俺とミリアさんとデート
「ニア、お行儀が悪いですよ」
「聖書頭に乗せるの、どうなんすか?」
マキノ牧師に頭へ聖書を乗せられ、むすりと彼を見上げる。
にこにこ食えない笑みを浮かべた彼が、おっとりと窓辺へ寄った。ステンドグラスは色つきで、外の景色が見えにくい。
「バラが咲いたんです。今年も見事な色だ」
「教会って、どこでもバラ育ててるんですね」
頭の聖書を長椅子に置いて、背凭れに頬杖をつく。
適当な感想を述べると、牧師が意外そうにこちらを向いた。
「おや、お嫌いですか?」
「べっつにー」
「特に女性はお好きではないでしょうか。よほどの苦い思い出がなければ」
にこにこ、食えない笑顔が逆光にさらされる。
……彼は恩人であるけれど、この腹黒い悪役感をどうにかしてほしい。つい勘繰ってしまう。
いや、いい人なのだけど。裏のボスっぽさがひどい。
パイプオルガンとか、チェンバロの音を背景に、「よくぞここまで来ました」とか言いそうでこわい。
「この頃はデートだろう方々を、よく見かけますよ」
「まじで? 教会にデートくんの?」
「おや、意外ですか?」
「なんか肩こりそう」
ただでさえデートとか緊張するだろうし。くそう、俺もミリアさんとデートとかしたい。
本来、庶民の俺が近づいていい人じゃないもんなあ。……ううっ、身分違いの恋とは、こういうことか……!
俺の悶々とした悩みを感じ取ったのか、牧師がすすすと俺の傍に立つ。すとん、彼が俺の目線まで屈んだ。
その音と気配がないところが! 裏のボスっぽくてこわいんだって!!
「もしやニア、気になる子がいますね?」
「はあー? おっさんに恋バナする気なんて、ありませんけどー!?」
「おやおや、どんな子ですか? 今度連れてきてください」
「嫌だよ!? 何でお披露目しないといけないんだよ! ミリアさんが減る!!」
「ほうほう、ミリアさん」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた牧師を、殴らなかった俺は偉いと思う!
彼の顔へ聖書を押しつける。「昔はもっと可愛かったのに……」と嘆かれた。誰のせいだ!!
「ただいま。……マキノ牧師、ニアになにしてるの? セクハラ? 訴えるよ?」
「おかえりなさい、シオ。見ての通り、ニアと恋バナです」
「してねーよ!! 勝手に探ってきたんだろうが!!」
裏口の方から戻ってきたシオが、剣呑な顔で牧師との距離を詰める。
立ち上がった牧師が、無害を表明するように両手を広げた。そのまま肩を竦める。
「あなた方が順調に反抗期を迎えて、わたしは寂しい」
「はいはい。それより報告聞いて。対象の浮気は黒。相手の女性に結構貢いでた。あの女性やり手だね。ご愁傷さま」
「おい! うちのいたいけなシオに、浮気現場なんて調査させんなよ!!」
「あなたは『いたいけ』を辞書で調べなさい。ありがとう、シオ」
「お礼はいいから、報酬ちょうだい」
しれっとしているシオが、利き手を差し出す。
俺たちはそれなりに底辺の生活をしている。こうして牧師を経由に依頼をもらい、生計を立てている。
牧師の元には、悩みごとが集まる。それを俺たちが金銭を報酬に解決するという、それなりにハッピーな職業だ。
立ち上がった牧師が、はいはいと財布を取り出した。
「わかりました。お小遣いをあげましょう」
「ほ、う、しゅ、う。もう耳遠くなっちゃったの? いい加減子ども扱いはやめて?」
「あなた方はこうも天使な見た目をしているのに、どうしてそう、口が悪くなってしまったのでしょう……」
よよよ、袖で目許を拭う彼を、揃って冷めた目で見詰める。
俺はマキノ牧師に、幼い日より、ロリショタの嗜好があるんじゃないかと疑っている。
「牧師の教育が悪かったんじゃない?」
「シオに浮気現場を調査させる、牧師が悪い」
「容赦がない……」
しょんぼり、牧師が肩を落とした。
うん。それよりも。
「なあ、シオ。ミリアさんにそこのバラ見せたら、喜んでくれるかな?」
「喜ぶんじゃない? さっき通ったとき見たけど、結構きれいに咲いてたよ」
「よし、誘う」
「ニア、あなた、人の心を抉るのが得意ですね……」
牧師が嘆いているけれど、知らない。
うちのシオに、穢れた大人の事情を見せた張本人になんか、反抗期の態度で充分だ!
*
「ミリアさん、こっちです!」
そんなわけで、ミリアさんをお出掛けに誘った!
決してデートじゃない。デートじゃない! バラを見に行こうと誘っただけだ。だからセーフだ!
学校が終わってからの時間を、俺にください! とお願いしたときは、心臓が飛び出そうなくらい緊張した。
返事はシンプルに「わかりました」の一言だったけど、オッケーをもらえて本当によかった!
そのあとシオの手を取って、ぴょんぴょん跳ねた。迷惑そうな顔をされたけど、知るもんか! わーい!!
こっちこっちと、坂を上っていく。
マキノ牧師のいる教会、ちょっと辺鄙なところに建ってるんだよなあ。
小さめの歩幅でとことこするミリアさんが、最高に可愛い。風が吹いて髪がなびくところなんて、神々しくて拝みたくなった。
いつも中庭でしか会っていないから、こうして他の景色の中にミリアさんがいると、とても新鮮な気持ちになる。
興味深そうに、道中のお店を覗いちゃうミリアさん可愛い。看板見上げるミリアさん可愛い。
あれ? もしかしてこれ、危険なウォッチング?
「ニア」
「ぅわ、はい!!」
「……何をそんなに驚いているのです?」
怪訝な顔で、ミリアさんが目を細めている。じっとり、音にするならそんな感じだろう。
いやだって! ミリアさん可愛いしか思っていなかったところに、ご本人の肉声登場だよ!? 危うく召されるかと思った!!
「あ、あれ? 今、なまえ……」
「それがどうしたと言うのです。……それより、疲れました。手を引きなさい」
「はわわっ」
つんとそっぽを向いたミリアさんが、上品な仕草で右手を差し出す。
あわわっ、これは合法? 合法だよね? わ、わあ! まさかミリアさんと手を繋げる日が来るなんて、思ってもみなかった!!
そっと華奢な手を取る。俺の荒れた手とは違う、滑らかで繊細な手だった。
「ご、ごめんなさい。触り心地よくない、ですよね……」
「……あなたらしいと、思いました」
握るべきか迷っていた手を、先にミリアさんに握られる。心臓がきゅっとした。
ぎこちなく横目で彼女を窺うと、染まった耳を残して俯いていた。
ミリアさんが! かわいい!!!
「ええっ、愛しさが激しくて泣きそう……」
「あなたの涙腺はどうなっているのです!? バラを見に行くのでしょう!」
「は、はい!!」
華奢な手を握り返し、道案内を再開させる。
そんな、名前を呼んでもらえて、手まで握れただなんて。浮かれるなという方が無理だ。
ミリアさんと見たバラ、というよりも。ミリアさんの美しさを引き立てるバラを見たおかげで、俺のバラへの印象は凄まじく良いものへと変わった。高評価、星5つだ。
マキノ牧師がにやにやしていたのが腹立つ。けれど、ミリアさんに喜んでもらえたみたいで、本当によかった!
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