第6話 自覚
「いやー、ゴメンね? 半ば無理矢理歌わせちゃって」
カラオケも終わり、時刻は青少年が外を出歩いてはいけない時間帯に差し掛かろうとしている。クラスメイト達とは現地解散となり、最寄り駅が同じということもあって、來斗と一緒に帰ることとなった。
「まったくだよ……私を凛の姉妹だと思ってないかお前ら」
そう言った蓮の声は、歌いすぎのせいか枯れてしまっていた。
「違うのか? 少なくとも凛自身は、蓮のことを妹みたいなものだって言ってるけど」
「……マジで?」
ちょうど信号が赤になり、2人は横断歩道の前で立ち止まる。
「おう、出来のいい妹だってさ」
初めて知った衝撃の事実に、蓮は軽いめまいを覚える。確かに、世の中には頭が二つあって、両方の頭にはそれぞれ脳と自我を持っている、そんな双子もいる。
だが、性同一性障害は基本的には後天的なもの。脳が物理的に二つに分かれているわけではないのだから、凛にとって蓮は姉妹ではなくもう一人の自分。少なくとも、そう認識していなくてはいけないのだ。
やっぱり帰ったら説教しなきゃ……。
「……ハァ」
そう思うこと自体が、凛と蓮が別々の存在であるという証拠に他ならない。普通なら、自分に自分が説教しようだなんて発想には至らないはずだからだ。
青になった信号を見て、2人はまた並んで歩きだす。
歩き切った後、そんな凛を見かねたように來斗は言った。
「まあ、蓮が凛のことを一番に考えてるってのは、昔から変わんないから知ってるけどさ。蓮も凛の中の1つの要素であることに変わりないんだから、あんまり根を詰め過ぎないようにな」
來斗はそう言いながら、蓮の頭を撫でる。子ネコでも撫でるかのようなやさしい手だった。
「ちょっ!? あ、あんたねぇ、さらっとボディタッチしてんじゃないわよっ。お酒でも入ってるんじゃないの!」
好きだと自覚してしまっているからこそ、突然のことに声が上擦る。蓮は顔を真っ赤にしながら思わず飛び退く。
その拍子に、ちょっとした段差に躓いて、蓮はバランスを崩してしまった。
「うわっ!」
「危ないっ!」
一瞬のことに、理解が追い付かなかった。バランスを崩して転びそうになった、ということは理解できたが、そこからなにがどう起きたのかは頭の処理が追い付かなかった。
「ふぅ。……大丈夫か?」
「……あっ」
來斗から伸びた手を見て、転びそうだったのを來斗が支えてくれたということに、ようやく気が付く。
「あ、ありがとう……っ!?」
お礼を言った後、改めて気が付く。
今私、來斗と手を繋いでる……。
恥ずかしさなのかなんなのかわからないけれど、蓮の顔はより一層熱くなる。街灯の灯りしかないから、多分來斗はそのことに気づいていないかもしれないけれど、蓮は落ち着きを取り戻すまで、しばらくの間來斗から見られないように顔を背けた。
そうしているうちに最寄りの駅に着く。駅には他に待っている客はおらず、改札横の受付に駅員が一人いるだけ。
2人は構内に入り、同じ長椅子に座って電車を待つことにした。
電車を待つ間、他愛ない世間話をして時間をつぶすことにした。夏休み中ということもあり、話題のほとんどは新学期からのことがほとんどだ。
「蓮は体育祭は参加するのか?」
「そんなわけないだろ。何が何でも凛を参加させるさ」
そんな会話が楽しいからなのか、平静を保つことに神経を使っているからか、時間はあっという間に過ぎていった。
電車が来るまであと5分。駅員の放送が駅にこだまする。
それを聞いた來斗は、唐突に話題を変えた。
「そういえば、凛って好きな人とかいるのかな。蓮は知ってるか?」
「……え」
一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます