第30話 毎度お騒がせしております
すでに見慣れた誌訪署の取調室にて────。
俺は毎度恒例の事情聴取を受けていた。
……警察の事情聴取に慣れてる高校生ってのも、何だかな。
今回は対応者も馴染みの戌亥丈太郎刑事。
現場であるケータイショップから連行……もとい、助け出してくれたのも彼だ。野次馬の目に触れぬよう、迅速にオレとアルルを連れ出してくれたのは正直に感謝してる。それが面倒事を避けたい警察側の都合からであっても変わらない。
……まあ、それでも少なからぬ人に見られたろうけどな。
今回のアレは事件性も話題性もあり過ぎだし、そこに飛び込んで犯人をノックアウトした金髪美人なんて衝撃的にもほどがある。しかも決まり手はシールドバッシュだし。
眼前で調書を取っているロボコップも、今回ばかりはそのポーカーフェイスに陰りが見えた。
「……つくづく、オマエは面倒を持ち込んでくれる」
「いや、今回はオレのせいじゃないでしょう」
「まあな、こんなことなら連れて行くんじゃなかったよ」
聞けば、アルルを現場に連れてきたのは戌亥刑事らしい。
別件で病院を訪れていた戌亥刑事は、アルルが検診にきていることを知り、経過確認をかねて話を聞こうとしたらしい。
で、会話中に事件発生の連絡が入り、現場に向かおうとした戌亥刑事にアルルが無理矢理着いてきたそうだ。
なぜなら、電話で話していた内容に〝現場に深空碧継がいる〟旨がふくまれており、それをアルルが耳聡く聞き取ったらしい。
けど────。
「……何で?」
「愛する我が子を守るためだと言っていたぞ」
「そうじゃなくて、何で俺が現場にいるのがわかったんです?」
「知らん。通報者に訊け。まあ、オマエの面は広く割れているということだろう。これに懲りて自重してくれ」
そう言われると返す言葉もない。
「身内が巻き込まれているなら……と、同行を赦したんだが。まさか単身乗り込んでいくとはな。バッグの中身が盾だとわかっていれば……いや、どの道、それで突っ込んでいくとは思わなかっただろうな」
エキセントリックな身内ばかりで申し訳ない。
とはいえ、そのおかげで俺たちは助かった。
あのまま警察の突入を待っても助かったかもしれない。けど、当然、助からなかった可能性もある。現に俺は斬られる寸前だった。
人質全員救出。そこだけ見れば最上だろう。
しかし、人質が無事だったらそれで済むってわけでもないのが、社会の世知辛さ。特に、警察としては世間に落とし前をつけなくてはならない。
例えば、現場にて民間人の暴走を止められなかった事実。
「もし、あの女が飛び込んだせいで死者や重傷者が出ていたら、私だけでなく署長のクビも飛んでいたぞ」
それはさすがに困る。
署長はともかく、この刑事には何だかんだで借りがあるし、世話になってもいるからな。
喋りながらも、戌亥刑事の調書作成の手は止まらない。
普通、事情聴取の調書ってのは、話を事細かに何度も繰り返し聞きながら微に入り細を穿って書きつづっていくものだ。
が、少なくとも俺に関する調書はいつもこんな感じだ。
最低限の流れと要点を確認したら、後は波風立たないように穏便な内容に編集されていく。
俺としては楽だが、仕上げる警察官はひと苦労。
もちろん、あることないこと書かれたら困るが、そもそも面倒事を避けるための編集なので、むしろヤバい部分が削られたダイジェスト版だ。
今回は、アルル乱入のくだりをどう削るかが難問らしい。
「……アルルは、何か罪に問われたりするのかな?」
「…………」
戌亥刑事の手が一瞬止まった。
が、すぐに執筆再開。
「一応は公務執行妨害は成立する。が、情状酌量の余地が大だな。あの盾を凶器と見るのは難しいし、バッグに入れて持ち歩いているから迷惑防止条例にも触れまい。犯人への攻撃も正当防衛だ。……結論から言えば、特に罪は問われまい」
……銃刀法違反はどうなんだ?
