第一章

 は? え? ちょ、えええぇぇぇえええっ!

 部屋に連れてこられた俺の頭の中はそんな疑問符で溢れ、溢れすぎて耳から疑問符が零れ落ちる直前だ。

 部屋の広さは、八畳から十畳程。座らせられた革張りのソファーのクッション性は、俺が毎日寝起きしているベッドのそれより、格段にいい。備え付けられたガラス張りの机も、傷を少しでもつけたら、一体いくら請求されるのか、わかったものではない。俺をここまで連れてきた、黒服姿の屈強な強面たちの姿を思い出し、背筋が震える。

 だが、そんな状況を更に混乱させる存在が、俺の両隣に存在していた。

「ねぇー、キミ、ゲーム強いんしょーぉ?」

 俺の左隣、そこに座っていた女の子が、馴れ馴れしく手をこちらの肩にかけてきた。金髪に緩いパーマをあてた髪が、その拍子に揺れる。鼻腔に甘い香りが漂うが、それ以上に気になったのは、俺の左腕に押し付けられた柔らかい何かだ。

「あーしが勝つのに、協力してよぉ」

 彼女の声が、当たった何かが気になって、左耳から右耳に抜けていく。視線を左下に移すと、第二ボタンまで開けたカッターシャツから、小麦色に焼かれた双丘が覗いている。その二つはどう見ても俺の左腕に押し付けられていて――

「ちょ、ちょっと! お姉ちゃんっ!」

 今度は俺の右隣。そこに座っていた女の子が、慌てた様子で俺の腕に抱きついてくる。その動きに、ショートカットの黒髪が揺れた。かけた眼鏡の向こうに覗く瞳は、星の様に煌めいている。その整った顔は、左の女の子と瓜二つ。そこに疑問を感じるのが先なのだろうが、そんな疑問を吹き飛ばすものが、右腕に押し付けられている。擬音語で表現するなら、ぷるんっ、とか、ぽよんっ、という表現が、それはどうしようもなく似合っていた。

「ぬ、抜け駆けなんて、ずるいですぅっ!」

 悪いが、彼女の声も、俺の右耳から左耳に抜けて宙に散る。視線を右下に向ければ、これでもかと膨らんだカッターシャツ。シャツのボタンは、『もう無理っす! は、はち切れちゃうのおおおぉぉぉおおおっ!』とこちらに助けを求めているように見えた。

 うん、本当に、俺は何を考えているのだろう。

 強面のお兄さんたちに拉致され、ビクビクしながら連れてこられた場所で、初対面で同じ顔をした美少女二人に挟まれ、迫られている。何だろう? 地獄から天国へ人が移動した時の心拍数でも計ってるのかな? 流石にそろそろ、頭の中で疑問符がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

 俺、今一体、どういう状況なの?

 助けを求めるように、俺は前の椅子に座って、先程から微妙な表情を浮かべている男性へと視線を移した。

「すまないね、宮風 想太(みやかぜ そうた)君。今の君には、自分が置かれている状況がよくわからないだろう」

「ええ、意味不明です」

 心に浮かんだ言葉を、俺はそのまま口にする。何か取り繕う余裕は、欠片ほども俺の中にはない。

「何か、心当たりもないのかね?」

 試されるようにそう言われるが、部屋に連れてこられた時点で、そんなヒントは少しもなかった。ただ、さっき会話の中に、ある単語が混ざっていた事に、俺は気が付く。

「……もしかして、俺がeゲームのプロプレイヤーだ、ってのに、関係あるんですかね?」

 言った言葉の通り、俺はeゲームのプロプレイヤーだ。俺の事を、ゲームが強いと、さっき表現された。ならばきっと、その筋で考えるのが正しいのだろう。

 中学生だった時から、俺は世界大会にも出場していて、それなりに上位のランカーでもある。特にRPGとシミュレーションゲームを得意としていた。

 俺の言葉に、目の前の男性は大きく頷く。

「その通りだ。日本の中学生では敵なし、いや、失礼。もう、今日で高校生だったかな?」

 その言葉に、今度は俺が小さく頷いた。

 彼の言った通り、俺は今日、晴れて高校へと進学したのだ。入学式へ向かう俺の足取りは、非常に軽かった。だって、高校生になるんだぞ? 待ち受けているであろうギャルゲー並みの新しい出会いとイベントに、胸と期待を膨らませざるを得えないだろう?

