来訪者

満井源水

来訪者

 200X年、地球は未曽有の事態に直面していた。とはいえ、人類はそれほど危機感を抱いていなかった。


 宇宙から飛来した金属製とみられる塊。各メディアは「米軍の秘密兵器だ」「地球外生命からのコンタクトに違いない」「ただのスペースデブリだろう」などめいめい勝手に騒ぎ立てた。


 しかし、それも有名アイドルの結婚報道にかき消される。というのも、塊は地球の周りをふわふわ漂うのみで、落ちてくるどころか近づくそぶり一つ見せなかったのだ。


 一部の職種の者や、愛好家マニアを除いて、みな「塊」のことを忘れめいめい仕事に向かい、家事をこなし、学校に通い、などをした。


 ──僕と兄貴以外は。


 ♦


「ケン、見てみぃ」夏休みの起床時間にはまだ早い朝八時前。兄ちゃんは勝手や。


「人工衛星や望遠鏡からの観測によると──それは『USBメモリ』である可能性が──」ニュースキャスターが読み上げる。わろてんのか怒ってんのかようわからん顔。というか、さっきまでの氷漬けの餌をもらったシロクマの話から一瞬で表情変わったん、すごいなあ。


「な?」


「え、聞いてなかった。ゆ……メモ?なに?」


「USBメモリやって。ほら。」兄ちゃんはなんか棒のようなものを取り出す。鉄でできたロボが、プラスチックの服を着たみたいなヘンテコな機械。


「ああ、あれ(顎でテレビを指す)が、それ(顎で兄の手を指す)と同じやつなんやな」


「なんやねんお前、もっと興味持てや」


 そう言われても困る。空にそれが浮いてるんか。いやそれがどないしてん。


「ようニュース聞いてみ。」兄ちゃんが親指で背中越しにテレビを指す。カッコつけた仕草。


「金属塊は横約1メートル、縦約5メートルの大きさで──」


「いや、USBデカない!?」ぼく3人分より背ぇ高いやんけ。


「ほんでな、この大きさってことは挿し込み口は……」兄ちゃんが手で大きさを示す。


「……あ」ぼくは、兄ちゃんの言わんとする事を察した。


「そういうことや」兄ちゃんがニマァ、と笑う。


 ♦


 裏山を駆ける。この山が誰のもんなんかよう知らんし、なんで「裏山」と呼ばれてるんかさえ、ようわかってへんけど。


「あった」


 兄ちゃんが立ち止まった地点。林の中、ちょっと開けてるとこの真ん中に、どないしても動かせへん岩がある。ここだけ木に遮られへんから光が入ってきてて、なんか神秘的。こないだカブトムシ採りに行ったとき見つけた場所。関係ないけど、カブトムシうてると夜中めっちゃ羽音うるさいよな。


