第40話 魔女といえば、お婆さんよりお姉さんでしょうよ


 十二月も下旬。

 もういくつ寝るとお正月……な、わけだが、その前にクリスマスがやってくる。

 多くの学生的には通知表と冬休み突入こそ重要ではあるものの、やはりクリスマスだのイヴだのは重要なワードだろう。

 家族と過ごすにせよ、友人と過ごすにせよ、そして、彼氏彼女で過ごすにせよ、多感な若者的には大事なイベントだ。


 で、多感な若者たる俺にとってのクリスマスはというと、昔から賢勇とふたりで紅姫にプレゼント贈ってチキンを食べるイベントだった。


 なので、街がサンタカラーの装飾であふれ、クリスマスソングが流れ始めた昨今。さて、今年は我が妹君に何をくれてやるべきかと頭を悩ませているのだが……。

 赤点で補習受けてるようなダメな子には、黒魔女ベファーナから黒炭でも渡してもらおうかとも思ったが、一応、アイツはアイツなりに頑張っているようだし、勘弁してやろう。


 ちなみに、ベファーナってのはイタリア版サンタクロース……いや、サンタの奥さんだっけ? トンガリ帽子にトンガリ靴、黒衣にマント姿で箒を持ち、聖夜に現れて、良い子の靴下にはお菓子を、悪い子の靴下には黒炭を入れちゃったりするそうだ。

 何にせよ、俺や賢勇じゃあ、サンタにはなれても魔女にはなれん。


 いや、待てよ? 今年はアルルに頼むって選択肢もアリか?


 ふむ、魔女コスのアルルか……。

 アルルが着るなら、ゆったりしたローブ姿よりも、身体にフィットするマーメイドラインな黒ドレスの方が似合うよな。もちろん、クールで凜々しいイメージからであって、胸とか腰とか太腿とかのラインを意識しているわけではない。

 わけではないが、アルルが着るなら、胸元は大きく開いてる方がいい。さらに裾に深いスリットがあればなお良し。実に妖艶で魔女っぽくて素晴らしいと思う。


 想像してみると、ふむ……。


 あくまで魔女のお姉さんという個人的な印象から想定したわけであり、他意は無いんだが、色々とケシカランことになりそうだな。


『アオツグ、クリスマスなので甘いケーキを焼いたのだ』


 ウィッチハットのつばの下、優しい笑顔を覗かせるアルル。


『さあ、食べてくれ、あーん♪』


 フォークで分けたケーキをこちらに差し出してくる。やや前傾姿勢になるもんだから、胸の谷間が視界にチラついてケーキどころじゃないな。今朝といい、ちょっとアイツはこういうとこ無防備過ぎると思う。実にケシカラン。


 ……けど、悪くはない。悪くはないな。


 これが紅姫だったら……。


『クリスマスだ! ケーキだ! イタダキまーす♪』


 てな感じで、〝あーん〟どころか、全部自分で平らげてひとり御満悦ってところだろう。むしろこっちが〝あーん〟で食べさせることになりそうだ。チンチクリン……もとい、身体の凹凸に乏しいスレンダー体型なのでセクシードレスも効果が薄い。そもそもアイツは胸元見えようが生足見えようが恥じらいゼロで燥ぎまくるに違いない。

 まあ、それはそれで微笑ましいな。


 これがミカヅキなら……。

 そうだな。アイツは紅姫以上に小柄で華奢きゃしゃだし、いかにも魔女っ子って感じになりそうだ。


『……こ、こんな格好……恥ずい……』


 とか言いながら、真っ赤になってモジモジうつむくのが目に浮かぶ。

 うん、普通に可愛いな。恥じらう姿がついからかいたくなるというか、イジメたくなるというか……。


『……アオ……な、何で……そんな、意地悪する……?』


 とか、上目づかいで抗議されたら、無限に頭撫でてしまいそうだ。


 ……うん、悪くない。実に悪くない。


「もういっそ、今年はみんなまとめて魔女になってもらうってのはどうだろうな。賢勇はどう思う?」

「……イキナリ何の話だよ」


 思いっきり不可解そうに口の端を下げられてしまった。


 今は昼休み、ここは神之原学園の学食だ。

 俺は母の愛情弁当を、向かいの賢勇は日替わりの麻婆丼を、それぞれついばんでいるところだ。

 余談だが、アルルの弁当が清貧で愛国心万歳だったのは初日のみ。今は普通以上に丹精込められた素晴らしい内容になっている。今日の唐揚げなんて、どう工夫したのか、冷めてるのに衣がパリパリだ。卵焼きもふわふわ、グリーンサラダには刺身のツマみたいな細切り大根が混ぜてあり、歯ごたえがシャキシャキと際立って、実に良い。

