第24話 キラキラ光る……


 オトメ婆ちゃんの前にミカヅキを引っ立てる。

 案の定、うつむき怯える小動物状態で俺の陰に隠れたままのミカヅキ。


「ミカヅキ……」

「う、ぁ……わ、わかってる……けど……こ、心の準備!」

「そうか……、まったくしょうがないヤツだなあ」


 俺は優しい笑顔で頷いて、

 そのままビクつく肩をつかんで強引に押し出す。非力な俺よりさらに貧弱なミカヅキはあっさり最前線へ。


「うぉい! な、何でニコってして裏切る!?」

「いや、ミカヅキさん、時間押してるんで巻きでお願いします」


 もう昼過ぎだし、腹減ったし、そもそも裏切ってないし。


「ま、巻きぃ!? ……む、無茶言うな! む、無理! ボク……!」


 ジタバタと無力な抵抗をするミカヅキ。

 だが、眼前のオトメ婆ちゃんからゆるりと手を差し伸べられて、ビクリと硬直する。


「…………お、おばあちゃん……あ、あ、あの……」


 オロオロと口籠もるミカヅキ。

 オトメ婆ちゃんはそんなミカヅキの手を取って、ゆっくりと両手で包んだ。優しく、ひたすらに優しく包み込んだ。


「ゴメンね、アーちゃん。婆ちゃんのせいで、ゴメンね……」


「……ち、ちがう。あ、謝るのは……ボク……ごめ……なさい、おばあちゃん。ご、ごめんなさい……!」


 後はもう、ふたりとも抱き合ってわんわん泣き出してしまった。


「……何か、こういうのは見てるこっちが恥ずかしくなるよなぁ」


 のんびりと欠伸まじりに笑う賢勇。

 それには俺も同意なんだが……。


 ……アーちゃん?


 ミカヅキのことだよな。


「……ミカヅキ。オマエの名前、四之宮三日月みかづきでいいんだよな?」


 疑問のままに訊ねれば、天パの少女は婆ちゃんに抱きついたままで、少し気マズそうというか、困った風にうつむいて頭を振った。


「……えっと……よ、読みが、ちがう」

「そうなのか?」

「うん、読みは、その…………あ」

「ア?」


「…………あるてみす」


「「アルテミス……!?」」


 思わず俺と賢勇の声がハモった。

 三日月と書いてアルテミス。それはまたハイカラというか、キラッキラの名前だなオイ。


「綺麗な名前でしょう? 婆ちゃんがつけたのよ」


 ……マジかよ。


 誇らしげに微笑しているオトメ婆ちゃんと、微妙な表情で真っ赤になってうつむいているミカヅキ……。とりあえず、俺は今まで通りミカヅキと呼んでやろう。当人もアルテミスって呼ばれるの恥ずかしそうだし。

 ……何ていうか、コイツが引きこもった理由を少なからず担ったりしてないよな、そのキラキラネーム。


「アルテミス……確かに綺麗な響きの名だ」


 不意に割り込んできた凜々しい声。

 その心地良くも聞き慣れた声は……いや、何でここにいるんだ?

 見れば、座敷の奥から現れたのはやはりアルル。何やら黄色いケーキのような物が乗った皿を手にこちらへやって来る。


「何してんだアルル?」

「当然、買い物にきたのだ。アオツグこそなぜここにいる? 貴方はまだ学校の時間だろう」

「……ああ、いや……そうなんだが……」


 キッと睨み返され、俺は思わず怯んでしまった。

 ……が、アルルはすぐに表情をほころばせる。


「冗談だ。事情はオトメさんから聞いている。友達のために頑張ったのだろう? よくやったなアオツグ」


 いかにもエライエライとばかりに優しく頭を撫でてくる。

 だから子供扱いするんじゃあない……いや、まあ、こうして撫でられて妙に安らいでいる時点で子供なんだろうけど。


「お、おまえ……こ、この前もアオにくっついてた女……! おま、おまえ……な、な、何モンだぁ……!?」


 上擦りながらも張り上げられたミカヅキの怒声。

 指差し問い詰められたアルルは、いつにも増してニッコリと。


「うむ。わたしはアオツグの母だ」


 声音も凜々しく宣言する。

 婆ちゃんは変わらずニコニコと。

 賢勇は「ああ、この人が……」って感じで頷いて。

 そして、ミカヅキは〝?〟がいっぱい乱舞してそうな様子で頬を引き攣らせた。


「は、母って、そ……え? どういう意味ッ!?」

「うむ、母とは我が子を無限の愛で守る者だ」


 大真面目に言い切って俺を抱き締めてくるアルル。


 ……どういう意味って、そういう意味で訊いたわけじゃないだろう?


 などという不毛なツッコミは、やわこい圧力によって封殺されていた。

 ……うん、スゲーやわこい。

 甘ったるいミルク菓子みたいな香りの中、物凄くやわこくて温かい感触が俺の顔面を襲っている。

 その正体は歴然だが、それを認識したら瞬で絶命しそうな気がするので、素数を数えて無我の境地へ────。


「な……! 何をするだァーッ! あ、アオを抱き締めていいのはボクとベニと、け、賢勇だけだァ!!」

「何で普通に賢勇がまざってんだよ」

「あ? 何でオレがまざってたらダメなんだよ」


 ……いや、オマエこそ何で真顔で抗議してくるんだよ。


 ふと、アルルが抱擁を解いた。

 憤るミカヅキに対峙すると、手にした皿をツイと差し出す。


「オトメさんに聞いたぞ。この二日間、ロクに食べていないそうだな。だから、取り急ぎ作ってみたのだ。さあ、食べてくれ」


 ふわりと香るバターの匂い。

 見た感じスフレオムレツか? アルルがスプーンですくい差し出したそれに、ミカヅキは身を仰け反らせて後退る。

 さが、アルルはニッコリ笑顔でさらに踏み込んで、ミカヅキはあっさりと壁際に追い詰められた。


「う……ぁ……おまえ、どういう……!?」

「うむ、これなら空腹の胃にも優しく、栄養価もある。何より、疲れている時には甘い物が良いと物の本に載っていた」

「ちが……そ、そういう意味でなく!」

「……ん? もしかして卵は苦手だったか?」

「いや……あ……うぅ……!」


 攻め込む慈愛の笑顔に対し、必死の抵抗を続けていたが……。

 空きっ腹にこのバターの匂いは正に暴力的。俺だって腹の虫が騒いでいるのだ、二日も断食してたヤツが堪えきれるわけがない。


 やがて恐る恐る、口を開けたミカヅキ。


「ふぁ! うま……ぅ……!」


 慌てて口ごもるが、もう手遅れだ。

 アルルは笑顔のままに、新たなオムレツをすくって差し出した。

 ミカヅキの抵抗は一瞬、今度はすぐに食べてくれる。

 後はもう無抵抗だった。

 アルルが差し出すスプーンを、大人しく受け入れていく。


「どうだ?」


 どこまでも優しい笑顔のアルルに、ミカヅキは気圧されるままにうつむいた。


「…………ふわ……って……そ、その……美味しい」


 切れ切れな呻き声。まあ、普通に照れてるだけだろう。

 アルルは嬉しそうに頷いて、


「そうか♪ まだたくさん作ってある。良ければ食べてくれないか?」


 やわらかな所作で、ボサボサの天パ頭を撫でた。

 ミカヅキは一瞬ビクリとしながらも、後はもう目に見えて赤面しつつ身を縮こめて、


「……わかった……食う」


 やはり切れ切れながらも、そう呟いたのだった。


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