私、こんなに満たされてるはずなのに

「君が、誰かに背中を押して欲しかったのは理解できる」

『………』


 答えなんて分かってる。絶望的な解は、何百通りもの演算で既に出ている。

 けど、心がそうじゃないと叫んでる。どうしても、それをしたいと藻掻いてる。

 その2つの狭間で、彼女はどうしても踏み出せず、第3の道を選んだ。

 僕という、ある程度ロボに理解のある人物に結婚の話をしてみて、その反応を知りたいと考えたのだ。おそらく彼女の予想では、僕が”賛成派”になるのは確実だったのだろう。

 ナナちゃんとイツキちゃんが否定的な反応を見せても、人間である僕が背中を押したのなら、そこには”愚かな人間に唆された”という効果が付随する。

 意思決定回路がパッパラパーで、3秒後には自分の意見を簡単に翻し、意味のないことに拘るような不完全な存在が、明白な答えが出ている難問に「それでも」を突きつけたのだと、彼女の中で整合性が生まれる。

 だから、彼女は、まず僕に己の望みを告げたんだ。


「君の計算通りだよ。僕は、君の味方になる。なんとも”人間の好きそう”なシチュエーションだもんね。僕も例外なく大好物だ。だから僕は、君の味方になる。けどね」


 けど、そうじゃない。


「僕を言い訳に使われるのは、困るな」


 正々堂々、勝負しろ。

 当たって砕けて、砂になれ。


『………お客様は、残酷な方ですね』

「そうだね…」


 人間は残酷だ。本当に、本当に。

 ナナちゃんのように、優しくない。

 それは、今まで経験してきたあらゆる苦渋が脳裏にあるからだ。残酷だった日々が、考えたくも思い出したくもない記憶が、僕という存在を形作ってきたからだ。

 無垢で計算高い君たちとは、やっぱり少しだけ違う。


『この道を進んで何かあれば、私、二度と起動できないかもしれません』

「そうだね。けど、僕も人生でそう思ったことは、1度や2度じゃない」


 けど、その度に結局立ち上がって、こうしてここにいる。

 ヒトにできて、ロボに出来ない道理はない。


『ああ、どうして、なんで……こんな…こんなに、私、こんなに満たされてるはずなのに、どうして…苦しいんだろう…』


 それは、人間にもわからないんだ。

 22世紀になった今でも、わからない。

 あ、いや、たぶん人間の場合は、脳から出るホルモンのせいなんだろうと思うけど。


「それでムツキちゃん。どうする? 介錯して欲しいなら、ついていってあげるけど」

『…………………………………………………………………………………』


 ムツキちゃんは、泣いているような、笑っているような、呆れているような、よくわからない表情を僕に向けたまま、微動だにせず固まって―――


『…よろしく、お願いします』


 そしてようやく、答えを出した。




 ここで言い訳させて頂くが、僕だって他人様の恋路に首を突っ込んで、アレコレ文句を言いたくはない。恋愛も純愛も自由にすればいいと思う。それが動物だろうとロボだろうと地球外生命体だろうと関係ない。

 そうだ。そもそも僕は自分のことだって碌な結果を出力できたことがない。派手にやらかした結果、高校3年の冬休みに引きこもりになってしまったり、大学ではずっとボッチだったり、今でも人間の女性を目の前にすると汗が吹き出て挙動不審になってしまったり―――あ、なんか急に死にたくなってきた。

 介錯してやるだなんて、そんな格好いい事を言った手前、僕もまた己のトラウマと向き合いつつ、やってきたのは月曜日の15時。

 駅前の高層マンション、32階。

 武藤と表札のかかったドアの前。

 そこには、いつものエプロンドレスのムツキちゃんではなく、耳も、尻尾も取り払い、何処にでもいるお姉さん姿の給仕ロボがいた。僕も驚いたのだが、このようなフォーマルな形態(?)も彼女達にはあるらしい。

 そしてそのついでに――


『正直、私の小型核融合炉が不安定になってきましたですの…』

『私はそれに加えて半有機脳からダメージ通知が来てるにゃ…』

「それはもう帰ったほうがいいのでは…」


 月曜日の15時ともなれば比較的お店は空いているものの、それでも給仕ロボが全機前線離脱してしまうのには問題があるため、本店からわざわざ応援を呼び、外出の時間を貰ったナナちゃん、イツキちゃん、そして就労時間不定の僕も、事の顛末を見届ける為に、駅前高層マンション32階の踊り場に控えていた。


『何を言うにゃ! こんな面白いこと―――失礼、こんな面白いこと見過ごせないにゃ!』


 言い直せてない、言い直せてないよ、ナナちゃん…!


『ムツキちゃんがもしダメだった時、その場で自爆を選ぶ可能性がありますですの。その時、私達の力が必ず必要になりますですの!』


 給仕ロボに自爆機能あるの!? 怖いなぁ!


『そろそろ時間にゃ』

『いよいよですの…』


 二人はこのマンションの各部屋にそれぞれ割り振られている室内環境保全AIのデータにアクセスできるらしいので、各家庭の生活の様子タイムラインが分かるらしい。なにそれ怖い。

 ともあれ、それによれば、むとうかずき君は平日、ほぼこの時間に、下校して家に帰ってくるのだとか。

 その帰宅を狙って、我々は出待ちをしているというわけだ。


『来たにゃ…! 目標はロビーから作戦領域に侵入! エレベーターに乗り込んだにゃ!』

『ついに始まりますですの…ごくり…』


 ごくり、って自分で言った…!

 しかし、泣いても笑っても、時は来る。

 避けられない戦いの瞬間はやってくる。


「あれ? むつきおねーちゃん?」


 

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