 それが、一体どういうことだ? その期待は十連ガチャが全滅した如く全て空振りに終わり、あまつさえ帰宅途中に黒服に拉致されたんだぞ? これがゲームの展開なら、クソゲーとしてゲーム会社とライターがネットに吊し上げられる所だ。スレは俺が立てる。

「では、僕の名前が小埜寺 大輔(おのでら だいすけ)だと言えば、ある程度落ち着いて話を聞いてもらえるかな?」

「小埜寺、って、あのリトバデス・プロダクションの社長っ!」

「え? そーた、ぱぱの事知ってるの?」

 左に座る女の子が、不思議そうに俺を見上げる。名前で呼ばれた事にどぎまぎしながらも、俺は何とか言葉を作る。

「し、知ってるも何も、一緒にeゲームの仕事をした事があって……」

 それどころか、一時的に俺の所属していたチームのスポンサーになってもらっていた時もある。

 リトバデス・プロダクションは、元々ゲームセンターにこの会社の筐体はない、と言われるぐらいの大手。だった。

 過去形なのは、オンラインゲーム、そしてスマホゲームが登場してから、業績が悪化。時代の波に乗り切れず、苦戦が続いていた。今は従来開発していたゲームセンター向けの筐体ではなく、一発逆転、起死回生を狙ったVR(仮想現実)やAR(拡張現実)を盛り込んだ、新感覚、新デバイスのゲームを開発中だと聞いている。ならここは、リトバデス・プロダクションの社内だろう。

 と、言うか今、聞き捨てならない台詞が聞こえて来た気がするのだがっ!

「え? ぱ、パパぁ?」

「そっ! あーし、小埜寺 柚乃(おのでら ゆの)。いちおー、リトバデス・プロダクションのしゃちょーれーじょーやってまーすぅ!」

 ぶいっ! とピースサインをこちらに突き出してくる柚乃に面食らっている。と、やはりというか、今度は俺の右腕が引かれた。

「わ、私も! あっ、私、小埜寺 詩乃(おのでら しの)って、言います。私もお姉ちゃんと同じで、お父さんの娘、ですぅ」

「お姉ちゃん、って事は、詩乃さんとお姉さんは――」

「し、詩乃、で、いいですぅ。そ、想太くん……」

 顔を真っ赤にして、詩乃さん、いや、詩乃は薄い唇を噛む。

「じゃあ、詩乃はお姉さんにそっくりだけど――」

「そっ! あーしとしのは、双子なんだぁ! あ、あーしも柚乃って呼んでね、そーたっ!」

「わ、私も! 私も、よろしく、ね?」

「お、おぅ……」

 巨乳の美少女双子に挟まれて鼻の下を今の今まで伸ばしていたが、俺、結構まずい状態なんじゃないか?

 だって、この姉妹の父親が、俺の目の前にいるんだぞ?

 あ、ヤバい。冷汗がガンガン出てきた。しかも、仕事上の付き合いがある。今日の事が原因で、後々契約に響くと、チームのメンバーに殺される。俺はまだ学生だが、eスポーツ一本で生計を立てている人もいるのだ。

「そ、それで、リトバデス・プロダクションの社長様が、俺、じゃなくて、わたくしめに何の御用でしょうかっ?」

「き、急に、どうしたの? 想太くん」

「あはははっ! そーた、バカっぽーいっ!」

 裏声になりながら手もみをし始めた俺に、詩乃と柚乃が疑問と爆笑を投げてくる。だが、今はこの双子にかまっている暇はない。仲間に殺されるか殺されないか(デッドオアアライブ)の瀬戸際なのだ。

