俺、ヒロイン。悪役令嬢に求愛してんの

ちとせ

俺、初恋する

 きっかけなんて些細なものだ。

 どこかで見たことのある違和感。

 なんだろうと記憶を引っかき回せば、ああそうだ、ゲームで見たんだと思い出した。


 だからって、ロングヘアの女の子になってるとか、うそですよねー!?

 動揺のままトイレに駆け込んで、中にいた男子生徒に悲鳴を上げられたよね!

 すまん! って叫んだ声が、想定していた声より遥かに高かったよね!

 おそるおそる隣のトイレに入って、鏡を見てびっくりしたよね!


 なんだこの美少女。


 くりっくりの金色の目に、さらっさらの腰まであるヘア。

 上は薄茶色なのに、毛先に行くにつれて、ピンク色になっている不思議カラー。

 いやいや、色彩おかしくない? 俺の黒髪どこだよ?

 俺、髪の毛染めたくない派の人間だよ? 一生黒髪でいたい派だよ?

 この髪色を見て、「ピーチティーみたーい!」ってきゃっきゃうふふすればいいの? しないよ。


 いや、待って。女の子? 俺、女の子なの?

 いや、いや……いやいや? えええ?


 自分の胸をさわり、個室にこもって、ないことを確認し、そのままふたした便座に座って、考える人のポーズを取った。

 喪失感が半端ない……。

 つらい。これからどうやって生きていこう……。


 ぴかぴかの白いタイルと、真白な天井を見上げた。

 涙の滲んだ目にまぶしい。


 俺の名前は、ニア・レオノラ。

 もちろん、こちらの名前だ。元の『俺』の名前は思い出せない。

 ゲームで見たといった、ゲームの名前も思い出せない。

 けれども、俺はニアを、主人公だと、ヒロインだと覚えている。


 俺がヒロインって、終わってんな!!

 ないよ! なにが悲しくて、顔のいい男といちゃこらしないといけないんだよ!!

 ないよ!!!!




 それからどれだけの時間が経っただろう。

 呆然としたままトイレから出て、ふらふらと廊下をさ迷い歩いた。

 窓から差し込む光は夕暮れを示していて、悲しみでいっぱいの胸に追い討ちをかけてくる。

 静かな校舎が、またさみしさを助長させる……。


 ぼう、としたまま歩いていたせいだろう。

 誰かと肩がぶつかった。

 はっと意識を持ち上げ、慌てて謝罪する。

 ぶつかった相手が、冷めた目を細めて、耳に髪をかけた。


「お気をつけなさい」


 淡々とした声だった。

 その瞬間、俺はかつてない衝撃を受けた。

 雷に打たれたよう、だとか、世界に色がついた、だとか、いろいろいわれるけれど、正しくそうだと思った。

 目が合ったのは、ほんの一瞬だった。

 けれども、等間隔の歩幅で遠ざかる彼女の後姿を眺め、先とは違う意味で呆然とする。


 簡単にいうと、俺はかの女性に恋をしたんだ。

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