俺と双子の片割れ
「聞いてくれ!!」
「うわっ!? ニア、ノックぐらいしてってば!!」
びくりと肩を跳ねさせた我が弟が、驚いたとばかりに胸に手を当てている。
多分、心臓がばくばくしているんだと思う。
すまんかった、弟。姉ちゃんは今、それどころじゃない。
「すきな人ができた!!」
熱い頬を両手でおさえて、渾身の力で思いを叫ぶ。
唖然とした弟が、ぱちぱち、その大きな目を瞬かせた。
彼の名前は、シオ・レオノラ。
生意気でかわいい双子の弟だ。
カラーリングは俺と同じで、首の後ろで揃えられた髪が、途中からピンクに侵食されている。
どういう構造なんだ、この髪の毛。
「……えっと、ニア。先に聞くね? 相手は男の人? 女の人?」
「うるわしいレディでした……」
「あー、はい。おっけー理解」
遠くを見詰めたシオが、人差し指を額に当てる。
ぐぬぬ、唸る姿は、我が弟ながら様になっていた。
なんだこいつ、あざとい系で顔がいいな?
「ニア、自分の性別いえる?」
「男に生まれたかった」
「あ、うん。いつものニアだ」
待って、俺、いつもそんなこと口走ってたんだ!?
「ニア、ぼくより男勝りなんだもんなあ……。制服着るときも、スカートにごねてごねて……」
「なっ、ちゃんと履いてるだろ!」
「この前も、ぼくのところにニアの下着紛れてたし。なんなの、あのトランクス」
「ごめん、俺、よくお前の間違えて履くわ」
「もー! 足りないと思ったー!」
ぷんぷん怒る姿は、本気で怒ってないんだろうなあと思わせるような怒り方だった。
あざとい。
俺はお前が、お嬢さん方やご婦人方に人気なことを知っているんだぞ……。
いや、問題はそこじゃない。
俺の下着事情まで筒抜けだった!!
恥らえばいいのか!? 仮にも姉ちゃんだぞ!?
「って! それより聞いてくれ!!」
「はいはい。下着、今度から間違えないでね」
「うん」
椅子に座るシオが、どうぞとクッションをすすめてくれる。
それに正座しながら、今日出会ったご令嬢を思い返した。
瞬間、自分の頬に熱がのぼってくるのを自覚する。両手で頬を押さえた。
「あのな、今日学校で、とてもきれいな人に会ったんだ」
「すごい。今のニア、見た目だけ乙女」
「うるっせーわ! その人のことを思い返すだけで、胸がはち切れそうで……」
「うんうん」
「おいこら、宿題すんなや。俺の話を聞け!」
「手短に、三行で」
「サファイアの瞳に、星の光を紡いだような髪の女性。
育ちが良さそう、あといいにおいがした。
名前すらわからないけれど、お近づきになりたい!」
やればできるじゃん、といった目で、シオが見てくる。
ため息をついた彼が、持っていたペンを机に転がした。
「諦めたら?」
「なんで!?」
「ひとつ、育ちが良さそうってことは、貴族ってこと。ぼくたち庶民は相手にされないよ」
「ぐっ!」
シオの指摘は的確で、魔術特待生で入学している俺たちには、手の届かない世界の話だった。
「ふたつめ。貴族ってことは、もうすでに婚約者がいる可能性が高い。家が決めた婚約を、そのすきな人に破らせるの?」
「ぐぬぬ……っ」
そうだった……。
初恋に浮かれて忘れていたが、名前も知らないあの子に、そんな苦行を強いるなんて、できない。
「みっつめ。ぼくは別にニアが誰とつき合おうと、今更だしなにも思わないけど、世間はそうじゃない。マイノリティな道に、その人を引きずり込めるのか」
「……っ」
「ちょっ、ニア、泣かないでよ! ごめんって、いいすぎた!」
ぽろぽろ零れる涙を、両手で顔を覆うことでおさえる。
慌てたように傍にきたシオが、なだめるように俺の背をなでた。
ばかだなー……。自分に自嘲する。
俺の初恋が、失恋に変わった瞬間だった。
「失恋したから、髪を切る!!」
「だからってなんでそんなに雑なの!? ほらもうっ、ここ座って!」
散々泣きはらして、シオにいっぱい慰められて、そのあと風呂場で髪を切った。
ばっさり切った。腰まであった髪が、首の後ろまでなくなった。
ちなみに使ったのは、文具用のハサミだ。調髪用のご立派なハサミなんて、うちにはない。
シオに促されるまま、再び風呂場へ行き、持ってきた椅子に座らされる。
もうもう文句をいう彼は器用で、俺が適当に切り落とした髪を丁寧に整えてくれた。
髪の長さは、鏡に映ったシオと同じくらいか、若干俺の方が短いくらいかな?
それでもって、やっぱり途中からピンクに侵食されている髪色。
このミステリー、俺は解き明かすことができるのか?
「さっすが、シオ!」
「はいはい、どういたしまして」
「ぼくと同じ顔で、変な髪形しないでね」と念を押される。
あ、はい。ざんばらヘアーで押しかけて、申し訳ございませんでした……。
「なあ、シオ。俺、明日から男子生徒の制服着る」
「出た。ニアの男子制服着たい症候群」
俺の髪をわしゃわしゃ撫でて、切った髪を振り落としたシオが、呆れた声を出す。
むすり、頬を膨らませた。
「卒業するまで着る。ずっと着る」
「今の女子制服、どうするの?」
「売る。ちょっとは金になるだろ?」
「あんまり汚れてなかったらね」
掃除よろしくね。ハサミと椅子を持ったシオが、風呂場を出て行く。
物理的に軽くなった頭を振って、辺りに散らばった髪の残骸を見下ろした。
……売れないかな、これ。
俺たち双子は庶民だ。
魔術特待生として、学園に所属している。
特待生といっても、庶民を貴族のたわむれに無理矢理捻じ込んだのだから、学園の価格設定は全て貴族基準だ。
つまるところ、俺たちには金がない。
けれどもこの学園を出れば、宮廷魔術師として雇用されるチャンスがある。だから俺たちは、節約してでも学園に通っていた。
紙袋に縛った髪を入れて置いていたら、通りがかったシオに「きもちわるっ!!」と驚かれた。
改めて見たら、自分でもぎょっとした。これ、本当に売れるのかな……?
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