第2話 思い返せば

「凛に用事があるんだけど、今大丈夫かな?」


 放課後、蓮は教室でスマホを見ていた。梅雨は明けたというのに、夕立が毎日のように降り続く昨今。今振っている雨がいつ止むのか、最寄り駅では止んでいるのかいないのか、そんなことを調べていた。

 今日は親父の帰りが遅い。精神科の医者である親父は、最近のブラック企業の影響もあって、カウンセリングの仕事で大忙しなんだという。そんなわけだから晩御飯の用意をしなきゃいけないのだが、冷蔵庫の中身が少なくなってきているから、帰るついでに色々と買いに行かなきゃならない。


「内容による。で、何の用?」


 蓮はスマホに顔を向けたまま、話しかけてきた女子生徒のほうを睨んだ。女子生徒は少し怯んだような様子だったが、すぐに気を取り直して要件を言った。


「えっと、夏休み中の、茶道部の活動についてなんだけど……」


 ああ、見たことあると思ったら、同じ部活の奴か。蓮はスマホから目を離し、カバンからメモ帳を取り出して、その女子生徒に見えるように机に置いた。そこに書いてあるのは、凛の8月中の予定。

 凛は茶道部の副部長を務めている。で目の前にいるのが茶道部部長。確か、セラ、とか言ったっけ。

 茶道部は全部で5人ほどの部活で、3年生がいないために2年生が部長を務めている。主にはお遊びのような目的で行われているような部活だ。大会のようなものもないのに、わざわざ夏休みまで出ることはないとは思うが。


「毎週水曜日だけは絶対に外せないからな。そこだけ注意してくれればどうとでもなる」


 そう言って蓮が指した水曜日の列には、赤い〇で印がびっしりと記入されている。



 ――赤い〇の中には、『病院』の二文字が。



「あ、あの……」


 セラは、もの申したそうにつぶやく。運動部の類でなく、文化部の類に入っているような子だから、凛と一緒で気の弱い子のようだ。強く言えないのも無理はないだろう。


「なに?」


 だからこそ、そういう姿にイラっとしてしまう。蓮が機嫌悪そうにそういうと、セラは肩をビクリと跳ねさせる。


「な、なんでもないです~っ……!」


 そうして、逃げるように教室から出て行ってしまった。そんな後ろ姿を目で追いながら、蓮はため息をつく。同じく教室に残っていた数人の視線を感じる。今にも影口が聞こえてきそうな様子だ。

 なんとなく居心地が悪くなってきたので、蓮はバツが悪そうに教室を後にした。





 玄関まで行くと、下校したり部活へ行ったりする生徒でそれなりの人数とすれ違うようになる。教室に傘を忘れたらしい生徒を避けつつ、蓮は自分の下駄箱へ向かった。

 電車の時間はまだ余裕がある。いつもなら教室で時間をつぶすのだが、そういうわけにもいかなくなったのでしょうがない。学校から最寄りの駅は無人なので、本を読むかスマホをいじるかしないと時間がつぶせないし、この時期は蒸し暑くて嫌いだ。


「あ、山下さん」


 コンビニにでも寄るかと考えていた時、後ろから男の声が聞こえた。蓮が振り向くと、そこには身長180cm越えの男子生徒がいた。


「ああ、たしか生徒会の……」


 藤木 祐ふじき ゆう。3年の生徒会書記。という程度しか知らない。蓮とはそれほど接点はなく、生徒会活動でよく聞くから名前を覚えていたという程度だ。


「凛さんに頼まれていたことがあってね。これを渡してほしいんだ」


 祐はそう言うと、カバンの中から小箱を取り出した。


「中身、確認しても?」

「ああ、どうぞ」


 許可ももらったので、100円ショップとかで売っていそうな小箱の中身を見る。

 中に入っていたのは、色とりどりの小さな貝殻に、海藻の切れ端のようなものたち。それが、プラスチックの緩衝材に包まれるようにして、箱の中に納まっている。


「最近できた趣味に使うそうだから、壊さないように頼む」


 聞けば、祐は海沿いに住んでいて、こういったものは近くの浜辺で沢山採れるらしい。

 そういえば凛、最近ハーバリウムとかいう置物づくりに嵌まったとか言ってたっけな……。


「わかったわ。先輩からって言って渡しとく」

「ああ、ありがとう。それじゃあ」


 祐は軽く会釈をして、自分の下駄箱のある方へ走っていった。

 それにしても、と蓮は手渡された箱をまじまじと見つめる。


(凛が他人に頼みごとをするなんてね。いい傾向、なのかしらね)


 凛は内気な性格で友達も少ないから、あんなふうに誰かに頼みごとを、それも異性にするのは中々に勇気と時間がいるはずだ。去年までと比べると、各段に進歩していると言える。


「さてと、そろそろ帰りますか」


 蓮は小箱をカバンの中にしまい、かわりに折り畳み傘を取り出して学校を後にした。


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