 岩の上にはくぼみがある。このくぼみがまたけったいな形で、なんか鉄みたいなんでコーティングされてて、へこんだ奥にはベロみたいなでっぱりがあった。


「見てみぃケン。これのデカいバージョンがあったらここに挿さりそうやろ」兄ちゃんがUSBの先端をぼくに見せる。なるほど。言われてみればそうやな。


「でも、じゃあ何でここに飛んでうへんのやろな」


「場所がわからんのちゃう?俺かてケンが迷子にならなコレのこと知らんかったしな。」兄ちゃんはいっつも前のこと掘り返す。今その話せんでええやろ。


「せやったら場所教えたらな、なんかかわいそうやな。ずっと空廻ってるんやろ?」宇宙って広くて真っ暗らしいし、多分寂しいやろなぁ、と思う。


「せやなあ。なんか目印でも立てる?」


「ここにめっちゃUSB並べといたらええんちゃう?」適当に言うた。


「それで来るんやったら今頃ミドリ電化かジョーシンに落ちとるやろ」

 なんで関西に落ちる前提やねん。と思ったけどめんどくさいから言わんかった。


「んー……」USBを呼ぶ方法か。何があるやろ。


「あ!」兄ちゃんが叫んだ。何かひらめいたっぽい。


「どないしたん」


「USBのマーク!」


「は?」何言うてんねや。


「えっとな、USBの挿すとこってマークあるねん。変な形のフォークみたいな。そんなんも知らんの?」


 知らんわ。兄ちゃんがパソコン触らしてくれへんからやろ。


「じゃあ、それをここに描くん?」


「いや、でっかく描こう。せやな、運動場とか」


「じゃあこっから離れてまうやん」


「でもだいぶ範囲狭なるやん。地球全部からこの辺一帯に絞れたらアイツも結構助かるやろ」


「まあ、そうか」


「オレは描くための水汲んでくるから、ケンはUSBの挿すとこの写真撮って持ってきて」


「イヤや。ぼくが水汲みする。一眼持ち出したらお母ちゃんめっちゃ怒るやん。兄ちゃんが行ってきーや」


「は?写真消したら持ってったことバレへんやん。弟やろ。行ってこい」


「イヤ」


「アイスうたるから」


「じゃあぼくの分二個な」


「腹壊すから一個にしとき」

 ちょっとしか年違わんのに、オカンみたいな口利きよる。


「……しゃーないなあ、意気地なしの兄ちゃんの代わりに行ったるわ」


「うっさい、さっさと行け」


 仕方なく、ぼくは来た道を引き返した。


 ♦


 お母ちゃんは仕事中やから一眼を持ち出すのは簡単。ちゃんと元のとこに戻せばええ話。……けど怖いな。


 兄ちゃんのパソコンの横。パソコンってなんか線挿すとこいっぱいあるな。知らんかった。


 先が丸とか三角とかになってる、ヘンなフォークみたいなマーク。たしかにあるな。けどこれ、二種類あるやん。フォークの先っぽに雷のマークがあるやつと、ないやつ。


 わからん。どっちやろ。でも多分雷ついとる方やな。パソコンって電気使つことるし。__ぼくには「両方撮っとく」という発想は無かった。


 ♦


 待ち合わせ場所の校門前。兄ちゃんがバケツをいっぱい抱えてる。


「遅いぞ、ひぃ暮れてまうやろ」兄ちゃんが文句を言う。


「まだ昼前やんけ。それに夏やねんから暮れるわけないやろ」


「口答えすんな。早よ写真見せろ」


 見せた。我ながらブレっブレやな。


「あれ、こんな雷のマークついとったっけ」


「ついてへんのもあったで」


「まあ、描いとこか。パソコンって電気使つことるし。えーと、裏山は向こうやから……」


 兄ちゃん、ぼくより歳二個上やけど、ぼくと同じくらいアホなんかもしれん。


 ♦


 陽射しのせいでめちゃくちゃあつなった門扉を乗り越える。人のおらんグラウンドって、砂漠みたい。


 忍び込んだ学校ってええな。ほんでもって、だだだーっと走って水びゃーって撒くん、楽しいな。ぼくと兄ちゃんだけが知ってるミステリーサークル。ぼくは左右の枝みたいなとこを担当する。


「おーい、終わったかー」稲妻を書き終えた兄ちゃんが呼びかけてくる。


「終わったよー」と、そのとき兄ちゃんの方、空遠くに光る物体。


「あ、UFO!」


「ひっかかるかいアホ」こんなときにンなしょーもないことするかい。


「いや、本当マジもんのやつ!USBの!」


「え、うわ!」


 凄まじい速度で、コネクタを下に向けたデカいUSBメモリがぼくらの頭上を掠める。土埃で視界が茶色。


「すげー」デカい。めっちゃ速い。


「アホ、なんボケっとしとんねん。追っかけるぞ」兄貴に小突かれる。そうやった。


 ♦


 光を追った果て。草むらをぶち抜いて裏山を駆け登る。蝉の声が流れていくようや。


 木の隙間から、減速しつつ低空飛行するあいつをチラチラ確認する。間違いない。デカUSBはあの「挿し込み口」に向かってる。おっと。上ばっか見てると転びそうになるな。


「ここや。」視界が開けた。USBメモリは地上から数メートル、挿し込み口の上で浮遊してる。近くで見ると思ったよりデカい。


 ゆっくりと降りてきた。ついに、この宇宙から飛来した四角い未確認飛行物体ようわからんやつは地球と一体に__


 ガキッ。あれ、弾かれた……?


