俺、相談する
「なあ、シオ。今から変な話をしてもいい?」
「どうしたの、ニア。また落ちてるものでも食べたの? お腹壊すからやめなって、いつも言ってるでしょう?」
「誰がいつそんなことしたよ」
心底心配です、といった顔で、シオが適当なとこを口にする。けらり、笑った彼を小突いた。
食卓に並んだ今日の晩ごはんを前に、お祈りの言葉をふたり同時に呟く。
顔を上げてフォークを手にするタイミングも、鏡合わせのようにぴったりだ。
「すっごく真面目な話だからな」
「うん、どうぞ」
「この世界が、とある物語を忠実に再現されたものだと言われて、あなたは信じますか?」
『すっごく真面目な顔』で切り出した俺に、片割れがぽかんと口を開ける。
ゆるゆると首を傾げた彼が、白々しい仕草で口許に手を当てた。
「……ニア、カルト教団にでも入っちゃった?」
「入ってない!!」
「危ないから、やめときなよ」
「だから入ってないって!!」
あんまりすぎないか、シオ!!
フォークを握り締めながら、力強く否定する。グラスに水を注いだシオが、ふうん、小さく頷いた。
「まあいいや。それで?」
「シオ、お前本当、そういうとこだぞ」
充分俺をからかったらしい。ペンネ状のパスタにフォークを刺しながら、シオが澄ました顔を作る。
剥れながらも、彼に我が身に起きていることを話した。
自分が恋愛ゲームのヒロインであること。
キリウスは攻略対象で、フラグは実技訓練でキリウスに勝つこと。
そして、あのミリアさんが、恋路を阻む悪役だったこと……!
途中、説明に涙が混じった。
シオは変わらぬ顔で、夕食を口に運びながら、ふんふんと相槌を打っている。……片割れよ、きみに人の心はあるかい?
話が一段落したところで、徐にシオが口を開いた。
「ニアが主人公な段階で、物語破綻してない?」
「うるっせーわ! その通りだわ!!」
けろっと指摘されると、何だか腹が立つ!!
それでも、全くもってシオの言う通りなんだわ!
俺に野郎と恋愛する気なんざ、爪の先ほども存在しない。ミリアさん以外、アウトオブ眼中の自信がある。
それに、キリウスとのフラグといっても、今あいつが一番親密さを感じてるの、多分目の前のシオだと思うし!
「悪役の種類がどんなものかぼくは知らないけど、ニアがこの先もミリアさんと仲良くしてたら、別に大丈夫なんじゃないかな?」
「なるほど!? よかった! 俺、これからもミリアさんと……なか、よく、する!!」
「そこで照れるの!?」
うっさいうっさい! 俺にだって純情な心があるんだ! 驚かれる方が失礼だ!!
火照った頬を俯けて、ペンネサラダをぶすぶすフォークで突き刺す。
でも、シオに相談してよかった。
ミリアさんといがみ合う関係になんてなりたくないし、そもそも俺にキリウスを盗る気もない。そんなことでミリアさんを悲しませたくない。
……そういえば、エンディングでミリアさんはどうなっていたっけ?
……ううん、確か追放されてたと思うんだけど……、あ。
「追放って、実質駆け落ちだと思わないか!?」
「なにがどこへ向かって、駆け落ちになったの? せめて順序立てて説明して?」
呆れ顔のシオへ、エンディングのことを伝える。
確か、これまでの悪事が明るみになり、ミリアさんは実家を追放されるんだ。
行き先とかは覚えていないんだけど、二度とこの土地を踏むことができないよう、誓約を立てていたような……。
それまで澄ました顔をしていたシオが、この話になった途端に難しい顔をした。
「それは、ちょっとまずいかも」
「え? どういうことだ?」
「ミリアさんのご実家が、とても影響力のある家だってことは、ニアも知ってるよね?」
フォークを置いたシオに合わせて、俺もフォークを置く。こくり、頷いた。
貴族なんてみんな偉いものだと思っているけど、ミリアさんの家は、さらに抜きん出て偉いらしい。
「その家から追放される。勘当されるって、どういうことかわかる?」
シオの言葉に、体温がすっと下がった。
「……村八分じゃないか……。二度と土地を踏む以前に、どの土地なら踏めるんだよ……」
「うん。……もしもニアのいった通りになってしまえば、ミリアさんは社会的に死んでしまうね。せめて修道院とか、流刑とか、場所を定めてくれればいいのに……」
「ダメダメ!! その前にミリアさんと駆け落ちする!!」
「未来は不確定だよ。ニアはミリアさんの婚約者であるキリウスに、手を出すつもりがない。そのまま契約履行でふたりは結婚するかも知れないのに、ミリアさんをさらったら、ニアは犯罪者だよ?」
「うぐっ」
淡々とした指摘に口ごもる。
もしも俺が罪を犯せば、その責任は双子のシオにまで降りかかる。……それはダメだ。わかっている。……でも。
「ま、先のことなんて誰にもわかんないんだし。起こってもいない不安に振り回されるより、今をしっかりと楽しむことだね」
「……わかった。もしものときは、駆け落ちする」
「あはは、そうだね。そのときは応援するよ」
ほら、ごはん食べよう? シオが促す。
「ニア、駆け落ちのときは、ちゃんとミリアさんに許可取るんだよ?」
「それはもちろん。あーっ、そのためにも、もっとなかよくぅ……なる!」
「だから、どうしてそこで照れるの?」
「うっさい!! 皿洗わないぞ!?」
「ニアが当番でしょう!? ずるいんだー!!」
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