俺、繊細な心を守る紳士になる
キーリウースくん、あーそびーましょ!
そんな微笑ましい掛け声とは裏腹に、半ば強引に引き摺ってきたキリウスが膝を抱えている。
何故だか俺とシオは、彼のぽつぽつとした身の上話につき合っていた。
「僕からサンブラノ家を邪険にするわけないだろう……。先に邪険にしたのは、向こうからだ」
「ミリアさんがそんなことするわけないだろ!?」
「まあまあ、ニア、落ち着いて」
いきり立つ俺を、どうどうとシオが抑える。キリウスはさらに膝を抱えて、こじんまりしていた。
キリウスの声は小さくて聞き取りにくく、俺とシオで彼を真ん中に挟んでいた。
人気のない校舎裏でたむろする姿は、なんというか教官に怒られそうな構図をしている。
「邪険って、なにかきっかけでもあったの?」
「きっかけもなにも、はじめからだ」
ぼそりとしたキリウスの言葉に、口を突こうとした。
立ち上がったシオが俺とキリウスの間に腰を下ろし、「うんうん」相槌を打つ。……おいシオ。俺のことを背もたれにするな。
「サンブラノ家がなにを考えて、うちを選んだのかはわからない。けれども、あの家の反感を買ったら終わりだ。極力サンブラノとも友好的に接しようとしたんだ」
「ふんふん、それでそれで?」
おい、シオ。背中に体重をかけるな! 重いだろう!!
潰されないよう抗っているせいで、キリウスの言い分に反論できない! くそっ、この策士め!!
「話しかけても、相槌ひとつ打たれなかったんだ。それどころか、『何ですか?』と不機嫌そうに問われる始末だ。……機嫌を損ねさせてしまったのだろう。いつうちが消されるのかと思うと、夜も寝られない」
「なるほどぉ?」
ますますどんよりと膝を抱えたキリウス。
シオが唐突に圧を加えるのをやめ、反動で俺の頭がシオの背中にぶつかった。く、くそぅ……。
肩越しにこちらを振り返った片割れが、困惑したように小首を傾げる。
ええと、なんというか、なんだろうなあ、これ……。
「……なあ、……それって、お前の声が聞き取れなくて、純粋に尋ね返したんじゃないのか?」
「!!」
愕然とした顔で、キリウスがこちらを向いた。
いや、そんな顔されてもな?
キリウス、実技訓練のときが嘘のように、声が小さいんだ。正直、ぼそぼそ喋られると聞こえない。
せっかく喋ってるんだから、もうちょっとボリューム上げよう? せっかくのいい声なんだから、もう少し周りに聞かせよう!?
「お前も、僕のことを笑うつもりなんだろう……っ」
「どうしてそうなった」
「3歳の頃のバイオリンの演奏会で、みんなの前で転んだことを未だに笑われるんだッ。くそっ、思い出の時効はいつだ!? いい加減解放してほしい! 僕はもう16歳だ!!」
「言われない限り知らなかったからな、そのエピソード。自分から明かすのは、持ちネタとして認識されるぞ」
「!?」
いやだから、そんな悲壮な顔でこちらを見ないでくれ。
何だろう、悲しい気持ちになってきた。
シオがぽんぽんキリウスの肩を叩いている。俺も彼の手を力強く握った。うん、生きろ。
「……キリウス、実技演習のときは、あんなに自信満々に俺のこと煽ってたくせに……」
「あっ、あれは! 自信があったからだ!!」
頬を真っ赤にさせて、手を引っこ抜こうともがくキリウスが叫んでいる。どうやら握力は俺の方が強いらしい。ふふん。
悔しげな顔をした彼が、顔を俯けた。
あ、こら。下を向くと、余計になんていってるか聞こえないだろう!?
「本当は魔術研究者になりたかったんだ。……ひとりでこもって、ただひたすらに魔術を研究していたい。人間と喋りたくない……ひきこもりたい……っ」
「わかるー。家から一歩出たら、アウトドアだよねー」
「そうなんだ!!」
キリウスの鬱屈した思想と、うちの軽薄なシオが意気投合している。
ええっ、彼等の示すアウトドアと、俺の知ってるアウトドアが全く違うんだけど?
