俺、また変質者に会う

「やあ!」


 眩しい金髪に、似非爽やかな笑顔が、親しげに片手を挙げている。

 今日は黒いコートを羽織っていない変人が、校門のところで待ち構えていた。当然両腕の拘束具も、ペストマスクもない。

 脊髄反射で、げっ、シオと俺の声がぴたりと揃った。


「変態仮面」

「SM野郎」

「あはは、ひどいな、君たち」


 にこにこ、男が笑う。

 人通りの多い門前で、その整った容姿は悪目立ちしていた。

 近年感じたことのない頭痛を感じる。

 あのシオでさえもひどい渋面を晒しているのだから、俺たち双子は相当渋い顔をしていることだろう。

 そんな俺たちと、周囲に構う繊細さなど見せず、にこにこ笑顔の宮廷魔術師がこちらへ歩み寄った。

 ええいっ! 視線とひそひそ声が喧しい!!


「今から帰り? 一緒にお茶しない?」

「知らない人について行くなって、ばっちゃが言ってたんで」

「そっか、自己紹介がまだだったね。俺はルーク。よろしくね、ニア、シオ」


 にっこり、右手を差し出されて頬が引きつった。

 やっぱり名前把握されてる! くっそ、だからって学校まで付き纏うなよ!!


 シオが微かに俺に触れ、爪先の向きを変える。……合図だ。

 ルークとやらから逸れるように、彼が歩き出した。

 俺もそれに従う。シオとは逆方向に進んだ。


「お断りするよ、これから予定あるし」

「ああ、マキノ牧師のところ?」

「…………」


 右手で俺の腕を、左手でシオを掴んだルークが、楽しげな声音で牧師の名前を当てる。

 ……完全に俺らのこと把握してんじゃん……。ストーカーかよ……。

 じっとり、シオが彼を見上げた。


「……場所を変えよう」

「そうこなくっちゃ! 実はね、おいしいケーキ屋さんを見つけたんだ」


 一層晴れやかな笑顔を作った青年が、俺たちの肩を抱いて門から立ち去る。

 ええい!! 黄色い悲鳴が喧しいッ!!


 渋々ついていくと、高級そうな馬車へ乗せられた。頭痛が増した。

 待って、俺らどこへ連れて行かれるの……?

 対面に座るにこにこ顔に、警戒心を全開にさせる。ルークが苦笑した。


「そんな顔しないでよ。今日はいい話を持ってきたんだ」

「じゃあ、ここで話せよ」

「だめだめ。スポンサーにサービスするって、大事なことだよ?」

「誰が誰のスポンサーだ!?」

「俺が、君たちの」

「ストーカーの間違いでしょ?」


 あははっ! 青年が楽しそうに笑う。

 ……いや、ストーカー呼ばわりされて、何でそんなうれしそうなんだよ。

 やばい。濃密な性癖の歪みを感じる……!


「まあまあ、お茶しながらゆっくり話そうよ。奢るよ?」

「……シオ。店中の高いケーキ、食べ尽くすぞ」

「おっけー。憧れの『端から端まで』ってやろう」

「ははっ、その程度で俺の財布は空にならないよ」


 くそう、金持ちめ!!






 てっきり、貴族が通う喫茶店へ連れて行かれるのだと思っていた。

 まさか個室を貸し切って、茶会するなんてな……。

 どこの屋敷だよ、ここ。俺ら、どこに誘拐されてんの?

 貴族学校の制服がなかったら、絶対に近寄ることもできない場所だろ、ここ。

 やべえ、床に顔が映りそう。鏡かよ。磨かれ過ぎだろ。

 うっわ、シャンデリアまぶしー……。

 あ、あれが噂の給仕か。ははっ、何人整列してんの?


「どうぞ」

「帰りたい」


 にこやかにルークが椅子を引く。

 クロスの引かれたテーブルには、すでにティーパーティが開催できるよう、食事が盛りに盛られていた。


 こわい。この人、俺らが逃げてたら、これどうしてたんだろう……?

 いや、計画的犯行すぎない? 授業終わる時間まで把握されてんの、恐怖でしかないわ……。


「ほら、おいで。それとも抱きかかえられたい?」

「うるっせーわ。セクハラで訴えんぞ」

「あはは、残念。権力で捻じ伏せられるんだ」

「誰だよ、こいつに権力持たせたの!!」


 駄目だろ、このサイコパスに一番持たせちゃいけないものだろ!?

 金と権力は駄目って、誰にでもわかるだろ!?


 完全に死んだ顔で、シオが椅子に近づく。給仕の人が勝手に椅子を引くから、余計にシオが死んだ顔で座った。

 俺もシオに倣おうとしたのに、ルークに腰へ手を添えられ、無理矢理椅子に座らされた。

 セクシャル・ハラスメントで訴えんぞ!!!!


