俺、変質者に会う

 俺たちは宮廷魔術師を目指している。

 だって給料が破格なんだ! 俺とシオ、ふたりとも就職できれば、節約ごはんな日々ともおさらばできる。

 そして俺のおこづかいも増え、ミリアさんの好きなもの探しもできる!

 ああそうさ! いつも見栄を張ってるんだ!! だってかっこいいとこ見せたいじゃないか!!


 シオの背中に顔を埋め、枕代わりにする。寝転がった床がひんやりしていて、心地好い。

 ううっ、つかれた……。今日の依頼は特にしんどかった……。

 自宅へ辿り着いた瞬間、シオと揃って床へ倒れ込んだんだ。


「……シオぉ、今日、なに食べるよ……?」

「えぇ……? なにがあったっけ……?」


 微動だにしなかったシオが、ふにゃふにゃした声を出す。

 絶対夢現だ。もうあと数分したら、夢の世界へ旅立ってるやつだ。

 俺も大して変わらない声してた。けど、シオの方が過激に動いてるから、多分きっと彼は眠くてたまらない。


「……たまねぎ?」

「んん、……にる? やく?」

「たまねぎおんりー……?」

「んー……、ぱすた、……ったから、……うん」


 何が「うん」なんだ、片割れよ。

 もぞもぞ動いたシオが、寝返りを打つ。そのまま丸まり、俺の腰に頭を埋めた。

 ……あれを思い出す。自分の尻尾くわえてるヘビ。そうそう、ウロボロス。


「しおー?」

「……おふろ、……りたい」

「今入ったら、絶対おぼれる案件」

「んー……」


 むにゃむにゃしていたシオが、静かな寝息を立てる。

 ……ごはん、風呂、布団。いろいろやらなけらばならないことがあるけど、今は指一本動かすことすら苦痛だった。

 こんなハードな毎日も、宮廷魔術師になれば、幾分かマシになるんじゃないか? 勝手な憶測だけど。






「ニア! 補助お願い!!」

「おっけ!!」


 跳躍するシオに、補助魔術をかける。

 いつもより大きく跳んだ彼が、鮮やかな軌跡を描いて背の高い建物へ飛び移った。


 ここしばらく請け負っている依頼は、少々特殊だ。


 始まりはポートマンさんの店に、高価なネックレスが売られたことにある。

 ちなみにポートマンさんとは、俺たち庶民が使うような、こじんまりとした金物屋の店主のことだ。

 どう見ても場違いな商品に、ポートマンさんも不審に思ったらしい。マキノ牧師へ相談し、俺たちが動いている。

 どうやら件のネックレスは盗品だったらしい。

 警察が取り調べに動き、事情を知らないポートマンさんは真っ青になった。


 それから続々と下町に、盗品のアクセサリーが売られている。

 警察の監視も厳しくなり、冤罪で捕らえられた人も多い。

 こうやって嗅ぎ回っている俺たちも、恐らく捕縛対象だろう。

 それでもここまで働いた以上、きっちり報酬を受け取らなければ、今日のごはんすらありつけなくなってしまう。それは嫌だ!!


 で、何故こんな高所をぴょんぴょんしているのかというと、不審な男がアクセサリーを売っている現場を見つけたからだ。

 なので、現在尾行中というわけだ。


「プロムナードの方へ行った! これ以上はさすがに追えないよ!!」

「一旦引くぞ! 牧師に伝えよう!」

「わかった!」


 双眼鏡を首から提げたシオが、こちらの建物まで飛び降りる。

 その背後に、見慣れない黒いコートが迫った。ぞっとした悪寒のまま、彼を呼ぶ。


「シオ!!」

「ッ!?」


 空中で身体を捻ったシオが、咄嗟に氷でナイフを作り、背後目がけて薙ぎ払う。

 片割れの元まで跳躍して引っ掴み、即座に物陰まで飛び降りた。

 暗い路地に潜み、ふたり揃って息を殺す。


 ――黒いコートの人物は、ペストマスクのような仮面をつけていた。

 肩にかけられたコートの下は、両腕を黒い拘束具のようなもので覆っていた。……随分ハードな見た目だ。

 やべえ、危険な趣味の人だ。近寄らんとこ。


「……まさか」


 微かな声で、シオが呟く。彼の顔色は悪く、小刻みに身体を震わせていた。

 片割れの様子は、心臓を悪くさせる。


「シオ? どっか怪我したのか!?」


 震えを宥めるように腕を回し、負傷箇所がないか探る。

 ふるふる、首を横に振った彼が、強張った顔を僅かに笑ませた。


「だいじょうぶ。それよりあのコート、宮廷魔術師のものだと思う」

「なんでそんな奴がここに!?」

「わからない。でも、この件からは手を引いた方がいいかも。きな臭い」

「……わかった」


 うちのブレーンはシオだ。完全に直感型の俺とは違い、ちゃんと理論立てて考えてくれている。

 だからこの決定にも様々な意味があるのだろう。

 俺たちは虎の子を探すハンターではなく、日銭を稼ぐ労働者だ。


 ひとまずこれまでの成果を報告しに行こうと、物陰から立ち上がる。

 シオの手を取ったところで、彼が微かな悲鳴をもらした。


「え」


 俺のすぐ隣に、ペストマスクの男が立っていた。男、と思ったのは、俺よりうんと背が高かったからだ。

 咄嗟に回し蹴りをする。脚を掴まれ、捻られた。いった!!!