 しかし、予想に反して、小埜寺社長は首を横に振った。

「想太君。君にまず用があるのは、娘たちの方なんだよ」

「は? お嬢さんの、方?」

 またもや想定外の展開に、俺の脳がフリーズする。自分で言うのもなんだが、俺の脳みそは、ゲームの事以外では何の役にも立たない。

 再起動中の脳みそを揺らすように、柚乃がバシバシと俺の頭を叩いてくる。

「だーから、言ってんじゃーん。あーしを、ゲームで勝たしてよぉ! そーたっ」

「だ、ダメだよお姉ちゃんっ! わ、私! 想太くんは、私に協力してもらうんだからっ!」

 柚乃に叩かれ、詩乃に揺すられるが、先ほどから情報量が全く増えていない。ただわかるのは、この姉妹がゲームで何かの決着をつけようとしている事だけだ。

「それで、二人はゲームで、何を賭けて勝負をするんでしょうか?」

「それは、僕の後継者争いだよ」

 俺の疑問に、小埜寺社長はそう言って答えた。って、後継者争いっ!

「つまり、あーしと、しのは――」

「し、社長の椅子をかけて、ゲームするんですぅ」

 おいおい、もはやスポンサーがどうとか言っている次元じゃなくなってきたぞ? 社長? 椅子? 今小埜寺社長が座っている革のソファーの事じゃなくて、次期社長の座を賭けて勝負するって事か? しかも、それをゲームで?

 い、意味が分からない。わからないが、俺が今巻き込まれているのは――

「リトバデス・プロダクショの後継者争い、だとぉ? な、何で俺がそんなものに巻き込まれようとしてるんだよっ!」

 もはや付け焼刃の敬語も、俺の頭の中から吹き飛んでいる。小埜寺社長は、口元を微かに歪めると、こう言った。

「だから僕が最初に言っただろ? 心当たりはないか、と」

「つ、つまり、俺がゲームが上手い、からぁ?」

 なんじゃそりゃ、と叫びたい所で、実際叫ぶ寸前だったが、両脇に座る姉妹の言葉に、それらの全てを飲み込むことになる。

「そーた、ゲーム上手いんでしょぉ?」

「て、天才的、って、聞いたよ?」

「誰が言ったかは知らないけど、あえて言おう。実際その通りだ、とっ!」

 握り拳を作り、俺がドヤ顔でそう言うと、柚乃は爆笑し、詩乃は若干引き気味になる。まぁ、その反応は仕方がない。しかし、今ここに俺が呼ばれたのが、俺のゲームの腕を見込んでと知った以上、そう言い切らざるを得ない。

 何故なら俺は、eゲームのプロプレイヤーだからだ。

 そしてプロに頼むという事は、仕事を頼むのと同義である。

 そしてそこにゲームが絡む以上、俺の脳みそは、遅まきながらフル回転で回り始めた。

「今までの発言を総合するに、リトバデス・プロダクションの後継者を柚乃、詩乃の姉妹が争っている。手段はゲームで、そこに俺に協力を頼むという事は、俺にどちらかの代打ちを依頼されているって事でいいのかな?」

「そ、そーた?」

「想太、くん?」

 突然雰囲気が変わった俺に、双子の姉妹は狼狽する。だが俺は、その二人を無視した。この二人の内、どちらかが俺の雇い主になるのかもしれないが、俺に報酬を出すのは、いずれにせよ小埜寺社長になると踏んだからだ。

 だから俺は、小埜寺社長を真っ直ぐ見つめる。

「で、報酬は?」

「娘たちが勝負をするゲーム、我が社で開発中の、次世代ゲーム。それが一カ月間、遊び放題になるというのでどうかな?」

「ま、マジかよっ!」

 新しいゲームを開発中だというあの噂は、本当だったのかっ!

