作戦会議 in 教会
翌日学校へ行くと、真っ先にキリウスに捕まった。
シオとともに空き教室へ押し込まれ、ぴしゃりと扉を閉じられる。
「キリウス、どうしたの?」
「サンブラノを助けてほしい」
真剣な声だった。
その言葉に、俺たちは相談場所を変えることにした。
いざ行かん、マキノ牧師のいる教会へ。
キリウスに人生で初めてのサボりを経験させ、俺たちは学校から脱走した。
「サンブラノに会うことが出来なかったんだ。彼女は自室に閉じ込められている」
眼鏡を押し上げたキリウスが、目を伏せ口を開く。
マキノ牧師が、遠目からそわそわと俺たちの様子を見守った。
彼の話す痛ましい情景に、俺の心臓がぎりぎり痛む。今すぐ駆け出そうとした俺の襟首を、無情な速度でシオが掴んだ。ぐえっ。
「校内に蔓延する噂を払拭したかったんだ。しかし、邸内の人間は揃ってサンブラノを犯人だと言う。……僕には、そうは思えないんだ」
「キリウスくんが良い子でよかった!! 俺もそう思う!!」
長椅子に座るキリウスの背を、力強く叩く。げほっ、咳き込まれた。そして睨まれた。すまんかったって。
行儀悪く長椅子の背凭れに座ったシオが、険しい顔をする。
「……でも、助けるって、キリウスは具体的にどうしたいの? だって相手は、ミリアさんのご家族でしょう?」
そう、一番の問題はそこだ。
例えここでミリアさんの身を救い出したとしても、彼女は家族を失うことになってしまう。
当然学校の籍も、世間体も、何もかもがなくなる。ミリアさんの貴族としての地位が、全て崩れ去ってしまうんだ。
俯いたキリウスが、緩く首を振る。彼の声は重たかった。
「どの道、サンブラノに貴族としての役割など、残されていない。これほど悪評が流れて、家自体が彼女を排除しようとしているんだ」
「そんな……ッ」
「昨夜、僕の親がサンブラノとの婚約を解消するよう口添えしてきた。……この意味がわかるか?」
眼鏡越しにちらりとこちらを見遣り、キリウスが言葉を切る。
ぞっとした俺を置いて、深く息をついた彼が、再び目を伏せた。
「僕の家も、彼女を見限っている。……サンブラノは孤立している」
「何でだよ!? ミリアさんが物取りなんてするわけないだろ!? 何でミリアさんがッ!!」
「ニア、落ち着いて。ぼくもキリウスも、そう思ってる」
「っ、くそッ」
激昂のまま立ち上がる。乱雑に頭を掻いて、元の位置へどさりと腰を下ろした。ああッ、むしゃくしゃする!!
「……キリウス。このままミリアさんを放っておくと、どうなるの?」
「いくらサンブラノ家が有力者といえど、処刑の権限はない。良くて修道院へ送って矯正か、追放だろう」
「!」
聞き覚えのある話の流れに、はっと顔を上げる。
シオも気づいたらしい。驚いた顔で、こちらを見下ろしていた。
「まさかニアの言った通りになるなんて……」
「何がだ?」
「な、なんでもない!」
怪訝そうに顔を上げたキリウスに、シオがぶんぶん首を横に振っている。
そんな、ミリアさんしか見てなかったから、エンディングとか分岐とか、何にも考えてなかった。
いや、それよりも!
「駆け落ちする」
「は?」
「ミリアさんと、駆け落ちする!!」
今度こそぽかんとした顔で、キリウスがこちらを向いている。
だって!! お家の人もキリウスの家も、ミリアさんをいらないって言うんだろ!?
じゃあ俺がもらう! 俺がもらって幸せにする!!
こんな悲しい出来事が霞むくらい幸せにするんだ! もう決めた!!
あははっ、場違いなくらい明るく笑ったシオが、目許を緩めた。
「ちゃんとミリアさんに許可取るんだよ?」
「うん!!」
「い、いや、何の話だ? 駆け落ち?」
キリウスが慌てているけれど、知ったことか!
ミリアさんは、ニアくんがもらっていくからな!! あばよ!!
「これより、『ミリアさんとニアくんの駆け落ち大作戦』の作戦会議を開こうと思います」
「いや、だから事情を話してくれ……」
困惑したキリウスが、諦めたようにため息をついた。
*
キリウス・ルイスを出迎えたサンブラノ卿が、その厳格な顔をにこやかに笑ませた。
彼の隣に立つ夫人が、美しい顔を笑みの形にし、静々ドレスを摘む。
一礼したキリウスの後ろには、小柄な使用人が控えていた。
薄茶と桃色が混じった、不思議な髪色の少年だった。
すまし顔の使用人と同じように、ルイス家の使用人の制服を纏っている。
屋敷の主人がキリウスへソファを勧める。サンブラノ邸の使用人が茶器を置き、音もなく壁際まで下がった。
「久しぶりだね、キリウスくん」
サンブラノ卿が深い音域の声を出す。
「背も高くなって、かっこよくなりましたね」
夫人が扇子で口許を隠し、ころころと笑みを乗せた。
キリウスは黙したまま一礼するのみで、その表情は重たい。
「それで、用件とは何かね?」
「……僕と、ミリア・サンブラノとの婚約を、なかったことにしてください」
掠れた声音で、けれどもきっぱりと、キリウスが要望を口にした。
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