助けてこの人不審者です!
「つまり、本当に盗人くんではないと?」
「何度も言ってるだろ!!」
「ふむ」
ふむ、じゃない!!
宮廷魔術師のコートを羽織った青年が、顎に手をあて唸る。
彼の両手をまとめていた拘束具っぽいものは、今は俺たちの両手をまとめるアイテムに変身していた。
いや、ひとりで着脱可能かよ!! 余計に意味わからんわ! ファッションかよ!!!
「誤解を認めて、はやく解放してよ。ひとりSMの趣味にぼくたちを巻き込まないで」
「そうだぞ、変態! 人呼ぶぞ!!」
「可愛い見た目に反して、容赦のない口だなあ……」
困り顔で青年が唸る。
地面に座らされた俺たちと目線の高さを合わせ、彼が口を開いた。
「もう一度聞くよ? 貴族の屋敷に強盗したのは、君たち?」
「違う!!」
「じゃあ、何で俺が接近したとき、攻撃したの?」
「音もなく黒ずくめのペストマスクに背後を取られてみろ! 生命の危機を感じるわ!!」
「なるほど。原因は俺の装いか」
自覚なかったんだ!!!!!
いやだって! 腕の拘束具に、ペストマスクに真っ黒コートって、どう見たって不審者じゃん!?
ええっ、宮廷魔術師って、こんな変な人いるの?
やめよ。進路変更しよ……。
隣のシオが、完全にどん引きした顔をしている。
多分、俺も似たような顔をしている。
うんうん頷いた青年が、俺とシオに巻いたベルトを外した。……ちくしょう、手首いたい。
「ごめんね? 君たち、すっごく怪しかったから」
「まだ言うか!?」
「だけど特に不審なものも持ってなかったしなあ。財布の中もすっかすかだったし」
「プライバシーの侵害!! えっ、俺ら気絶してる間に、なにされてんの!?」
「君、見た目より胸あるんだね。柔らかかったよ」
「ああああああッ!!! しね!! 俺にさわんなあああああああッ!!!」
立派なセクハラじゃねぇか!! 俺の地雷を踏み抜くなあああああッ!!!!
感情のまま殴りかかるも、軽やかに掴まれ、関節技を決められてしまう。
いたいいたい! おいっ、にこにこするな!!
「ちょっと。もう終わったんでしょ? 離してよ」
「そうだ。これからごはん食べに行こう? 君たちが持ってる情報を教えてよ」
「うるっせーわ! 交渉初心者かよ! お断りだわ!! いだだッ」
「その子離してよ。あなたと話すことなんて、なにもありません」
「おやおや」
ぱっと腕を解放され、即座に男から距離を取る。
彼が片手に、見慣れた袋を掲げた。
「あーッ!! 俺の財布!!」
「どうかな? 今なら奢ってあげるよ?」
「……お金だけちょうだい。情報料前払い」
「あはは。信用ないね~」
彼が自身の財布を取り出し、俺の財布に金貨を一枚入れる。
は!? 金貨!? 銀じゃなくて!? これだから金持ちは!!
「財布を置いて。そのまま離れて」
「はいはい」
シオの硬い声に従い、青年が地面に財布を置き、離れる。
俺は俺で財布へ近づき、男との間合いを計った。
「ボーラーハットを被ってた。口髭が生えていたけど、肌がくすんでなかったし、背筋も関節もしなやかだったから、年若い男だと思う。
メイデルさんのお店で、金色のブレスレットを売ってた。ハンカチに無造作に包んで、ポケットから出してた」
「なるほど。その人はプロムナードに?」
メイデルさんのお店は、食料品店だ。ブレスレットなんて、場違いも甚だしい。
俺たちは偶然その場に居合わせた。
……お店の手伝いをしたら、安く売ってもらえるんだもん。
「うん。メイデルさんが買取を拒否したから、男はそのまま店を出た」
「わかった。ありがとう」
「ぼくからもひとついい? 盗難の被害に遭ってる貴族は誰?」
「ひみつ」
にこにこ、青年が微笑む。いっそ胡散臭い。
「そう。……行くよ」
シオの合図に財布を引っ手繰り、その場から飛び出す。
今度こそ男は追ってこず、ほっと息をついた。
「なあシオ、よかったのか? あんなに喋って」
「あんまりにもしつこいから、納得させようと思って。金貨だって、もらいすぎてるし」
「だよな。……あーあ、どうするよ? この金」
充分に離れたところまで逃げ延び、弾んだ呼吸を整える。思案するシオが顔をしかめた。
「……いや、適正価格なのかもしれない」
「なんで?」
「ぼくたち、顔も名前もバレてる」
「さいっあく」
どうしよう、俺たち貴族の学校に通ってるじゃん。特待生じゃん。
うっわ、めんどくさいやつに絡まれた。二度と関わりませんように……。
何より、ミリアさんに迷惑かけないようにしないと!
「特にミリアさん家は要注意だね。今回の騒動と関係ないといいんだけど……」
「不吉なこというなよ!」
けれども不安が的中したかのように、翌日からミリアさんの姿を見かけることはなくなった。
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