 古豪のゲーム会社が社運を賭けて開発しているゲームの存在に、ゲーマーとして俺の血が騒ぎ始める。

 でも一方で、俺は強い違和感を感じた。話が、美味し過ぎる気がしたのだ。

 ビジネスは、非常にシビアな世界だ。社運を賭けた極秘プロジェクトを、俺みたいな部外者にそう簡単に何故触らせる? ゲームの根幹をなす様な情報を俺が漏洩でもさせたら、それこそ本当にリトバデス・プロダクションは倒産するぞ? それとも、一度スポンサーになったという事で、俺の信頼度が高いのか? でもそれなら、俺のチームの別メンバーにだって――

「ねぇねぇそーたぁ。結局、どーするのーぉ?」

 回り始めた俺の思考を粉砕する様に、柚乃が甘い声で俺の耳元で囁いた。はて、どうするとは一体……。あ、そうか。俺は柚乃か詩乃、どちらの味方になるのか、選ばなければならないのか。

「ねぇ、とーぜん、あーしの味方、してくれるんだよねーぇ?」

 そう言って艶っぽく笑うと、柚乃はあろうことか、カッターシャツの胸元。閉じられている、一番上のボタンを指ではじき始めた。って! お前、お前のシャツは、もう第二ボタンまで開けてるんだぞっ!

「そーたがあーしの味方になってくれるなら、ここ、外してもいいよーぉ?」

 いやいやいや、それはまずい! いくらギャル系の柚乃でも、流石に第三ボタンをはずしたら、もう、まずいから! ポロリ! ポロリっていうかボロンっていうかモロリだからっ!

 光の速さで語彙力が低下した俺の脳へ、詩乃が更に追随をかけてくる。

「わ、私! 私も、頑張る、からぁっ!」

 もういい、もういいんだ、詩乃。委員長タイプの君が、もうこれ以上何を頑張る必要があるって言うんだ? もう君は既に、がっつり全力で俺の腕に抱きついてるんだぞ? 俺と君の間にあるのは、たった一枚の布切れのみだ。それ以上頑張る、って、え? ゼロにする、って事? でも、間にあるの、もうシャツだけだよ? は? え? ほ、本気、か?

「ほ、報酬。わ、私! 私が――」

「ちょっとーしのぉ! あーしが先だしぃっ!」

 えええぇぇぇえええっ! そそそ、そう言う事? そう言う事! そんなっ! え、いいの? いいのっ! だって、え、マジで? そんな大人の階段の上り方、ある? いや、でも、どちか片方で、でも、双子なんでしょ? その、もはやパッと見の違いだけだよね? ドット絵で色だけ変えて、違う名前付けて出てくる敵キャラみたいなもんでしょ? えぇ、も、もう、どっちを選んだって――

 そこまで脳内麻薬と一緒にゲスの思考を垂れ流して、小埜寺社長と目が合った。絶対零度を通り越した極寒地獄が、その目に宿っている。自分の脊髄を液体窒素で丁寧に凍らせられる様な悪寒に、俺はただただ震える声で、こう言うしかない。

「い、いやぁ、ど、どっちもどっちで選べねえ……」

「えー、なにそれぇ! そーたの、ゆーじゅーふだんーっ!」

「そ、そうですっ! い、今決めてくださいっ!」

 いや、お前らも、もっと客観的になれよ! 自分の父親の前で、何やっちゃってんだよっ! そんな両脇から、だいしゅきホールド挟み撃ちみたいな事されても、目の前にご両親が居たら腹掻っ切って死にたくなるだけだろぉがっ!

「柚乃、詩乃、その辺にしておきなさい。想太君も困ってるみたいじゃないか。な?」

「ハイっ!」

 出来ればその水戸黄門みたいな台詞はもっと早く言って欲しかったが、俺としては直立不動で敬礼する勢いで頷く。それ以外選択肢がない。

「ちぇっ。ぱぱがそーいうならぁ」

「は、はい。しょうがない、ですぅ」

 柚乃と詩乃が、渋々と言った表情で、俺から離れていく。小埜寺社長が、俺と二人で話したいという事で、双子の姉妹はおずおずと部屋から出ていった。

 ここで俺にとって、朗報が一つ。小埜寺姉妹がいなくなったという事。

 そして俺にとって、悲報が一つ。小埜寺社長と二人っきりになったという事。

 あれ? ひょっとして、今日が俺の命日かな?

