ミリアさん救出大作戦02
「すみません、案内の人とはぐれてしまいました。ミリアさんのお部屋は、どこですか?」
薄茶と桃色の髪の使用人が、屋敷の使用人へ尋ねる。
怪訝そうに顔を見合わせたメイドたちが、ぼそりと口を開いた。
「4階の最北にある角部屋よ」
「ありがとうございます!」
ぱっと表情を明るくさせた使用人が、ぱたぱた廊下を走る。品のない姿に、ますますメイドたちが鼻白んだ。
教えられた通りの階層へやってきた使用人が、扉の前に立つ下男を見つける。
退屈そうに欠伸を噛み殺している彼へ、軽い足取りで近づいた。
「すみません、ミリアさんのお部屋はここですか?」
「何だ、お前は」
胡乱の顔で、下男が使用人を上から下まで見下ろす。
にこり、いっそ清々しさまで感じられる笑顔が、はきはきと答えた。
「キリウスさまのお使いで、ミリアさんにお手紙を届けるよう、頼まれました」
「キリウス……? ああ、婚約者の根暗か」
なかなかにひどい言い草である。
耐えるよう口許を戦慄かせた使用人が、首を倒した。
「ミリアさんのお部屋は、ここですか?」
「ああ、そうだ」
「そっか! ありがとう!」
しゅたんッ!
言い終わるか終わらないか。下男の首に手刀を打ち込んだ使用人が、彼の意識を奪う。
崩れ落ちる男の身体を引き摺り、近くの部屋の扉に張り付いた。
中の音に耳を澄ませ、ドアノブが捻られる。軽い音を立てて開かれた部屋へ、引き摺ってきた男を投げ入れた。
例え下男がどれだけ無残な格好であろうと、お構いなしである。
ぱたん! 閉じられた扉が、ポケットから取り出された針金によってカチャカチャされる。かちゃん! 鍵がかけられた。
「よし。安らかに眠れ」
死んでない。
針金を手にした使用人が、ミリア・サンブラノの部屋へ近づいた。
取り付けられた南京錠を、同じようにカチャカチャする。先よりもっと短時間で鍵が外された。
そっと耳をそばだて、中の気配を探る。控え目に扉をたたいた。
「ミリアさん、ニアです。ここを開けてください」
中の気配が、様子を変えた。軽い音を立てて、扉が薄く開かれる。
固唾を呑んだニアの前に、泣き腫らした目をしたミリアが顔を覗かせた。
「ミリアさ……」
「ニアッ!」
ぐにゃりと瞳を歪めたミリアが、ニアの首に腕を回す。首筋へ顔を埋め、彼女が嗚咽を漏らした。
意中の人物に、突然抱き着かれたニアはびっくりだ。
あわあわ震える手を、そっと銀糸の滑る背に乗せる。零れる涙にあわせて、優しく背中を叩いた。
「遅くなってすみません、ミリアさん」
「うっ、ぅっ、ニア、わた、わたくし……っ」
強くニアを抱き締め、ミリアがくぐもった声を絞り出す。
彼女の背を宥めながら、薄暗い廊下へニアが視線を巡らせた。ミリアを室内へ誘導し、扉を閉める。
ミリアの部屋には明かりがついておらず、椅子が不自然な角度に置かれていた。
机の上には、氷でできたテディベアと、つぎはぎだらけの帽子、そして出したままの裁縫道具が並んでいる。
――キャスケット、修理してくれたんだ。
ニアが表情に悲哀を滲ませる。ミリアの頭を撫で、両腕に力を込めた。
「帽子、守ってくれて、ありがとうございます。あんなに大切にしてもらえて、あいつは果報者です」
腕の中でミリアが首を横に振る。嗚咽がますますひどくなった。
ほつれた銀糸を撫で、ニアが言葉を探す。
「……ミリアさん、俺と一緒に逃げませんか?」
「うっ、ぐすっ」
「ミリアさんのこと、大切にします。ミリアさんの好きなものをいっぱい探して、悲しいこととか苦しいこととか、全部忘れてしまうくらい、うれしいことを見つけます」
しがみついた薄い身体が、早鐘のように脈拍を刻んでいることに、ミリアは気づいた。
涙の残った目でニアを見詰める。
頬の色は、暗い部屋のせいでよく見えなかった。それでも火照った高めの体温が、冷え切ったミリアの身体に染み渡る。
「だから、……協力してください。ミリアさんの好きなもの、一緒に探しませんか?」
優しい声音だった。
すでに決壊しているミリアの涙腺が、とめどなく涙を押し出した。声にならない声を漏らす。
呼気を震わせる彼女の背を、ニアが撫でた。ジャケットに吸い込まれる雫に、目線が下げられる。
「……ミリアさん、返事、いただけますか?」
「ぐすっ、いき、ます! あなたと……ッ!」
「ありがとうございます」
表情をやわりと緩め、一層強く抱擁する。
力を緩めたニアが、ミリアと目を合わせた。その顔は真剣だった。
「ミリアさん、よく聞いてください。ここから脱出するための方法です」
緊迫した面持ちで、涙を零すミリアを見詰める。
言葉を詰まらせたニアが、掠れた声を震わせた。
「……ミリアさんには、……ここで死んでもらいます」
「――ッ!!」
机に置かれた裁ちバサミを、ニアが手にする。
ミリアの青色の目が見開かれた。
バタンッ!! 荒々しく扉が開けられる。中から飛び出してきたのは、薄いリネンのドレスをまとった少女だった。
頭からショールを被り、銀の髪が揺らめく。
足許をふらつかせ、それでも彼女は廊下を走った。
部屋に残された短髪の使用人が、呆然と立ち竦む。
どれほどの時間が経っただろう?
それとも大して時間など経っていなかったのだろうか?
息を切らせて部屋へ飛び込んできたシオが、室内の様相を目の当たりにする。
深く息をついた彼が、殊更声音に気をつけて言葉を発した。
「……行こう?」
深く俯く前髪の向こうを見ないように、少年が制服の背を押す。
ふらつく足が、一歩、外へと踏み出された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます