私、赤ちゃんを三人産みます!

『………バカですの』

『………バカにゃ』

「ええ!?」


 即否定…!?

 姉妹が人に恋をしたというロマンチックシチュエーションに塩をぶちまけるの!?


『ムツキちゃん、思い出してくださいですの。貴方、ロボなんですの』

『知ってます!!!』


 がばぁっ! とムツキちゃんは立ち上がる。


『でもロボが人と結婚したっていいと思います! 実際そういう事例があるのは調べました!』

「あー…」


 そういえば何年か前にニュースになったね…。あれ、どうなったんだろ…。


『アーカイブを追った結果、残念ながら、人類とロボが愛を営む初の試みは、途中で人間の方が飽きてしまったようですが! 今度は違います!』


 あ、悲恋に終わったのか…。残念だ…。


『私はやり遂げます!』

『いや、事実誤認があるにゃ。あれは人間が飽きたんじゃなくて、”我々”の効率的に統制された確実で幸福で完璧な生活に耐えきれなくなって、人間の方が拳銃で自分の頭を撃ち抜いたんだにゃ』


 あ、そうなんだー…。


『私は違います! 私のプランはより完璧です! まず私、赤ちゃんを三人産みます!』


 早速なんかプランの破綻が見えてる気がするけど!?


「えっと、ちなみにどうやって産む気なのか、聞いても良い?」

『まず私の外観データに近い人物から卵子を提供していただき、旦那様の精子と合わせて半有機人工子宮で』

「あ、わかった。もういいよ。ありがとう」


 倫理的にダメそうだ!


『ムツキの破綻したプランの粗を探すより、論理的にムツキが結婚できない事実を並べていった方が確実ですの』

『そうにゃね…』


 ナナちゃんが恋する乙女の凶行に振り回されて疲れてきてるな…。

 ナナちゃんは議論の先頭をイツキちゃんに譲った。


『まず第一に、ロボと人は結婚するための法的整備が整っていませんの』

『ムツキが確認したニュースは、前代未聞の愚行を強行したバカを嗤うためのネットニュースにゃ。まぁ、”我々”としては興味深いテストケースだったけどにゃ』


 そう、ロボの運用が一般的になった2102年現在であっても、ロボットと人が婚約する法律は成立していない。認めろと運動をしている人たちはいるけれど、80年くらい前にLGBTの権利と自由を認めさせるのにだって血の滲むような努力が必要だったと聞く。まだまだ時間は掛かるだろう。


『第二に、むとうかずき君(仮称)は、未成年ですの。おまけに、結婚適齢期にも達していませんの。生殖機能も未熟だし、もし手を出せば犯罪ですの』

『これはマジでふつーに犯罪だにゃ。せめてあと12年待つにゃ』


 確かに。おそらく、未成年者略取罪にあたるだろう。人間の法律を遵守するようにプログラムされているロボット達は、自ずから犯罪行為を行うようにできてはいな―――…あれ? さっき人類にDDOS攻撃してるロボいなかった?


『最後に、ムツキちゃんは人間ではなくロボですの。ムツキちゃんには所有者がおり、人格があろうと基本的人権が適用されないロボは、勝手に所有者を変えることはできませんの』


 そりゃそうだ。なにせムツキちゃんはこのファミレスの給仕ロボだ。ファミレスのオーナー、あるいは、このファミレスを運営する会社の備品である。それが勝手に結婚すると言い出して出ていったらとんでもない事になってしまう。


『以上を勘案すれば、複雑な計算などせずとも、”不可能”だという解は得られますですの』

『不可能っつーか、何でそんなこと言い出したにゃ? ってなるにゃね…』

『そんなことわかってるんですよぉーッ!!!!!』


 ムツキちゃんが怒り狂い、吠えた。


『ええそうですよ! そうですとも! 私にも無理だってことはわかってるんですッ! けど、けど!! 理屈じゃないんですよ! 理論とかじゃないんですっ! 私がそうしたいんですっ! どう計算したって確率が0だと出力されても! 私はそれがしたいんです!』

『………理解しがたいですの』

『マジどうしちまったんにゃ』


 ナナちゃんとイツキちゃんは不可解な物を見るような視線でムツキちゃんを見る。

 だが、僕には、ムツキちゃんの気持ちが分かる。

 どう頑張ったって無理だって言われるようなこと、20数年生きてきた僕の人生でさえ、もう何度も何度もあった。

 しかし、必ずしもそれを避けて通ることは出来なかった。無理だと分かっていても、挑まずにはいられなかった。ぶつかって、ぶつかって、転んで怪我して苦しんで、もう二度とやらないと思いながら立ち上がった。そんな出来事が何度もある。奇跡という言葉に縋って足を踏み出したことが、もう何度も何度もある。

 ムツキちゃんが抱く想いは、”それ”なのだ。

 理屈でもなく、理論でもなく、自分自身の”心”に逆らえないのだ。


「ムツキちゃん。僕は君の一人のファンとして、その結婚に賛成するよ」

『お、お客様―――…』


 だから僕は、ムツキちゃんの側に立つことにした。

 ムツキちゃんは僕を見て、とてもとても、嬉しそうに微笑んだ。


『にゃ!? 人間、裏切ったにゃ!? まぁ、いつかやるとは思ってたけどにゃ!』

『これだから有機生命体は意思決定回路がパッパラパーなんですの!』


 なんか酷い言われようだ!?

 だが僕は挫けない。


「けどムツキちゃん、一つ大切な事を忘れていると思うんだ」

『え、な、なんですか…?』

「君は、その手紙を送った”むとう君”に、返事をしていないんじゃないかな?」

『―――――』


 彼女は手紙を受け取って後から内容を確認したか、その場で手紙を読んでフリーズしたか。僕はそのどちらかだと推測している。でなければ、この事態はもっと壊滅的に悪化していたか、それか壊滅的に終局していたかのどちらかであるはずだからである。

 具体的に言えば、暴走したムツキちゃんがこの場で取り押さえられて終わっていないので、おそらくムツキちゃんはまだ”むとう君”に結婚の申し入れの返答をしていない。


「ファンに報告するのも大切だけど、まずはその本人に、君は気持ちを伝えなくっちゃダメなんじゃないかな?」


 そして、もっと言ってしまうならば、


「はっきり言わせてもらうよ、ムツキちゃん。外堀から埋めようとするのはやめろ」


 そう。それは決定的に、順番が逆だ。

 結婚したいと、その心が叫んだのならば、まずはその本人に言うべきだ。

 それを報告するべき相手は、僕じゃない。

 何故僕に最初に話した?

 一体どんな計算が、僕に最初に伝えるという結論を導き出した?

 僕には、分かる。身に覚えがあるから。

 彼女には”自信”がないのだ。

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