キリウスとミリアの交換日記

『桜露の月 25日

 今日は晴れだった』


『桜露の月 26日

 今日は本を53ページまで読みました』


『桜露の月 27日

 今日はくもりだった』


『桜露の月 28日

 今日は本を231ページまで読みました』


『桜露の月 29日

 今日は』


「やめろおおおおおおッ!!!!」

「な、何をするんだ! お前は!?」


 キリウスからノートを奪い、背中に隠す。

 頭が痛い! ぞっとした!! 今も背筋が寒い!! こわい! こわすぎる!!


 お察しの通り、これはキリウスとミリアさんの交換ノートだ。

 ひどい!! お前はこうしてミリアさんと文をかわせる公認の仲だというのに、こんな実のないやりとりしかしないなんて、ひどい!! 嫉妬で臓腑が捻じ切れそう!!


 俺からノートを取りかえそうとしているキリウスへ、人差し指を突きつけた。


「天気のはなし禁止!! もっとミリアさんの興味を誘うはなしをする!!」

「……何故僕がそんなことをしなければならないんだ」

「お、ま、え!! 俺の気持ち知って、そういうこと言う!! 次言ったら刺すからな!?」

「……むう」


 むう、じゃない!!

 そんなところで可愛い子を目指すな!! ちょっと頬を膨らますな! くっそ、顔がいい!!!

 キリウスの胸に交換ノートを叩きつける。ミリアさんも使っているものなので、勿論ソフトにやっているが、本心を言えば全力で叩きつけたかった。


 受け取ったキリウスが、不貞腐れた顔のまま机にノートを開く。

 ペンを持ったまま静止。彼が眼鏡越しに、窺うようにこちらを覗いた。


「……何を書けば、いいのだろうか」

「今日あったこととか、もっと色々あるだろ!?」

「天気……」

「却下」


 むう。だから不貞腐れるな!!

 お前、忘れてるかも知れないけど、俺にとってお前は恋敵なんだからな!? 月夜の晩だけだと思うなよ!?


 ペン先をさ迷わせたキリウスが、縋るようにこちらを見詰めてくる。

 お前ッ! やめろよ、そんな目でこっち見るなよ!!


「……自分の好きなものを書くとか」

「引かれたらどうするんだ」

「どんだけコアなこと書くつもりだよ。自分の好きなものを知ってもらうって、いいことだろ?」

「そうか」


 ふむ、頷いたキリウスが、考え込むようにペンを唇に当てる。

 くっそ、顔がいい。これだから攻略対象はああああッ。

 結局手助けしちゃって、俺はああああああッ!!!


 インク瓶にペン先を入れ、ノートへ乗せられた。さらさら、整った文字が流れる。


『先日読んだ文献が興味深かった。

 対魔獣殲滅用の大掛かりな魔術ではなく、分子レベルにまで最小化された魔術を用いて対象を破壊するものだった。

 知ってはいると思うが、僕の魔術は大掛かりなものが多い。

 しかしこの方法を導入することによって、魔術構築の阻害を封じることが可能になるのではないかと仮説を立てている。

 ニアから受けた雪辱を果たすためにも、今後とも力を入れて研究したい』


 ――おい。


「俺がどん引きした」

「引かないと言っただろう!」

「俺への報復を、俺の目の前に晒して引かれないと!? あと内容がマニアックすぎる!!」

「知るか! 僕はこれで提出する!」

「論文かよ!?」


 インク瓶を締めたキリウスが、立ち上がって教室を出て行く。

 あんなマニアック文書、ミリアさんに引かれても知らないんだからな!!






「サンブラノから返事が来た」


 翌々日、端的に呟いたキリウスが、交換ノートを開いた。

 今更だけど、これ、俺が見たらいけないやつだよな? デリカシーって大事だからな?

 広げられたノートには、これまでになかった流れるような文字が踊っていた。

 流石ミリアさん。文字まで美しい! じゃなくて、ええっと、なになに?


『そちらの文献でしたら、わたくしも拝読いたしました。興味深い内容、同意いたします。

 キリウス様がお抱えの、魔術構築に於ける時間短縮及び効率化について、わたくしなりの見解を述べさせていただきます。

 構成が複雑化するほど魔術の展開に時間を要すること、つまりは単純化した魔術を複数個展開することによって、時間短縮が図れるのではないでしょうか。

 時間差による魔術の連続展開は、足止めにはなりませんか?

 わたくしは攻撃面に疎いため、憶測の域を超えられません。不勉強をお許しください』


 ‭「待って、何の話?」

 ‭「魔術の話だ」

 ‭「論文の間違いじゃないのか!?」


 頭が痛くなるような内容と、文字の密度に、瞼をきつく閉じる。

 何なんだ? 彼等はいつも、こんな小難しいことを考えているのか?

 さっぱりわかんない! 感性でバーっとやっちゃだめなのか!?


 やんわり、キリウスの口許が弧を描いている。

 そうだった! こいつ、重度の魔術おたくだった! あとミリアさん、この前難しい本読んでた!


 はっ!? まさか俺、ふたりの仲を取り持ってしまったのか!?

 そんなっ、ミリアさん! こんなやつと難しい話しないで! 俺にわかる話で盛り上がって!! 俺のこと置いていかないで!!


「意外と話がわかるんだな」

「ミリアさんは渡さないんだからな!!」

「ああ……?」


 不思議そうな顔で、キリウスが首を傾げている。

 くっそ! 顔がいい上に、余裕の態度が腹立つ! 覚えてろよ!!

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