俺と実技訓練

 審判の合図に、実技訓練が開始される。

 気分が悪いといった顔で舌打ちしたキリウスが、魔術を組んだ。訓練場の気温が上がる。


 キリウスの属性は、火だ。

 訓練までの待機期間中、徹底的にボコボコにするために、キリウスについていっぱい調べた。

 嫌いな人物を調べることは苦痛な作業で、何度もシオに泣きついた。

 シオは調べものが得意な優秀なタイプなので、嫌々ながらも手伝ってくれた。


 おかげで俺は、キリウスのエキスパートになったと思う。

 戦闘スタイルから、すきな食べもの、きらいなものまでばっちり把握だ! そこまでしたくなかったがな!!



 立ち昇る火柱が、こちら目がけて床を舐める。紅蓮に揺らめくそれは大気を歪め、熱気を伝えた。

 俺の属性は水だ。

 単純に見れば、俺へ有利に見えるだろう。

 けれどもキリウスは、ミリアさんが警告した通り、弱点なんてものともしない。

 ……純粋に強いんだ。燃え盛る炎に水鉄砲を向けたって、何の意味もないのと同じ。


 まあ、水鉄砲で終わるつもりなんて、さらさらないんだけどな!


 お前の体内の水分、全部抜き取るぞ! 内心で脅す。

 口にするとさすがにまずい。せめてひと目のない、校舎裏で言おうと思う。


 大気中の水分が蒸発してしまう前に、水分に干渉する。生成された水の壁が、炎を打ち負かした。

 防衛補助型なめんなよ! 俺だってひとりで戦えるんだからな!

 弾けた水飛沫を原型にして、大き目のしゃぼん玉のような水のかたまりを生成する。

 ふよふよといくつも漂う水玉に、キリウスが怪訝そうな顔をした。


「……何の真似だ?」

「下準備」

「小賢しい」


 眉間に皺を寄せたキリウスが、眼鏡のブリッジを押し上げ、右手を払う。

 パアンッ、水玉が破裂した。……青い炎が弾丸のように打ち込まれてる。あれ、当たったら絶対危ない……。


 訓練場と見学席の間には、結界が張られている。なので外野は安心して観戦することができる。

 もちろん審判も範囲外にいる。

 よっぽどのことがない限り介入されないが、問題があると審判は中へ入ってくる。

 ちなみに審判になるには、魔術や戦闘のエキスパートにならなければいけないらしい。なので、この審判の人もかなりの実力者なんだ。


 結界は四角い箱のような形をしている。高い天井ぎりぎりまで張られているらしい。

 何リットルくらいの水が入るんだろう? ちょっと試してみたい。


 キリウスの炎が次々と水玉を破壊していく。

 負けじと俺も水玉を生成していく。

 弾けた水が滑らかな石の床を濡らし、水たまりができた。じっとり床が色を変える。

 いっそ清々しいほど破壊されていく水玉に、的当てゲームかな? 心が童心に返った。

 楽しそうだなと思った矢先、苛ついた顔のキリウスが陣を組む。……あ、大型のがくる。展開した魔方陣がえげつない。


「貴様! ふざけるのも大概にしろ!!」


 真紅の円陣から炎が噴き出す。真っ直ぐにこちらを狙う攻撃に、慌てて水の壁を張った。

 ばしゅう! 擬音にするとそんな感じだろうか。激しい音が壁を蒸発させ、溢れる水蒸気が視界を奪った。

 ふふん、ごり押しだけど、こんなもんで下準備は整っただろう!

 氷の術を展開させ、霧散した水に干渉した。ははは! 水蒸気の生成、ご苦労さん!


「くそッ」


 キリウスよ、存分に眼鏡を曇らせるといい!


 悪役らしい高笑いを上げたい胸中をなだめ、俺を中心とした陣を広げる。気温が急激に下がり、訓練場の高い天井に黒雲が渦を巻いた。

 照明が遮られ、明度が一段と暗くなる。

 ぎょっと顔を上げたキリウスの頬に、みぞれ混じりの雨粒が落ちた。


「ふっふーん! さあさ、キリウスさんよぉ! 雨にも負けず、はしゃぎましょーや!」

「く……ッ」


 ざあざあ降りしきる雨粒に、キリウスが苦渋の顔をする。

 ははは! 眼鏡に水滴を張りつけるといい!!


