進んでいる本物感が、ゾクゾクする。ゴーグルが装着者の視線の位置まで計算しているのか、モンスターを見て攻撃すれば、ほぼほぼ攻撃は成功した。プレイヤーの踏み込みのタイミングと、モンスターの回避速度の兼ね合いもあるので百パーセント攻撃が届くわけではない。しかし、その失敗もまた、楽しいのだ。
ゴーグルを脱ぎ、球体から出てくる俺を、はしゃいだ詩乃が出迎えてくれる。
「そ、想太くん、凄いですぅ! お姉ちゃんがプレイしてるみたいでしたぁっ!」
「何か所かミスっちまったけどな。でもこのゲーム、面白いな!」
「で、でしょでしょ? お姉ちゃんの実装は、完璧なんですからぁ!」
「じゃあ、後はお前がプレイ出来る様になるだけだな」
「……」
「黙るなっ!」
「べ、β版だからですよ! わ、私が魔王側に実装したシステムが勇者側にも反映されたら、私だって――」
「それ、一か月後の勝負に実装される見込みはあるのか?」
「わ、私が全力でやれば、何とか……」
「その間、お前のキャラクターは、誰が育てるんだ?」
「へぅ……」
「泣きそうな顔してもダメだ。ほら、プレイ再開するぞ」
嫌がる詩乃を球体に押し込めながら、一方で俺はスライムにも勝てないポンコツ勇者が勝負に勝つ方法はないか、頭の中で検討を始めていた。つまり、ポンコツ勇者の、どのパラメーターを上げるべきか? という事だ。
視線誘導の攻撃が当たらないという事は、詩乃がモンスターを見れないという事になる。理由は彼女が言っていたように、怖いからだろう。どれぐらいのモンスターの種類がいるのかわからないが、そもそもダンジョンの入り口でビビっていた詩乃に、恐怖心を克服してもらうのは難しい。恐怖心が克服できないなら、当たる可能性が低い攻撃力を上げるのは、効率が悪すぎる。最悪、ダンジョンコアの破壊さえできればいいので、途中のモンスター等は無視しても構わない。
ならば、移動速度を上げるべきだろうか? これもまた、いい手ではないように思える。早く移動できたとしても、ダンジョンの中が怖いのであれば、どこかで必ず足が止まる。そう、勇者の動きは、プレイヤーの動きそのものだ。プレイヤーが動きを止めてしまえば、いくら早く動けたとしても、ライフが削られ、最終的に負けてしまう。
ならば、ライフを上げるのはどうだろう? これも結局、先ほどと同じだ。ライフが削られれば、いずれ負ける。
と、いう事は、ライフを削られない様にするしかない。
「……レベルが上がったら、ポイントは防御力に全振りだな」
そう俺が独り言を言ったのと同時に、スクリーン上でビキニアーマーの勇者がモンスターに倒された。踊る『やっぱりモンスターには勝てなかったよ』の文字を見て、俺は盛大に溜息を付いた。
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