内心に抱いた疑念は、抱いたままに呑み込んだ。
アルルの所持していた剣が本物だった件。
あるいは、今の戌亥刑事の言動は暗にそれを示唆したものだったかもしれない。
〝あれは模造刀ということ見逃してやったのだから、蒸し返すな〟と、そういう意図を込めていたのかもしれない。
だとしたら、余計なことは言わないのが賢明だ。
けど────。
……戌亥刑事、アンタはアルルの素性について、何か知っているんじゃないのか? 知っていて、それを踏まえての処置なんじゃないのか?
正直、その可能性は高いと思っている。
思っているが、それを正面から問い質しても、まともに答えてくれないだろうというのも確信している。
何より、ウカツなマネをして今の状況を壊したくない。
現在の生活を、アルルがいてくれる生活を、失いたくなかった。
俺は改めてそれを思い知りつつ……。
後は黙したまま、訊かれたことにのみ答えることに専念したのだった。
事情聴取が終わった時には、もう午後十時を過ぎていた。
誌訪署のロビーに一般客の姿はなく、居るのは受付係の女性職員と、ベンチに座した金髪さんひとり。
戌亥刑事によれば、彼女の聴取は形ばかりで早々に終了したらしい。ちなみに調書の内容については〝脚本・演出、戌亥丈太郎〟って感じになるそうだ。
……ほぼ始末書だろう、それ。
どうか当たり障りのない凡作を期待します。
心から同情しつつ
「アオツグ……」
「……ごめん、待たせたな」
アルルの穏やかな呼びかけに、俺も笑顔を返して歩み寄る。
……ああ、人数の訂正だ。ロビーにはもうひとりいたようだ。
座したアルルの膝枕で寝息を立てている武士ポニーの小娘がいた。
我が妹分、深空紅姫。
その寝顔はあまり安らかな様子ではない。心配を、かけてしまったんだろうな。
「……少し前までは起きていたのだが、待ち疲れて寝てしまった」
「そうか……」
それはそれは、起きてからの御機嫌取りが大変そうだな。
俺は苦笑いつつ、アルルの隣に座った。
「玄蔵叔父さんもきてるのか?」
「ああ、外に。車で待っている」
「そうか……」
また世話をかけてしまった。毎度申し訳ないことだ。
本当に、俺は周囲に迷惑ばかりかけている。さすがは深空白斗の息子。やはり血は争えない。
俺はアイツとは違う。
アイツのようにはならない。
そう思って気張ってきたつもりなんだけどな……。
「アオツグ」
呼ばれて顔を上げれば、相変わらずのアルルの笑顔があった。
相変わらず穏やかで優しい……いや、何か頬が引き攣ってる?
「……アルル、無理して笑ってないか?」
「…………」
ビクリと肩を震わせたアルル。
「そう……だな、……無理をしているのかもしれない」
彼女らしからぬ深く力ない溜め息。
何だろう。無理して笑ってるってことは、本当は怒ってるのか?
確かに、今日の俺の行動はとてもじゃないが褒められたもんじゃない。
ましてアルルからすれば、病院のロビーで待っているはずの俺が、何で駅前で事件に巻き込まれているのか……と、そんな混乱極まりない事態だったろう。
どう考えても俺が一方的に悪い。
だから即座に謝った。
「ごめん! 黙って居なくなって……、その……」
「……? ああ、それは別に良いのだ。何か用事があったのだろう? アオツグは理由もなくそういうことはしないとわかっている」
ただ……と、アルルはそこで一度口ごもる。
言葉を選ぶように……というより、感情を堪えているようだった。
「……ただな、アオツグ。その……今日、貴方があの悪党の剣士に斬られそうになっているのを垣間見て、わたしは思わず飛び込んでしまった」
「けど、そのおかげで助かった」
「……そうだな。だから後悔はしていない。浅慮だったと反省はしているが、わたしは間違ったことをしたとは思っていない」
じゃあ何をそんなに憂い顔なんだ?