アウトドアって、もっとこう野外活動を交えたサバイバルな遊びだろう?
家の外には危険がいっぱい、からはじめるのか?
こちらを振り返ったシオが、俺との間に線を引く。
「ニア、多分ミリアさんも、こっち側の人間だよ」
「まじで!? ちょっとそちらのアウトドアについて、お教え願えませんでしょうか!?」
「あはは、ちょろい」
こちら、と示された鬱屈とした鉄壁の扉を開けない派の空気が、なんだかおどろおどろしく感じる。
けれどもミリアさんがいるなら、俺はそちらへ行きたい! ミリアさんにアウトドアの話題で引かせたくない!!
けらり、シオが笑う。
……待て。俺はアウトドアの話をしたくて、キリウスを呼んだんじゃない!
「そんなことより!! なんでキリウスは、ミリアさんのことをそんなに怖がってるんだよ!?」
「お前、あのサンブラノ家だぞ!?」
「どのサンブラノさん!? ミリアさん家って、そんなにすごいの!?」
「当然だろう! すごいの次元が違うんだぞ!?」
アウトドアの話で、気持ちが解れたらしい。大きな声でキリウスが食ってかかる。
へ、へえ……。ミリアさん家って、そんなにすごいところだったんだ……。だからミリアさん、最初に「知らないのですか?」と聞いていたのかな?
「ミリアさん家がすごいのは、ふわっとわかった。でも、ミリアさんはミリアさんだろう? ミリアさん、お前に話しかけても無視されるって、お前がいつも不機嫌そうだっていってたぞ」
「そんな! 僕はいつも通りだ!!」
「でもミリアさん、すっごく悩んでたんだからな!!」
「はい! ストップストップ!」
間にいるシオが、白熱する俺たちを両手で割る。
長くため息をついた彼が、頭が痛そうな顔で俺たちを順に見た。
「メンタルの逞しいニアには、ちょっとわかりにくい世界かも知れないけど、しばらくの間、静かにしててね」
「んだよ、その前置き」
「キリウスさんとミリアさんの発言の、共通点はなんでしょう?」
「きょうつうてん?」
訝しい気持ちでシオを見詰める。
ええと、麗しく神々しい俺のオアシスミリアさんは、キリウスこんちくしょうに、話しかけても無視されて、不機嫌そうにされた……。
あれ? どこかで聞いた話と一緒だな?
じっとキリウスを見詰める。彼の顔色はすっと青褪めていた。
「冷静になってくれてうれしいよ。答えは、ふたりとも、どのつく人見知りだってこと」
「そんなっ、僕は……ッ」
シオの回答に、キリウスが頭を抱えて項垂れる。
……なんだろう、切ない。なんで恋敵のすれ違いを見せられて、心臓をきゅっとさせてるんだろう?
それでも慰めたく思うんだ……。
「極度の人見知りをふたりぼっちにさせると、ここまで拗れるんだね。正直びっくりしたよ。人は自分を映す鏡とは、言い得て妙だね」
「うああぁッ」
「や、やめろよシオ! これ以上は本当に死んじゃうだろ!?」
「あっ、ごめんね!? 自分の中の着地点を探してただけだから、そこまで深く刺すつもりはなかったんだよ!?」
両手で顔を覆うキリウスの背中をあやし、シオを止める。やべっ、と口を押さえたシオが、おろおろ「ごめんね?」を繰り返した。
このあとミリアさんの元へ向かったが、ふたりの声はびっくりするほど聞こえなかった。
すぐ隣にいるのに、時折にしか聴覚が音を拾えない。こんなに傍にいるのに、届けたい思いが風にさらわれてしまう。
なんだろう……、読唇術の修行でもしてるのかな……。
徐々に俺のうしろに隠れるミリアさんが、最高にかわいかった。
大体同じタイミングでシオのうしろに隠れていったキリウスに、俺たちは何をしにきたのか、容赦なくふたりの声を掻き消す大空に問いたくなった。
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