第31話 詐欺師とヤクザとカグヤ姫


 神之原学園屋上のいつものベンチにて────。

 俺は寝転がって空を見上げていた。

 十二月に入って気温は下がっているものの、今日は風も弱く、日差しも強いため体感温度はそんなでもない。


 ふと、階段室の鉄扉が開閉する音。

 次いで、欠伸あくびまじりの間延びした声が呼びかけてきた。


「よおサボリ魔」

「何だ遅刻魔」


 いつかと同じく目線も向けずに応じれば、賢勇もまた同じく真っ直ぐにこちらに歩み寄り、ベンチの前にドカリと胡座あぐらをかいた。


「今日は遅刻してねえですよ。人が珍しく普通に登校してんのに、一時限始まってもオマエが現れないから、サボって探しにきただけ」

「じゃあサボリ魔だな」

「おう、そんでオマエが遅刻魔だ」

「このまま放課後まで寝てれば結局サボリ魔だけどな」

「サボるのか?」

「……どうするかな、ちと悩んでる」


 俺は腹の底から深い溜め息をこぼした。

 正直、教室には行きたくないんだよなあ。また精神的ブリザードが吹き荒れていそうで気が重い。


「……二日目でこれだからなあ、情報化社会ってのも厄介なもんだ」


 賢勇がスマホを弄りながら笑声まじりにぼやく。

 やはり一昨日のケータイショップの件が早速騒がれているんだろう。気が滅入るので自分では確認してないが、結局こうして滅入っているので意味はなかったかもな。


「報道じゃあ強盗騒ぎで怪我人出たとしか流してないのに……よくもまあこんなに想像の翼が羽ばたきまくるもんだ。……何か、オマエが強盗の手引きした説まで出てるぞ」

「俺が現場に居たのがバレてる時点で、報道規制しても意味ないだろ」

「だな。むしろ在りのままを報道された方が良かったかもな。そうすりゃオマエ、逆にヒデオになれたかもしれないし」

「……ひでお?」

「英雄」

「ああ…………何で?」


 むしろ無駄に犯人あおって殺されかけたザコっぷりなんだが?


「だってオマエ、登河冬華をかばったんだろ? 女の子を守るために身を挺して頑張る……まさにヒーロー。そしたら世間のイメージ変わるかもしれない。どうせ騒がれるなら、悪評よりはマシだろ?」

「……そうかもな。けど、守れてないからダメダメだ」


 守れてない。

 俺はただ、感情に任せて言いたいこと言って、犯人を無駄に逆上させただけだ。

 犯人を止めたのはアルルだ。

 あの場のみんなを救ったのはアルルだ。

 俺はただ出しゃばって、無茶な言動で事態を掻き回しただけ。

 だから、結局のところ……。


「……詐欺師の息子は、結局、詐欺師にすらなれなかったよ」


 自嘲も深く、そう吐き捨てた。


「………………あのなあ碧継、オマエは……」


 賢勇の言葉は半ばにて止まる。

 どうしたのかと見てみれば、座した賢勇は黙したままジッと前方を見つめていた。

 視線を追えば、階段室の脇に立つひとりの女生徒の姿。長い黒髪を微風になびかせながら歩み寄ってくる。

 その特徴的な黒髪ロングは間違いない。


「登河冬華……さん、何でここにいるんだ?」

「何? 私がここにいたら悪いのかしら?」


 よろしくはないだろう。

 俺たちが言うのも何だが、今は授業中だ。


「朝からさんざんに好奇の眼を向けらるわ質問攻めにされるわで、ウンザリして避難してたのよ」


 それは当然、一昨日の事件のことだろう。

 彼女が巻き込まれていたことも、すでに知られているらしい。

 人の口に戸は立てられないとはいうが、本当に、現代におけるプライバシー保護ってのは無力なもんだ。


 だが、アルルの件を登河母が知っていたことといい、この場合はもう少しキナ臭いよな────。


「ふん、少しは碧継の苦労を思い知ったってとこか?」

「そうね……」


 皮肉たっぷりの賢勇に、登河さんは殊勝に肯定を返す。

 彼女の場合はほとんどが心配や同情で、悪意は向けられていないのだろうが、それでも望まぬ注目なんて愉快なわけもない。


「ここで少しと思ったんだけど…………ホームルーム前に戻ろうとしたら貴方が現れたのよ」


 そして出るに出られなくなって階段室の裏に隠れていたそうだ。

 けど、何でだ?