「そんなに緊張しなくてもいいよ、想太君」

「いやいや流石に! それは無理というものではっ?」

「無理ではないさ。ゲームの話だ」

「げ、ゲーム……」

 なるほど。確かにそれなら、俺の領分だ。

 小さく頷いた俺を見て、小埜寺社長は苦笑した。

「本当に、君はゲームの話になると、人が変わるね」

「まぁ、そういう性分なんで……」

「なら、君だけここに残ってもらった理由はわかるかな?」

「俺が本当に求められている事の説明、でしょ?」

「そう、報酬の事も含めてね」

 それはつまり、俺が先程感じた違和感が、正しかったという事だ。それにさっき、小埜寺社長は俺に『まず用があるのは、娘たち』と言ったのだ。なら、社長の方も俺に用があるに決まっている。

 そもそも普通に考えて、自分の娘を報酬に差し出すとか、世紀末にも程がある。ゲームが関係してなくても、そこは気づけよ、俺っ!

 しかし、あんな美女姉妹に迫られて、冷静でいられる男なんていないだろう。そう思う自分も誤魔化すように、俺は頭を掻く。

「報酬は、娘さんたちのサポート費、ゲーム指南の教育費、って名目ですかね?」

「……何?」

「だから、後継者争い何でしょう? 見かけ上は」

 まだ訝し気な顔をしている小埜寺社長の表情を見て、俺は自分の言葉が足りなかった事に気が付いた。ああ、しまった。ゲームの事になると、頭が回り過ぎて、口が追い付かない。

 俺はすみません、と言って、自分の言葉を補足する。

「小埜寺社長。あなたは、娘さんたちが争っているのを、本当は心良く思っていない。だから、俺だけここに残したんだ」

 その言葉に、小埜寺社長は目を見開く。その反応だけで、俺は自分の考えが正しかった事を確信した。

 よくよく考えれば、普通の後継者争いであれば、この状況はおかしいのだ。情報量が増えた今では、導き出せる結論も変わって来る。

 何故俺は、競い合う双子たちに、同時に引き合わされた? 俺が姉妹のどちらにつくのか、どちらのゲームの代打ちをするのか選ばせるため? なら、選ばれなかった方はどうなる? そこから新しい代打ちを探すのか? そんなの、非効率的過ぎる。

 一方、社長の座を賭けて戦う、柚乃と詩乃もおかしかった。彼女たちは、俺はゲームが上手い、という事しか教えられていなかった。そして二人とも、俺を自分の味方に引き入れようとしている。まるで俺以外に、代打ちを頼める選択肢がないかのように。

 おかし過ぎるだろ? 公平な勝負なら、姉妹両方に代打ちを用意するのではないだろうか? 代打ちが一人しか用意できないのであれば、代打ち(俺)の情報を双子に渡して、後はどちらに俺が味方になるのか話の流れに身を任せるのではないだろうか? でも、小埜寺社長は姉妹をこの部屋から退出させた。

 おかしい。勝負の公平性(ゲームバランス)が崩れ過ぎている。これではそもそも、ゲームをスタートすることが出来ない。だから、何かが間違っているのだ。

 そう、例えば、そもそも小埜寺社長が、娘たちが争うのを良しとしていない(ゲームをスタートさせたくない)と考えている、とか。

「……なるほど、そこまで理解しているのか」

「だから、俺が彼女たちの代わりにゲームをプレーするのではなく、彼女たちにゲームをプレーさせるんです」

「つまり、想太君が娘たちの教師役、ゲームのサポート役に回る、と? それで先程の報酬の発言につながるのか」

「俺だけしか呼ばれていないという事は、むしろ、最初からそうさせたがってたんじゃないですか? だから娘さんたちを先に下がらせた。だからあなたは、こう考えているはずです。俺がどちらか片方に肩入れするのではなく、両方を手助け出来るようなポジションにいる方がいい。一日毎にゲーム指南をする、みたいな所が、一番ゲームバランスが取れていると思うんですが」

