俺、彼女と出会う

「こんにちは、お嬢さん。お隣よろしいですか?」


 自分でもびっくりするくらい、爽やかな声が出た。

 どきどきと自己主張の激しい胸をなだめて、にっこりと笑みを浮かべる。


 今の俺は、シオの男子制服を借りた、見た目男子生徒だ。

 シオ、ありがとう! なんだかんだおねだり聞いてくれて、本当にありがとう!!


 なんで彼が制服を二着持っているのかといえば、ほら、俺たち庶民だから。

 いじめられやすいから。スペアって大事だから!


「…………」


 ベンチに座っていた星影の君が、そのサファイアのような目を冷ややかに細めた。


 はわわ! 名前も知らない昨日のお嬢さんと、また会えたよー!!

 失恋してるってわかっていても、会えるとやっぱりうれしいよー!!


 気を抜くと、顔が真っ赤に染まりそうだ。

 休憩時間の中庭は静かで、人通りも少ない。

 明るい日の光の中で見た彼女は、やっぱりとっても美少女だった。


 星影の君の柳眉がきゅっと寄り、長い睫毛が伏せられる。

 膝に広げた本を閉じた彼女が、短く嘆息した。


「ご勝手にどうぞ。わたくしはこれで失礼します」


 淡々と呟いた彼女が、音もなく立ち上がる。

 背筋を伸ばして去り行く後姿まで美しくて、感激に俺は震えた。


「こ、言葉をかわせたああああ~!!!」


 両手で口許を覆って、熱くなる顔に構わずはしゃぐ。

 俺、星影の君のファンクラブに入る! グッズとか買う! ペンライト振る!!

 ああっ、そのためにも彼女の名前を知りたい!

 何て名前だろう? また会えるかなー?


 浮かれている俺は、自分がヒロインなことも、彼女がヒロインのライバルキャラであることも忘れ去っていた。






「ふあああっ、星影の君、今日もうるわしいですぅー」

「ニア、ストーカーで捕まるときは、ひとりで捕まってね。くれぐれもぼくの名前も家名も出さないでね」


 物陰に隠れて熱っぽいため息をつく俺へ、微笑みを標準装備させたシオが辛辣に言い捨てる。

 そのときは絶対巻き込んでやる。

 俺たち、生まれたときからずうぅぅぅーっと一緒だもんな?


「名前、調べないの?」

「本人の口から聞きたい」

「ふうん」


 興味なさそうに頷いたシオを置いて、よしと気合いを入れる。

 星影の君は、今日も中庭のベンチにいた。遠目に窺った横顔は手元の本へ向けられていて、時折風にあおられた銀髪を耳にかけている。

 ほふ、ため息をついてしまいそうな光景だ。

 緊張で強張りそうな表情をなんとか笑顔に整えて、彼女へ近付く。


「こんにちは、お嬢さん」

「……またあなたですか」


 声をかけた俺へじとりと半眼を向け、星影の君が本を閉じる。

 すぐにでも立ち上がりそうな彼女を、慌てて手で制した。


「まあまあ! ちょっとお話だけでも!」

「結構です」

「あなたのお名前が知りたくて……」

「あなたに名乗るものでもありません。失礼いたします」

「あ! 俺、ニアっていいます!」


 無害を表明するように、両手を肩辺りまであげ、にこにこ笑みを整える。

 ますます半眼の温度を下げた彼女が、冷ややかに嘆息した。


「わたくしに取り入ろうという魂胆ですか?」

「は?」

「残念ですが、わたくしに取り入ったところで、権威など掴めませんよ」

「あのっ、……なんのお話ですか?」


 きょとん、瞬いた眼下の瞳と、しばし見詰め合う。

 星影の君が、その小さな唇を開いた。


「わたくしに取り入ろうとしているのでしょう?」

「その、ごめんなさい。……あなたが誰かもわからないのに、取り入るとは……?」

「わたくしを知らないのですか!?」

「有名人なんですか!?」


 驚いたように声量を上げた星影の君に、俺もびっくりして尋ね返す。

 そ、そうか。そうだよな……。星屑の君、こんなに美少女だもんな……。誰もが知っていて、当然だよな……。

 くっ、出遅れた!!


 なにやら思案気に俯いてしまった彼女が、そろそろとこちらへ視線を向けた。


「……わたくし、ミリア・サンブラノと申します」

「ミリアさんですか! 素敵なお名前ですね!」

「ほ、本当に知らないのですか!?」


 ミリア・サンブラノさん、ミリア・サンブラノさん。

 忘れないように胸中で繰り返す俺に反して、ミリアさんは慌てふためいている。

 新種の生きものを見るような目で見られて、ちょっぴり切ない。


「えっと、その、……貴族社会に疎くて、すみません」

「……いえ。わたくしの家も、まだまだということですね」


 頬に手を添え、憂いた顔でミリアさんがため息をついている。

 そんな姿さえも美しい。さすが星影の君。


「あ、あの! ミリアさん! また、お話しても、いいですか?」


 今世紀最大の勇気を振り絞ったと思う。

 若干声が震えていたと思う。

 それでもがんばった。これでだめだったら、大人しくファンクラブでペンライト振る!


 一瞬、虚をつかれたような顔をしたミリアさんが、長い睫毛を伏せた。

 そそくさと立ち上がり、本を抱えて校舎の方へと踏み出す。


「気が向いたら、構って差し上げます」

「!!」


 ぼそりとしたぶっきら棒な声だった。

 けれどももらえた良い返事に、言葉にならないほど気持ちが舞い上がる。

 校舎へ消えた後姿を見送り、物陰にいるであろう片割れの元まで走った。うわああああん! シオに抱き着いた。


「シオー! やったよー! 喋ってくれるってさ!」

「よかったね、ニア。でもあの人婚約者いるから、深入りしちゃだめだよ?」

「でーすーよーねー!! もういい、話せるだけでじゅうぶん!」

「人の欲に際限はないからなあ……」


 よしよし、頭を撫でられあやされる。

 ふああっ、夢見心地だ……!

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