「俺なんか無視して普通に戻れば良かったんじゃあ……」


 むしろ彼女の場合、無視どころか平然と冷笑して〝またサボリ?〟とか毒吐いてきそうなんだが。


「……それは、そうなんだけど……」


 ややうつむき、怨めしげな上目づかいで俺を睨んでくる。

 何か言いたいことがありそうだな。

 もしかして俺に話しかけるタイミングをはかってたのか? 階段室の裏にジッと隠れて?

 それは、強気な彼女にしては重ねて意外な行動だった。


 ふと、賢勇が得心した感じで声を上げた。


「ああ、オマエ、碧継に礼を言いたいのか?」

「な……ッ!」

「一昨日の件、助けてくれてありがとうって言いたいけど、これまでツンケンしてた手前、言い出しにくくて躊躇ちゅうちょしまくってたんだろ?」

「な、そん……な……ちが……!」

「違うのか?」

「違うわよ!」


 半ば叫ぶように声を荒げた登河さん。


「何で私がこの男に礼を言うの!? コイツはあの詐欺師の息子なのに! 他人にさんざん迷惑かけて逃げ出した最低なヤツの息子なの! コイツの父親のせいで私のお父さんは……だから! でも、肝心な深空白斗は逃げ出して、だから私は……!」


 溜め込んでいた何かが弾けたように、感情を溢れさせた叫び。

 いつもクールに細められた双眸は見開かれ、涙すら滲ませて俺を真っ直ぐに睨んでいる。


 賢勇がくだらなそうに鼻を鳴らした。


「……コイツは深空碧継だ。深空白斗じゃない」

「そんなのわかってる! 言われなくたって、そんなこと……!」


 深空白斗に対する憎しみと憤り。

 けど、憎いアイツはここにいないから、やり場を失った情念はドロドロに渦巻いて、どこかに吐き出さねば自分が押し潰されそうで……。


「深空碧継! 私は貴方の父親を絶対に赦さない! だから、その息子である貴方が大嫌い!」


 だから吐き出さずにはいられない。

 良く似た誰かにぶつけずにはいられない。


「貴方が大嫌い! なのに……、それなのに何で……ッ! 何で私を助けたりしたの!?」


 怒りと嘆きがゴチャに濁った糾弾。

 何で……って、言われてもなあ。

 そんな当たり前のこと訊かれても返答に困る。


「目の前で誰かが危険な目に遭うのはイヤだろ? それが見知った誰かなら、なおのことだ」


 普通は助けようとするだろ?

 現に行動するまでは無理でもさ、少なくとも助けたいって思うだろ?

 それが普通だ。それが当たり前だ。

 深空白斗は最悪最低だけど、目の前の誰かを助けようとする姿勢、その一点だけは、否定されるべきじゃない。本当に業腹なことだがな。


 それに────。


「アンタには、ただでさえ迷惑かけてるからな……」


 迷惑をかけたら、謝罪して償うのが人の道だ。

 当の登河冬華もそう言っていた。


 ヒクリと、カグヤ姫な前髪が揺れる。


「……そんなことされたって、私のお父さんが生き返るわけじゃないわ」

「まあな。けど、アンタを死なせたら天国の親父さんにたたられそうだ」

「……何それ、何でそんなこと真顔で言えるの? あの時だって、平然と笑って……」


 ……あの時?

 ああ、あのスッ転んでしくじって謝罪した時か。

 あれはまあ、万策尽きてどうにもならなくて、もう笑うしかねえやって感じだっただけだ。他意はない。


「俺はあの詐欺師野郎の息子だからな、内心はどうあれ、外面そとづらはいくらでも装えるんだ」

「…………最低ね」

「ああ、最低だ」


 苦笑いを返せば、登河さんは気を取り直すように深呼吸をひとつ。

 滲んだ涙を手首で拭い、それから、改めて俺を睨みつけてきた。


「……私は、深空白斗を赦さない」


 繰り返される宣言。

 まあ、それは当然だ。


「だから、深空白斗の息子である貴方が気に食わない」


 それも当然。


 それでも────。


「あの時、貴方があのイカレた人斬り男にぶつけまくった言葉……スゴく、そうね……スゴくわ。私の言いたいことを全部、的確に代弁してくれてた……。だから…………」


 そこで口ごもる。

 込み上げたものを呑み込む……というより、喉につっかえた感じか? 