 俺が普通に戦っても、キリウスにほえ面をかかせることは難しいだろう。

 シオ同様、攻撃特化型のキリウスは、高い攻撃力を誇っている。その攻撃を防御し続けて、勝機を狙うことは得策とはいえない。

 俺が一方的に消耗するだけだ。残念なことに、俺は防衛補助型だ。


 なのでシオと相談し、雨を降らそうということになった。

 キリウスの火を利用して、水蒸気を作る。熱され気化したそれらを冷やして気圧を下げ、雲を作る。雲が抱え切れなくなった水分が、雨となって落ちてくる。

 結界が範囲を限定してくれているおかげで、俺は心置きなく省エネルギーで水を使うことができる。いってみれば、この結界がペットボトルの中だ。


 ただぶっつけ本番だったこともあり、加減できていない部分も多い。

 雨の完成度はそこまで高くない。意図したように雨の形になってくれてよかった。みぞれ混じってるけど。

 そして粒子の粗い水蒸気は普通に凍っているので、その辺も要検討だ。

 まあ、水と氷は自力でいじることができるし、キリウスが勝手に溶かしてくれるから、いいんだけど。


 それでも、これだけ水浸しであれば、俺も存分に魔術が使える。ばしゃばしゃ跳ね返る足許の水が、ズボンの裾を一層濡らした。


 キリウスに先手を打たれると、さすがにまずかった。

 俺はシオとは違って、既にあるものを補助する方が得意だ。なので、水分がカラカラに乾燥するのは、非常にまずい。



 この湿度と水気に満ちた空間は、キリウスの苦手分野だろう。水を打ち消すほどの火力を維持するのは、中々に消耗する。

 キリウスが炎を操る。ずぶ濡れの制服が動きにくそうで、顔を滑る雫に視界も悪そうだ。

 対する俺は、元気いっぱいだ。

 水使いたい放題、楽しい!! ばんばん水柱を打ち出す。


 むしろキリウスには、どんどん水蒸気を生み出してほしい。この雨をやませないために!

 俺が特に手を加えなくても継続されるシステムって、素敵だと思わないか!?


「なあキリウス! 俺のかち?」

「ふざけるな!!」


 膨れ上がった熱気が火球を生み、爆発する。広がる円陣は複雑で、先のものより格段に大きかった。

 この人、何と戦うつもりなのかな……? 生徒間の訓練試合に、対魔獣殲滅用の魔術は使用していいんだ?


 すっかり干上がった周囲が陽炎を伸ばし、ゆらゆらと景色を歪ませる。

 キリウスの首筋に赤いナイフをつきつけ、にんまり、口角を持ち上げた。

 あれだけの水があったんだ。防衛補助型なめんなよ? 防御は得意なんだ。

 ……本当はものすごく必死になったけど。死ぬかもって思ったけど。あった水を総動員させて壁を張ったよね。


「なあ、俺のかち?」


 愕然とした顔で、キリウスがこちらを見ていた。

 人間が水分でできている限り、倒れない程度なら使っちゃうよね!

 まあ、ざっくりいうと血液だよね!! 使ったよ! 周りの水が干上がったから、俺の血を使ってナイフ作ったよ! 特待生の底意地を見せてやる!!


「……負けた」

「っしゃああ!! ミリアさんにごめんなさいしろよ! ニアくんとの約束だからな!!」


 がくりと膝をついたキリウスに、両手をあげてぴょんぴょん飛び跳ねる。

 やった! ミリアさん、言質取ったよ!!


 このあと、俺とキリウスは熱中症で倒れ、教官から説教を受けた。

 俺は脱水症状を起こし、キリウスは風邪を引いた。火傷は防ぐことができたんだけどなあ……。

 ふたり並んで、反省文も書かされた。解せぬ。


 そしてシオに「やりすぎ」と呆れられ、ミリアさんに心配の顔をさせてしまった。

 ごめん……、ちょっとはしゃぎすぎた……。

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