俺とキリウス

 よっしゃおらー! かちこみじゃー!!


 キリウスとの決闘……じゃなかった。実技訓練の当日を迎えた。

 あのすかした眼鏡に一発入れる! そしてミリアさんにごめんなさいさせる!!


 なにより、正々堂々とボコボコにできるんだ。

 校舎裏に呼ばなくていいこの免罪符! 素晴らしいね!!

 俺の嫉妬を受けろ!


 実技訓練は、事前に組み分けが発表される。日程も学園側が調整し、訓練する人数も制限してある。

 貴族が多く通う施設である。余計な事故を起こさないためだ。


「うっわー……。ニア、問題起こさないでね?」

「おう!!」


 俺の顔を見た瞬間、表情をげんなりさせたシオが念を押す。

 もちろん、問題を起こさない範囲でボコボコにするさ!

 なんたってミリアさんが関わっているからな! ミリアさんの迷惑になることは、極力したくないんだ!




 *


 さて。俺とシオは双子だ。魔術のタイプも似ている。

 シオは水と氷の術が得意で、どちらかというと攻撃特化型だ。

 俺はどちらかというと、防衛補助型だ。


 俺とシオが組むと、結構強い。

 俺がシオに補助魔術を盛りに盛ってかけるのが、基本スタイルだ。

 そして攻撃力増し増しのシオが、敵へ切り込む。なんとも爽快。


 ……今回は、単独訓練なんだけどな。



 訓練場に立ち、審判の教官と一緒に、相手の到着を待つ。

 見学者の中にはシオの姿もあり、彼へ向けてひらひらと手を振った。ひらら、良く似た顔が手を振り返してくれる。

 にへら、笑みが零れた。

 片割れがいるだけで、こんなにも安心できる。俺、がんばるからな!


「あ! ミリアさん……!」


 ふらふらと眺めていた人混みに、銀髪の美少女を見つけた。

 ミリアさんの周りだけ輝いて見える。さすがは星影の君! すぐ見つけられる!


 ぶんぶん、ミリアさんへ向けて手を振ってみた。


 本当は大きな声で名前を呼んで駆け寄りたい。けど、庶民の俺に慕われるって、多分貴族のミリアさんにはマイナスポイントになるんだよな……。

 だから特定されない程度に、なんか漠然とアピールしたい……!


 遠目だから、ミリアさんの表情はわからない。

 けれども小さく振り返された手に、俺の気持ちは華やいだ。


 ミリアさんが手、振ってくれた……!!

 がんばる! 俺、ミリアさんのためにがんばる!!

 俄然やる気が出てきた! 熱くなる頬を両手で押さえて、正面を向く。

 ああっ、顔がにやける……!


 でれでれしていると、対面にひとりの生徒が立った。

 オレンジっぽい髪色に、すかした眼鏡の男子生徒。

 俺の中で今最も憎い人物、キリウス・ルイスその人だ。


 今からその眼鏡にひどいことしてやるからな! お前のそのクールフェイスをしょぼしょぼさせて、眼鏡探させるからな!!


「……特待生だと聞いていたが、大したことなさそうだな」


 キリウスがため息混じりに煽り文句を呟いた。実に退屈そうな顔をしている。


 俺とシオは双子だ。とても良く似た見た目をしている。

 残念なことに、俺は美少女だ。男子制服を着ているけれど、大変可愛らしい顔をしている。自分でいうのもなんだが。

 シオもあざとい美少女顔をしている。


 簡単に言うと、俺達はなめられやすい。こういった挑発もしょっちゅう受ける。

 いつもは気にしない。図太く生きなければ、特待生なんてやってられない。


 だがしかし、今日は違う。

 なにせ相手はミリアさんの婚約者だ。

 あのミリアさんの婚約者という多幸な地位にありながら、それに不満を持っている不届きものだ。


 正直羨ましい。あんまり深く考えると、本気ではらわたが捻じ切れると思う。

 明日の新聞に、庶民が貴族を刺殺したタイプのニュースが載る確立だって、ものすごく高い。

 なんだったら完全犯罪だって考えてみせる。山中に埋めてやるよ。


 ……俺、犯罪者の才能盛り沢山じゃん。気をつけよう。

 一秒でも長くクリーンな状態で、ミリアさんの傍にいるために!



 キリウスに向かって、にっこりと笑ってみせる。

 俺は、お前を、絶対にこてんぱんにするからな? そんな意味を込めてみる。

 伝わるかはわからない。伝わったらいいな!


「訓練の前に、ひとついいか?」

「は?」


 俺から話しかけられるとは思わなかったらしい。キリウスが怪訝そうな声を出す。

 試合の定刻になった。審判が両者に視線を配る。


「俺が勝ったら、ミリアさんに『今までごめんなさい』って謝罪しろ」

「はあ?」

「ふたりとも、時間です。準備はできましたか?」


 審判の確認に、はーい。間延びした返事をする。

 キリウスは微妙な顔をしていた。あれだ、鼻白むとかいう顔だ。

 腹立つな、その顔! 横っ面に一発食らわしたいけど、残念! 今日のは物理訓練じゃなくて、魔術の実技訓練なんだな!

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