「そもそも、娘たちが争うのを止めてくれる提案はしてくれないのかね?」

「小埜寺社長が言っても聞かないんでしょ? それに、諍いをしている理由もわからないのに、そんな提案できませんよ」

「確かに、それもそうだね」

 そう言って、小埜寺社長は苦々しく笑う。そして社長は、脇に置いていた鞄から、タブレット端末を取り出した。

「今から見てもらうのは、僕の会社で開発中の次世代ゲーム、『勇者と魔王の物語(Take the Bad with the Good)』。略して、TBGだ」

「なっ! そ、そんなの、部外者の俺に見せていいんですか?」

「こちらの内情をここまで知って、今更だろう?」

 確かに、社内で後継者争いが絶賛勃発中という情報も、中々機微度が高い情報だ。そう思っている間に、タブレットはあるムービー、TBGの映像を流し始める。そして俺はすぐに、その映像に魅入られた。

「勇者側と魔王側にプレイヤーが分かれて、戦うのか?」

「そう。勇者は魔王の用意したダンジョンに挑み、魔王は自らが育てたダンジョンで勇者を待ち受ける」

「プレイヤーがTBGを、一つのゲームをRPGとしてプレイするのか、シミュレーションゲームとしてプレイするのか、選択できるのかっ!」

「VRでゲームに構築した仮想世界を現実上と変わらない体験に。ARで現実世界の動きをゲーム上の仮想世界にフィードバックする」

「プレイヤーはVRでキャラクター視点をよりリアルに、ARで神視点の操作性を格段に向上させたって事? マジか! 凄すぎるっ!」

「……どう思う? プロのゲーマーとして」

「面白い。面白くないわけがないっ!」

 ざっと説明を受けただけだが、もう鳥肌が止まらない。確信した。このゲームは、ゲーム業界を変える。革新的な、そしてゲーム史に名を残す存在になる。

 俺は興奮気味にまくしたてた。

「こんなの、一体どうやって作ったんだ? VRとARのデバイスは、筐体を作っていたリトバデス・プロダクションのハードウェア技術があるけど、ソフトの方は――」

「娘たちだ」

「そうか! 柚乃と詩乃が、って、へ?」

 信じられない単語が聞こえて来た。しかし、小埜寺社長は、至って真面目な表情をしている。

「妻の柚詩(ゆう)が亡くなってから、会社の経営も悪化。僕は娘たちに苦労をかけまいと、仕事に全力を注いだ。そんな中、小さかった娘たちも会社のために何かしたいと言ってくれてね。嬉しかったが、期待はしていなかったよ。あの子たちに何か出来るとは、正直思えなかった。でも、家に娘たちを残しておくぐらいならと会社に連れてきて、社員たちもあの子たちを可愛がってくれた。小さな子供が積み木で遊ぶように、あの子たちはゲームを作る事に触れていった。TBGのハードの部分は、想太君の言った通りだよ。そっちはどうにかなったし、どうにか出来る目途も立っていた。でも、見通しが立っていなかったソフトの方も、上手く事が運んでいった」

 それは、全く期待していなかった、柚乃と詩乃のおかげだった。

「二人とも競い合うように貢献してくれたが、いつの間にか、この会社は自分が引っ張るから休んでいろと、柚乃も詩乃も言う様になってね。会社の経営も、自分が何とかするから、と。自慢じゃないが、僕の娘たちは優秀だった。社内でも二人を推す声が出始めた。どちらかが次期社長になるんだ、と。本当に、皆気が早すぎる。あの子たちは想太君と同じ、今日高校生になったばかりなんだぞ?」

 まさか、そんな事情があったとは。せいぜい親の七光り、社長令嬢として楽に暮らすために次の社長になろうとしていたのかと思ったが、既に会社に貢献できる実力を柚乃と詩乃が備えているというのでは、話が全然違って来る。

 これは単純な娘同士の喧嘩ではなく、会社の派閥争いになるんじゃないか?

