俺のオアシスが!

 俺の前に、麗しのミリアさんがいる。

 その隣には何故かシオがおり、さらに隣にはキリウスがいた。

 場所はいつもの中庭だ。

 あのキリウスの謝罪……聞こえなかったけど……から数日。何故か俺のミリアさんタイムに、このふたりが加わるようになった。


 解せぬ。俺のオアシスが……!!


 キリウスが何ごとか唇を動かす。

 ふんふん、頷いたシオが、ミリアさんの方へ視線を向けた。


「キリウスから、『サンブラノは、今年の舞踏会どうするんだ?』って」


 直接話せよ!!

 こんなに近くにいるんだから、直接話せよ!!

 それより、舞踏会!?

 これだから貴族は! ミリアさんと行けるなんて、本当に羨ましいな、婚約者殿は!!


 思った言葉を、ぐっと飲み込む。ミリアさんの唇が動いたからだ。……声はもちろん聞こえない。


「ふんふん。『出席します』だって」

「ッ!!」

「あーうん。『お前が出たら、僕まで出ることになるだろう!』と」

「……っ」

「えっと、『キリウス様はお休みいただいて結構です。わたくしひとりで向かいます』」

「ッ、」

「ええっ、『そんなことしたら、お前に恥をかかせたと、僕が責められるだろう……ッ』あー、ねえ、ニア助けて」


 両手を肩まで上げたシオが、俺へ向かってヘルプを求める。

 屈んだ体勢で頬杖をつき、彼等を見上げた。


「……シオのひとり芝居見てる気分」

「あーっ、言ったね? 次、この席に来るの、ニアだからね?」

「そんな話は聞いていないぞ?」


 シオがじと目を作る。彼の両隣が、縋るようにこちらを見ていた。

 ……緊張したように両手を握り締めるミリアさんの傍へ、即座に向かう。ミリアさん、そんな顔しないで。最近までもうちょっと柔らかい表情してたのに……!


 キリウスはぷるぷると小さく震えていた。

 知らん! ミリアさんと過ごせる貴重な時間を棒に振るようなやつ、俺は知らないからな!!


「ミリアさん、舞踏会って、どんなことするんです? 俺、行ったことがなくって」


 いつもの調子でミリアさんに話しかけると、彼女が僅かに息をついた。

 俺もシオも庶民だ。

 貴族のパーティに出られるほどの金銭的ゆとりなんて、どこにもない。そもそも、俺たちには不釣合いな空間だ。作法やステップさえも知らないし。


「……ダンスや立食を通じて社交する場です。親交を持ちたい相手と接触しやすい機会でもあるため、会場は常に賑やかです」

「なるほど~」


 ようやくミリアさんの声が聞けて、俺はうれしい!

 しかしまた、社交界って大変そうなところなんだな? なんとなく、白鳥のバタ足を連想してしまう。


「舞踏会ってことは、ミリアさんもドレス着るんですよね!? どんなドレスですか!?」


 はっと思いいたった事情に、俺はとても生き生きした。

 星影の君のミリアさんだ。きっとドレス姿も素敵に違いない!

 どんな色だろう? ドレス知識が無に等しいせいで、想像ですらぼやぁっとしてしまう。がんばって、俺の想像力!!


「……青が、多いです」

「青ですか! ミリアさんでしたら、薄い青も、濃い青も、なんでも似合いそうですね!!」


 ミリアさんの頬が、淡く染まる。口をへの字に曲げた彼女が、目線を下げた。

 あわわっ! ミリアさんが照れた……!! 今日お祝いする! これから毎年カレンダーにまるつけて、俺だけの記念日にする!!


「あっ、あの! よ、邪な気持ちとかじゃなくって、その、ミリアさん美人さんだから、似合う、かなって……!」

「わかりました。静かにしてください」

「ひゃい!」


 動揺した心がついた言葉を、震えるミリアさんの一喝によって打ち切る。

 火照った頬を押さえて、くるりと背中を向けた。あーっ! 空が青いなー!!


「……ニア、どうしてそこで照れるの?」

「うるっさい!!」

「サンブラノが……照れ……」


 愕然とした顔で、キリウスが俺とミリアさんを交互に指差している。

 ふとキリウスを見詰めたシオが、不思議そうな顔で瞬いた。


「キリウスって、ミリアさんのこと、家名で呼ぶんだね?」

「と、当然だろう!? 婚前の女性だぞ! 最低でも5年接して、ようやく名前で呼べるんだ!!」

「長い長い」

「キリウス……お前……っ」


 頬を真っ赤にして怒鳴るキリウスは、あんなにも顔がよくて頭もいいのに、とんでもなく人見知りで、すさまじく奥手なんだな……。ちょっと同情してきた……。

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