 よほど言いたくないんだろうな。


「だから……え……と……まあ、その……い、一応……ありがと……」


 さんざんに渋りながらも吐き捨てた、呻きのごとき感謝の言葉。


「……詐欺師も、たまには役に立つのね。言いたかったのはそれだけよ」


 再度の溜め息も深々と、彼女は立ち去っていった。

 冷ややかな表情と眼差しはいつも通りにツンケンと。けど、微妙に態度が柔らかくなった気がする。腹に淀んでいた何かを多少は吐き出せたのだろうか?


 ……何にせよ、少しでも借りを返せたのなら何よりだ。


「ほら見ろ、やっぱ礼を言いたかったんじゃねえか、あのツンデレ女」


 座した賢勇が得意げに鼻を鳴らす。


「ツンデレ……て、ひたすらツンしかないだろうアレは」


 あの缶コーヒーがデレだって言われても困るしな。


 だが、賢勇は愉快そうに口の端をツリ上げた。


「そんなことねえよ。アイツ……〝頭を冷やしにきた〟って言ってたじゃねえか。なら、何か頭に血が上ること言われたんだろう? 具体的にはこういう内容のこと」


 差し出されたスマホの画面。そこにはさっきに賢勇も言ってた、一昨日の件に関してのロクでもない邪推と揣摩憶測。

 深空碧継が余計なことして怪我人が出たとか、深空碧継はひとりで逃げ出そうとしたとか、深空碧継が他の人質を盾にしようとしたとか、深空碧継がそもそも犯人とグルとか……そんな感じの内容。

 まあ、ひとりで逃げ出そうとしたってのは、あながち的外れでもないんだけど……。


「……本当、ロクでもないな」

「ああ、だからあのカグヤ姫もキレかけたんだろ」

「まあ、無遠慮に根掘り葉掘り訊かれたらムカつきもするか」

「………………ああ? ……まあ、そうかもな。ところでオマエ、女が絡むと途端に頭悪くなるよな」

「どういう意味だ?」

「ヤクザの素質充分ってこった。その調子で頑張ってくれ」


 ……何だそりゃ?

 まさか、あの登河さんが俺への悪口に憤慨し、かばって口論しそうになって自重したとでも言いたいのか?

 有り得ないだろう。

 俺が親父と仲直りするくらい有り得ない。

 現にさっき絶対赦さないって言ってたし。いや、それは親父……深空白斗に対してか。俺のことは何て言ってたんだっけ? ……まあ、好意的な表現じゃなかったのは確かだ。 


 何にせよ〝ヤクザの素質充分〟ってのは、嬉しくない評価だった。


「……ところで賢勇、さっき何か言いかけてたよな」

「あ?」

「いや、登河さんが現れる寸前だよ」

「ああ、あれか……別にもういいよ。だいたいはあのツンデレ女が言ってくれたからな」

「……?」

「ま……要するにな」


 賢勇は仰け反るようにベンチに寄りかかり、俺を見上げて笑う。


「詐欺師は詐欺師なりに頑張れってこった……しくじって殺されかけるとか、もう勘弁してくれよ相棒。これからも頼りにしてんだからな」

「……そりゃどうも、けど、組には入らんぞ」

「ハハハ」


 ……何だその〝しょうがないヤツだなあ〟みたいな笑いは。


 だが、確かに最近は無駄な足掻きな気がしてきている。

 さんざんに問題が起き続ける毎日。どの道、俺の就職先って前田組ぐらいしかないような気がしてきた。

 俺は穏便に平凡に生きていきたいだけだってのに……。


 本当に、人生は世知辛い。


 とりあえず、今日はもうこのままサボろうと思いました。


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