「ニア!?」

「あぐっ」


 そのまま路地の壁へ叩きつけられ、肺から空気が押し出される。

 半端なく苦しい。そして痛い。絶対これ、鞭打ちになってる。

 俺の元へ駆け寄ったシオが、男へ敵意を向けた。


「……ぼくたちに、なんの用?」


 低い声だった。冷気が漂い、気温が下がる。

 ペストマスクは物言わず、一歩こちらへ踏み出した。シオの術が展開される。


「走って!!」


 片割れの号令に合わせて、瞬発力の弾むままに駆け出す。

 先ほどまで俺たちのいた場所には、鋭い切先を持ったつららが乱立していた。


「くっそ! 足いってえ!!」

「ニア、あいつのご尊顔拝むよ!」

「よしきた!!」


 しつこく追いかけてくるペストマスクに、作戦が変更される。

 やってやろうじゃんか! こうなったら徹底抗争だ!!


 壁を蹴って滞空し、ペストマスクの背後へ降り立つ。すぐさまシオに補助魔術を上書きした。

 音を立てて止まった男へ、シオが魔術を巡らせる。

 狭い路地の壁面から突き出したつららを、男が砕いた。


「ニア! 今の見えた!?」

「風!!」

「わかった!」


 男は身体を動かしていなかった。つまりは物理で防いだのではなく、魔術でシオの術を打ち破ったことになる。

 不自然に揺れたコートは恐らく風の仕業で、切り裂かれた氷が舞う瞬間を見た。

 黒いコートの背中に描かれた紋章は、シオの指摘した通り宮廷魔術師のものだった。――なんでこんな路地にいるんだ?

 不意に疑問が掠めるも、今は目先の戦闘に集中しなければ!


 男へ弱体化魔術をかけつつ、シオへ強化魔術を振る。

 あのペストマスク、なっかなか弱体かかんないんだよな!!

 でも集中を阻害されているようで、シオの攻撃を避ける傍ら、俺へ魔術を飛ばしてきた。

 ふふん! 防衛型なめんなよ! そんなそよ風きかねぇよ!


 両手に氷で生成したナイフを握ったシオが、果敢に切り込む。

 何度かナイフを破壊されるも、即座に再生できるため、流れるような攻撃は継続された。

 男の余裕ある体勢が、一瞬崩れる。

 ……ここは物が雑多に押し込まれた、下町の路地だ。悪路に足を取られた、その隙に駆け出した。


「もーらい!」


 男の肩を土台に跳躍、ペストマスクをもぎ取る。

 シオの元に着地し、振り返ってハードSM男のご尊顔を拝んだ。


「これはこれは、ははっ、愉快」


 背に落ちたフードの下から現れた、目の覚めるような金髪。

 緑の目は若葉の色で、口許は楽しげな笑みを描いていた。非常に整った顔が、こんにちはしている。

 ん? どっかで見たことあるぞ、この顔。


「あ、攻略対象じゃん」

「それって前にいってた、ニアの妄想の?」

「怒るぞ」


 がるる、隣の片割れを威嚇する。

 攻撃の姿勢を取り止めた青年が、俺たちのやり取りを見てにこにこしている。

 ……いや、にこにこすんなよ。何なんだよ、こいつ。


「なかなか見込みがあるねえ。うん、楽しそう」

「どうしよう。顔がよくても補いきれない、やばい人感がすごい」

「ニア、逃げよう? 関わっちゃだめだよ、ああいう手合い」

「失礼だなあ。君たちに尋ねたいことがあるんだ」


 一歩踏み出された足に、反射的に一歩下がる。

 ……マキノ牧師に相談しよう。変なのがうろついている。


「この頃街を賑やかにしている盗人くんは、君たちかな?」

「違いますけど!?」

「でも盗人本人に聞いても、意味ないか。顔も見られちゃったし」

「人の話聞かない典型かよ! 誤認がひどい! この無能!!」

「失礼だなあ」


 即座に踵を返した。瞬時に走った。

 けれども爽やかさまで感じられる笑顔が間近に迫り、俺は首に一発。シオは鳩尾に一発、あっさり意識を奪われた。

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