「さて、なんだっけ。あ、これおいしいよ。お食べ」

「うっせ!! さっさと本題話せ!!」


 目の前に湯気の立つ紅茶を置かれ、さらにお皿に名前すらわからないケーキを載せられる。

 にこにこ笑うルークが、軽い仕草で手を振った。給仕の人たちが部屋から出て行く。

 なんだよこの人!! ほんっとこわい!!! 指揮者かよ! コンダクターかよ!!!


「あんまり聞かれたくない内容だからね。あ、シオ。これおいしいよ。食べ方わかる? はい、あーん」

「自分で食べるから、そこに置いてて」


 シオの口許まで運ばれたサンドイッチに、片割れが聞いたこともないくらい低い声を出す。

 ここまでシオを怒らせるこの男、何だ、愉快犯か……。


 ははっ。軽やかに笑ったルークが、俺たちの間に立ったままティーカップを取った。


「サンブラノさんって知ってる? 商会を運営している、顔のこわいおじさんなんだけど」

「知らない」


 ぴしゃり、シオが即答する。

 けれども俺の動揺を感知されたのだろう、ルークのにこにこ笑顔は変わらない。


「サンブラノさんには、美人な後妻と、子どもがふたりいるんだ。ひとりが前妻の娘で、ひとりが後妻の連れ子。ここまでがキャスト紹介」

「個人情報漏洩してない? 守秘義務どうしたの」

「だから人払いしたんだよ」


 ルークが人差し指を唇に当てる。

 こいつは、俺たちがミリアさんと接点を持っていることを知って、この話を投げかけてきたのだろう。

 けれども性質が悪い。ミリアさんのいないところで、ミリアさんのことを聞くのは。

 席を立とうとする俺の肩に、ルークが手を置いた。


「前に君たちに聞いた、盗人くん。捕まったんだ。正確には『盗人ちゃん』だけど」

「ミリアさんは、そんなことしない!!」

「そうそう、その名前の子! いやあ、憐れだったよ。継母に帽子をズタズタにされちゃってね。

 よっぽど大事だったんだろうね。疑われようと、責められようと泣かなかったのに、わんわん泣いちゃって。そういえばあの帽子、君が被ってたのに似てたなー」

「!!」


 シオを見下ろしたルークが、にこにこする。

 恐らくその帽子は、ミリアさんが路地に迷い込んだときに、俺が彼女に被せたやつだ。

 ルークから聞かされた情景に、胸が苦しくなる。

 そこまであの帽子が大事にされていたことにも驚いたし、継母なにしてるんだ!! と憤りも抱いている。何より、ミリアさんの境遇に悲しくなる。


 ミリアさんの家庭事情に踏み込んだことなんて、ない。

 彼女の家が険悪だったなんて、知らなかった。


 にっこり、ルークが笑う。


「ほらほら、手が止まってるよ。食べなよ」

「……何で、そんなこと知ってるんだよ」

「サンブラノさんの手助けをしているからね。盗人ちゃんを捕まえてーって」


 薄々わかっていた。ルークはミリアさんのお父さんに雇われている。

 じゃあ何で、人払いを済ませてまで、俺たちに聞かせたのだろう?


「ミリアさんは、そんなことしない」

「証拠はないけど、証言はあるんだなー。執事が、後妻の部屋から出てくる娘の姿を見たって」

「それだけで決め付けるのかよ!?」

「従者もメイドも見てるのに? たくさんの使用人が、彼女の姿を証言している」

「ぐ、ぐう……ッ」


 目撃者多すぎないか!?

 でも、ミリアさんがそんなことするなんて思えない! 絶対に何かあるはずだ……!


「まあそれで、こんなに駆け回ったのに、このままだと俺、タダ働きになるんだよね~」

「宮廷魔術師にも、タダとかの概念があるの?」

「勿論。だからね、もしもタダ働きが確定したら、そのときは君たちのこと持って帰るね?」

「はあああ!? 何だよ、そのテイクアウト理論!?」

「だって、タダは嫌だろう?」

「お断りするよ」

「え~っ! そこを何とか!」


 ミリアさんのことで頭がいっぱいだったのに、横からいらない衝撃を食らって、めちゃくちゃ怒りたい気分になる。

 ね? ね? とねだるルークを剣呑に睨んだ。シオはシオで、侮蔑の目をしている。


 何でこんなど変態に付き纏われてるんだろ!? あっ、俺、ヒロインだった!

 くっそ!! いらねええええこの称号おおおおおおッ!!!!

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