疑念を通り越して心配になってきた俺は、グッと詰め寄るように身を乗り出した。
アルルは、そんな俺から身を引くことはしない。むしろなだめるように優しく頬に触れてくれる。
「……わたしは、あの店の中で何が起きていたのかを知らない。何がどうして、あのような状況になっていたのかを知らない。知らないけれど、たぶん、貴方がまた無茶をしたのだろうと思う」
静かな指摘に、俺は息を呑んだ。
その通りなので反論しようもない。
本当に、今日の俺の行動は無茶以外の何ものでもない。
以前、俺は登河雪江に刺されかけた時に約束した。
もう二度と無茶はしないと、自分の命を投げるようなことはしないと、そう約束したのに……。
俺は、そのアルルとの約束を破ってしまったんだな。
「……ごめん、……ごめんなさい。もう無茶はしないという約束を、俺は破った。本当に、ごめん……」
改めて深く頭を下げる。
たぶん、アルルは赦してくれるんだろう。
きっと赦してくれる。赦してくれるからこそ、そんな彼女を傷つけてしまったのは最悪だ。
だからこそ、深く謝罪する。
アルルは……。
アルルは頭を下げた俺を、俺の両の頬を両手で挟み持って、優しく力を込めてきた。持ち上げられるままにゆるりと顔を上げれば、間近に迎えたのは泣き笑うように歪んだ彼女の表情。
「貴方が無茶をしたのは、あの場にいた人たちを助けるためだ」
穏やかな声。
青い瞳が、真っ直ぐに俺の眼を見つめて呼びかける。
「みんなを助けるために、頑張ったのだろう?」
今にも泣き出したいのを堪えるように、それでも笑顔の形だけは頑なに保ちながら、アルルは俺を抱き締めた。
「良くやったな、アオツグ。我が身をかえりみずに誰かを守る。それは誰にでもできることではない。なら、母は頑張った我が子を、笑顔で褒めてあげるべきだ。だから……」
ギュッと抱擁に力がこもる。
伝わってくる微かな震えは、やっぱり、あの停電の夜と同じだった。
同じだったから、俺は心から深く反省し、悔い改めるべきだと思った。
当然だ。なぜなら────。
「我が身をかえりみないのは、ダメだろ」
笑声まじりに返せば、耳元でアルルが息を呑む気配。
俺は彼女の腕を取り、ゆるりと抱擁を押し剥がす。
向き合った彼女の眼は、ああ、思った通りあふれた涙で濡れていた。
……なら、やっぱり、俺は悪い子だ。
「俺は何も褒められることはしていない。ぜんぜんダメだ。一番大事な人を、こうして泣かせてる。だから無理して褒めてくれなくていい。俺は約束を破って無茶した悪ガキだ。そうだろう?」
苦笑いながら問う。
アルルはその歪な作り笑いをくしゃりと歪め、たちまち大粒の涙をあふれさせた。
やっぱり、我慢していたのだろう。
俺を失うのが怖いと震えていた彼女だ。今回のはナイフどころじゃない。文字通りの絶体絶命。キモが冷えたでは済まなかったんだろう。
それでも、俺の前で号泣はできないと思っているのか、込み上げる嗚咽を懸命に堪えているアルル。
こぼれ落ちた涙が、膝に乗った紅姫の頬を濡らす。
「……っ……んぅ……んん?」
身を捩り呻いた紅姫。ゆるりと眼を開けると、泣きじゃくるアルルを認めてバッと身を起こした。
「アル姉! どうし……」
さらに俺がいるのに気づいて息を呑む。
「ぅあ……あ……? ……あぁ……!?」
驚愕に眼を見開き、混乱に口をパクパクさせながら、アルルと俺の顔を交互に見やっていた紅姫。
「なに母ちゃん泣かせてんだバカ兄貴ッ! うわぁーん!」
泣きじゃくりながら、俺とアルルをまとめて抱き締めるようにすがりついてきた。
「……いや、まあ……ゴメンて……」
わんわん声を上げる紅姫につられるように、アルルも堪えかねた様子で声を上げる。泣きじゃくるふたりにすがりつかれた俺は、そのままベンチに倒れ込んだ。
安普請のベンチは硬く、衝撃に一瞬息が詰まる。女ふたりに押し倒された状況は、構図としては幸せかもしれんが、正直、精神的にも物理的にも苦しい。
……けど、ここで撥ね除けるのは、いろんな意味で無いよな。
俺は観念してされるがままになりつつ、どうにか首を動かして受付けカウンターの方を向く。
「……お騒がせして、すみません」
いや本当に、毎度いろいろと申し訳ない。
苦い笑みで謝罪する俺に、受付の女性職員は困った様子で、同じく苦笑を返してくれたのだった。
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