俺と図画工作
「もう少しよわく……」
「こうか?」
「あっ! あともうちょっと!」
「……なにやってるの? ふたりとも」
怪訝そうな声で、シオがこちらを覗き込む。
カーテンを閉め切った上、机の影になるところに座り込んでいた俺とキリウスが、同時に顔を上げた。
「シオ! 見てくれ、氷像ランプシェイド!」
「僕の術はロウソクじゃない」
むっすり、眉間に皺を寄せたキリウスの前に置かれた、ひとつの氷像。
ぼんやりと明かりを灯したそれは、ゆらゆら橙色に染まり、なんともメルヘンな仕上がりになっていた。
胸を張る俺に、へえ、シオが目を丸くする。
「お洒落だね。ミリアさん用?」
「何でわかったんだ!?」
「なんでだろうね」
しれっととぼけたシオが、俺たちと同じように床に座る。氷像にかざされた彼の手が、ふいと遠ざけられた。
「熱くないんだね」
「燃えずに溶けないがコンセプトだからな」
得意気に口角を持ち上げる。
キリウスが手をかざし、炎の威力を調整した。氷を透かせた炎は、やわらかな色をしている。
「このくらいか?」
「よっし、いい感じ!! さっすが天才!」
「適正があれば、誰でもできる範囲だ」
呆れ声のキリウスがため息をつく。
このお坊っちゃんの協力を得るために、それはそれは苦労した。
いつも読んでる小難しい本にあてる時間を俺にくれ、と願い出たのだが、渋面を浮かべるだけで、ちっとも頷かない。何でだよ、俺とミリアさんの癒しの時間は邪魔するくせに!
必死にねだり倒して、かなり鬱陶しく付き纏った。
最終的には「集中できないだろう!!」と怒ったキリウスが折れたことにより、こうして手伝ってくれている。
「雑貨屋でな、ステンドグラスのランプシェイドを見つけたんだ。それ見た瞬間、これミリアさんが使ってたらお洒落!! て思ったんだけど、値段が無理めの無理でさ」
「うんうん」
「そこで、自分で作ったらいーんじゃん! と天啓を得てな。天才のキリウスくんをひっつかまえて、作ってみた」
「ふーん」
簡単に経緯を説明して、じゃじゃん、氷像を両手で指し示す。
俺とキリウスの共同作品。昨日の敵は今日の友。
気のない感じで頷いたシオが、人差し指で氷像を差した。
「ところでこれ、なんの像?」
「クマ」
「乙女心が足りないんじゃない? なんでこのクマ、四足で魚くわえてるの? 野生的だね」
「え? だって置物っていったら、木彫りのクマだろ?」
シオの指摘に、まじまじと氷像を見詰める。
デフォルメゼロの、魚をくわえた、四肢を踏ん張るクマ。
氷でここまで再現できた技術力が、我ながら恐ろしい。ただ着彩できないから、とってもクリスタルな仕様だ。
橙色に揺らめく炎が、クマの猛々しさを演出している。
うん、自信作!
どこがおかしいのかと、片割れの顔を見詰めた。盛大にため息をつかれる。
「……ミリアさんの私室に、荒々しいクマの彫像があったら、どう?」
「ギャップが暴力的」
音速で回答する。
ミリアさんと木彫りのクマが、同じ空間に共存できない……。
ないわ。ミスチョイス甚だしいわ!!
もっとかわいいピュアメルヘンなものにしなきゃ! ミリアさんに似合うものって、なんだろう!?
「おい、キリウス! ミリアさんがすきなものって、何だ!?」
「は? ……何でもいいだろう?」
「そんなんだから乙女心が解せないんだ!!」
「ニアもね」
ぽかんとクマを指差したキリウスの胸倉を掴み、がくがく揺する。慌てて眼鏡を押さえた彼が、戸惑った顔をした。
くそう、顔がいい!! 嫉妬するぞ! 俺も美少女じゃなくて、美青年がよかった!!
その後クマの彫像は、呆れ顔のシオ監修の元、テディベアレベルにまでデフォルメされた。
クマの目はそんな位置にない!! だとか、いっぱい文句言ってごめんなさい……。
ミリアさんには正直に、「三人で作りました」と過程を告白した。
俯きながら、もごもごとお礼を言った彼女は大変可愛らしかった。表現できないくらい可愛かった。ほっぺ真っ赤なの可愛過ぎた。
「ミリアさん尊い……」と倒れた俺を、キリウスが残念なものを見る目で見てきたので、そこはちゃんとお話しようと思う。校舎裏で。
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