「勝負の方法は?」

「一か月後に、全社員向けにTBGの公開テストを予定している。そこでゲームを盛り上げた方が、次の社長になる、負けた方が会社を去る、と」

「それは、誰が決めたんですか?」

「ん? 娘たちだよ」

「え?」

「だから、娘たちだよ。柚乃と詩乃が、二人で話し合って決めたんだ。昔のあの子たちは、本当に仲が良くてね。互いを思い合って、何かするにも、柚乃は詩乃が、詩乃は柚乃が、互いにどうして欲しいのか、どうするれば幸せになるのか、ちゃんと考えられる子たちだったんだよ、言葉にしなくても、双子の以心伝心とでもいうのかな。前にも、僕の誕生日プレゼントを選ぶ時なんて――」

 小埜寺社長が思い出話を話す中、俺は強い違和感を感じていた。会社の派閥争いなら、柚乃と詩乃、それぞれを推すリトバデス・プロダクションの社員が、その勝負に、ルールに口を出すはず。

 でも、勝負のルールは、柚乃と詩乃が決めた。ルールはゲームをするうえで、絶対的な掟だ。それを二人が決めたという事は、姉妹は純粋に自分の、自分たちの作ったTBGにどちらが相応しいのか、決めようとしているという事だろうか?

 しかし、それなら何故、彼女たちは俺を味方につけようとしたんだ? しかも、あんなやり方で。

「僕としては、娘たちに昔みたいに仲良くしてもらいたい。社内でも、子供の頃のあの子たちを知っている社員は、皆そう思っている。でも、勝負をする事は決まってしまった。僕が一か月後の勝負を強引に取りやめても、どうせまた二人は別の場所で争うだろう。ならこの勝負を通して、二人には互いの凄さを改めて実感出来るように出来ないかって、そう思ったんだ」

「ん? ルールは、娘さんたちが作ったのでは?」

「ルールは、変えてないよ。でも、互いをリスペクト出来るような仕組みは僕の方から指定させてもらった。まぁ、それを柚乃と詩乃が飲んでくれる交換条件として、プロゲーマーを、つまり君を連れてくる事になったんだけどね」

 その言い方に引っかかりを覚えながら、俺は疑問を口にする。

「そう言えば、数居るゲーマーの中から、何で俺を娘さんたちにつけようとしたんですか?」

「最初は僕も、女性のプロゲーマーにお願いしたんだけどね。同年代の君の方がいいだろうって、推薦されたのさ」

「もしかして、その女性ゲーマーって……」

「確か、ショコラさん、という名前だったかな?」

「あいつかっ!」

 ロリ体系のツインテールが俺の脳裏に浮かび、俺は露骨に舌打ちをした。そうか、あいつが元凶かよっ!

 そんな俺を見て、小埜寺社長は小さく笑った。

「どうだい? ここまで聞いて、娘たちの諍いを止めれるような案は、君の中にあるかな?」

「……さっき、社長がご自分でおっしゃったじゃないですか。今勝負を止めても、きっとどこかで同じような問題は持ち上がる。社長が期待しているのは、付け焼刃の対策じゃないんでしょ?」

「では、やはり……」

「ええ。二人が納得する形で、ガチンコの勝負をするしかないんじゃないでしょうか?」

 少なくとも、今俺が言えるのは、こんな言葉しかない。

 小埜寺社長は溜息を付く。そして正式に、俺へ仕事の依頼をした。内容は、小埜寺姉妹のゲームサポート役。自分の教えた相手を、全力で勝利に導くのが、俺の役割だ。

「では早速、今日から君には働いてもらおうかな」

「わかりました」

「で、どっちからにする?」

「……は?」

「だから、最初に教えるのは、柚乃と詩乃、どちらを選ぶのか? という事だよ」

 その選択、俺にさせるのっ!

 今日教えるのか明日教えるのか。それぞれ利点が違う。

 俺が初日に教えれば、それだけ早く上達できるというメリットがある。勝負が一か月後という期日設定がされているのであれば、上達スピードはそれだけで武器になる。

 一方二日目に俺がゲームを教える方にも、メリットがある。後から教えるという事は、訓練の最終日、つまり、勝負の前日に俺が指導できると言う事だ。俺は柚乃と詩乃、両方の上達速度を見ることが出来る。対戦相手の最終調整具合を知っているのだから、その前提で作戦を組むことが出来るのだ。

 初日を取った方のメリットはスピードで、二日目のメリットは精緻な作戦。どちらも一長一短あるが――

「それは流石に、娘さんたちに選んでもらいましょうよっ!」

 どっちもどっちで、俺には選べねえ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る