「あれ?」兄ちゃんが首をかしげる。


 ガキッ、ガキッ。またも拒否。なんかUSBがかわいそうに見えてきた。


「なんでや……ま、まさかこいつは地球上の物質とは相容れへんのか……?」


 なんか違和感。あれ?そういえば……


「なあ、兄ちゃん……」


なんや」兄ちゃんは邪魔すんなボケ、と言わんばかりだ。


「あれってさ、表裏逆でも挿さるん?」


「……」空気が一瞬止まった。USBの動きも止まった。


「挿さ……らんな。」


 USBはきまり悪そうにくるりと向きを変え……ジョッっと音を立てて挿さった。


 途端、高い音を上げながらUSBメモリは青く光り輝く。


「おおっ!見てみぃケン!」兄ちゃんの顔が輝いてるのはこの青い光だけのせいではないんやろう。多分。


「え、これ大丈夫なん?爆発とかせえへんの!?」


「ハッ!上等や!これで死ぬんなら本望っちゅうもんやろ!」アホ言うな。デカいUSBと心中するんなんかご免じゃ。


 しかし、発光と轟音はすぐに収まる。


「……あれ?どないしてん」兄ちゃんはあからさまにがっかりする。


 するとUSBは、ばびゅーんって感じで空に舞い上がった。


「お、おい待て!ここ教えたったんオレやぞ!」みみっちいヤツ。恩着せがましいこと言うなや。


 兄ちゃんの悲痛な叫びは届かず、USBメモリは凄まじい速度で飛んで行った。


「何やねんアイツ。充電しに来ただけかい」しかし、ようそんな怒れるな。相手しょせんUSBやぞ。


「そうかもな。でも……」


「あ?」ガラわるっ。


「なんか楽しかったな。兄ちゃん。」これは本心。


「……せやな。」兄ちゃんは笑ってた。


「……帰るか。」兄ちゃんがぼくを見下ろす。『アニキ』の目線。


「……うん。」


 ♦


 あの日のことは親も、先生も、学校のみんなも知らなかった。テレビのニュースも取り上げてなかった。「夢なんちゃう?」と再三言われたが、兄貴が覚えてるから、夢でもまあ、ええかな、と思う。


なんや、急に電話なんかしおって。」


「あのさ、デカいUSBのこと覚えてる?」


「あ?それがどないしてん」なんというか、兄貴やなぁ、と思う回答。


「いや、なんでもない。」


「ほんなら電話すんなやボケ。オレぁ忙しいんやアホ。」イラつくと語尾に罵倒のおまけがつくのは関西人の悪い癖。


「はは、堪忍な」


「まあ、せやなぁ」

 兄貴は、何かに思いを馳せているようだった。

「アイツはUSBなわけやろ?ってことは、なんか地球の情報を持って帰ったんかな、って」


「情報って、なんの?」


「ンなもんわかるかい」


「まあ、せやな」


「じゃあ、切るで」


「ああ、ごめんな。忙しいのに」


「お前こそ、東京でも気張れよ」


 兄貴にしては珍しい気遣いの言葉に、なんだかくすぐったくなった。

「なんや、気色悪い」


「弟の心配するんは兄貴の務めやろが」


 いつになく真剣な声音に、茶化すのがためらわれる。

「……ありがとう」


「……ほなな」


「ん。じゃあ──」


 こちらが言い終わらないうちに、通信は乱暴に切られた。せっかちなのは変わっていないらしい。


 アイドリング中の車内から入道雲を見上げる。もしかしたら、あん中にUSB飛んどるかもな、なんて。

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