 いつも美味い食事を用意してくれる彼女に心から感謝しつつ。


 ……で、だ。


「いや、今年のクリスマスは紅姫のプレゼント何にしようかなって考えてたんだ。……で、女性陣にセクシー魔女に仮装してもらったら楽しそうだなって思ったんだけど」

「……話が見えねえな。疲れてんのか?」

「…………アルルはスゴく色っぽくて優しくて癒やされるだろうし、紅姫は微笑ましくて癒やされるだろうし、アルルはスゴく色っぽくて優しくて癒やされるだろうし、ミカヅキも初々しくて癒やされるだろうし、アルルはスゴく色っぽくて優しくて癒やされるだろ?」

「……オマエがマザコンなのは良くわかった。だいぶ疲れてるようだな。大丈夫か?」


 本気で心配そうにしてくる優しいヤクザ。


「……半分はボケだったんだからツッコんでくれよ」

「つまり半分は本気なんじゃねえか…………まあ、一応、衣装のアテはあるが、手配するか?」

「……………………………………………………いや、結構だ」

「まただいぶ迷ったなオマエ」


 さすがに今度はあきれられた。

 俺は気を取り直して咳払い。


「とにかく、クリスマスプレゼントからサンタクロース、そっからイタリアの黒魔女……って感じで連想しただけだ。他意はない」

「他意っつーか、邪念にまみれてた気がするけどな。しかし、オマエまだベニのプレゼント用意してなかったのか……」

「その言い方だと、そっちはもう用意してるのか?」

「ああ、蒼〇航路全36巻」

「……何で?」

「何かゲームしてたら三国志のマンガが読みたくなったらしくてな。面白いの無いか? って訊かれたから」

「……そうか、けど、クリスマスプレゼントに名作漫画本セットってのはどうなんだ?」

「本人が欲しがってんだから問題ないだろ。あと、ポニテ用に髪留めも用意しといた。べっ甲細工の特注品」

「…………」

「ほら、アイツ、いっつもゴム留めで味気ないだろ?」

「つまり、そっちがメインなんだな」

「そりゃあな、花も恥じらう乙女にマンガ本渡してメリークリスマスってのは残念すぎる」


 全くもってその通り。俺もちゃんと準備しとかないとな。

 何を贈ったものかと考えながら、食事を再開。

 先に食い終わった賢勇が、ふと、思い出したようにこちらを見る。


「そういや、最初の話だけど……」

「最初?」

「魔女コスの妄想」 

「ああ、あれが?」

「あのカグヤ姫はどうなんだ?」


 登河さんか。

 確かに、黒髪ロングにクールな容姿は、魔女のイメージに合いそうな気はするが……。


 想像してみよう。


 ウィッチハットに黒衣を纏って、月夜にたたずむ登河さん。

 その黒衣と黒髪は、夜闇の中でなお黒く、周囲との境界を失って深く深く溶けている。月明かりに蒼白く浮かび上がった顔に表情は無く、切れ長の双眸はただ冷たくこちらを睥睨してきた。


『……呪うわよ……』


 冷ややかな声音が、怖気となって背筋を貫く。美貌は静かに凍てついたまま、口許だけで酷薄に笑う漆黒の魔女。

 そんな姿が、ありありと思い浮かんでしまった。


「……何か、普通に怖い」

「まあ、美人だけど癒しは無さそうだよな」


 本当に、アルルとは対極というか何というか。とりあえず、こういうSっ気強そうな雰囲気は苦手だ。いや、勝手に妄想しといて失礼な話なんだけど。


 不意に、賢勇の懐からチープな濁音メロディが鳴り響く。

 不気味さとコミカルさが入り交じった、軽快ながらも重低音のそれは、某ドラゴンでクエストなRPGで呪われた時、もしくは大切なデータが飛んだ時に聞く絶望のメロディ。


「相変わらず心臓に悪い着信だな」

「これなら寝てても気づくからな……と、悪い、ちょい席外す」


 スマホを片手に席を立つ賢勇。

 たぶん、父親……つまりは前田組の組長からの連絡なんだろうな。賢勇は父親との連絡にはいつも席を外す。親父さんからの電話は、大抵が組織運営に関わる話だからだ。


 何かあったのかな? それとも、単に年末で忙しいのか……。


 ……ん?


 今度は俺のスマホが着信した。豪胆な賢勇とは違い、学校ではマナーモードなので振動のみ。

 画面を見ればメッセージの着信。


〝【アルル】門の前に着いたぞ〟


 何だこれ?

 見た通りアルルの書き込みだが、それ自体は問題ない。強盗騒ぎに巻き込まれはしたものの、あの時に契約したケータイは問題なくアルルに渡っていた。

 だから、それはいいんだけど……。


〝【アルル】すまない。間違えた〟


「…………」


 続く書き込みは無し。

 間違えた? 何を?

 メッセージを書き込む相手を間違えた? 誰とだ?

 アルルのケータイに登録されているのは、俺と紅姫、賢勇、ミカヅキに登河さん、後は玄蔵伯父さんぐらいのはずだ。


 門の前に着いた……なら、門がある場所に来たってことだ。


 真っ先に浮かんだのは、学校の校門だった。




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